第十二話 過酷なる迷宮探索
「なあ、ここどこだ……」
「わかったら苦労しねぇよ。第一階層の非管理区域ではあるようだが……」
「俺達、もしかしてヤバい?」
「もしかしなくてもヤベェよ!」
――どうしてこんなことになったのか。
迷宮に挑んだ当初は順調だった。
ぼくたちは初めてのモンスターとの戦闘で、動きののろいスライムを相手に、前衛のぼくとサムが攻撃を避け、アンリエッタが後ろから強烈な火の魔法を叩き込むという戦法で、快勝した。
そこでドロップアイテムとして現れた宝箱が問題だった。
ぼくは、「宝箱は無視するように」と言われていたことを思い出していた。罠があるかもしれないからだ。
だがぼくがそれを言う前に、サムは「いやっほーい! 宝箱だぁ! 開けるぜ?」といって滑らかな動きで宝箱を開けていた。
「ば、バカ……!」
アンリエッタが慌てた声を出したときには遅かった。
巨大な魔法陣が宝箱から現れ、ぼくとアンリエッタ、サムの3人を覆い尽くす。
「最悪だ、〈転移の罠〉だ!」
魔法陣を見て、アンリエッタがその正体を看破する。
「これは解除できない! お前ら、わたしの手を掴め!」
アンリエッタがそういいながら、反応できていないサムの腕を無理やり掴む。
ぼくはすぐさまアンリエッタを追いかけ左手を掴み、その瞬間、転移の罠が起動した。
そうして――
ぼくたちは一体どこなのかもわからない第一階層非管理領域を彷徨うこととなったのだった――
*****
「くっそ! やっぱバカを連れてきたのは失敗だった! 高い授業料だったな、ナナフミ」
「ご、ごめんて……だけどふつうさ、宝箱だってなったら開けるだろ?」
「ま、まあ、それを教えてなかったぼくたちにも責任があるよ」
空気は最悪だった。アンリエッタは明らかにサムに怒っている。それも、激怒している。
ぼくだってサムを責めたい気持ちはあるが、ここでチームが分裂すると、いよいよもってこの危機は最悪に至る。なんとかチームワークを保つため、ここは庇っておく。
「とりあえず。ぼくたちは地図上のどこにいるのかを特定しないといけない。アンリエッタ。なにか方角とか位置に関する魔法を覚えていないか?」
「そうだな、いつまでもイライラしてても解決しねぇな。でもわたしが使える探索魔法はコンパスの魔法だけ……そうだ、わたしは授業で塔にコンパスの座標を設定していた! それをたどれば、とりあえず帰れるぞ!」
「おお! すげぇ!」
「先輩様々だね。アンリエッタがいて本当に良かったよ」
「んじゃ、使うぞ……〈心の針よ、方角を示せ〉」
アンリエッタの目の前に、光のコンパスが現れ、それが真っ直ぐに迷宮のある方角を指す。
「これでそっちを目指せば塔の近くに行くから、入口もどこかにあって、管理区域にいけるのかな?」
ぼくが冷静に現状を話す。
「そうだな。コンパスが示した塔までの距離は、針の長さで分かる。これはおよそ10キラメトルだ。近くはないが、3時間~4時間行軍すればいけるな」
「希望が見えてきたね」
「モンスターを発見したら、戦闘を避けることを最優先しろ。曲がり角では、慎重に曲がった先にモンスターがいるか確かめろ。入口付近と違って、モンスターはかなり強いはずだ。場合によってはわたしでも勝てるか怪しい可能性もある」
「わかった」
「特にサムのバカは肝に命じろ。次バカなことしたら、放置して見捨てるからな」
「あ、ああ、わかったって」
それからぼくたちは、非管理区域からの長い旅を始めた。
最初は比較的順調だった。
ぼくたちは慎重に足を進め、途中2度ほど発見したモンスター、リザードマンは違う道を選ぶことで回避した。遠回りすることにはなったが、戦うよりはマシだ。
「リザードマンは厄介な魔物だ。およそ2年目の平均的な冒険者相当の戦闘力を持っていると言われている。パーティで挑まないと危険だが、ナナフミとサムが役に立たない以上、わたしたちは挑むことができない」
「お、おう……」
「これで1時間くらいは歩いたかな?」
「そうだな。まあここまでは順調な方か……」
そこで、ぼくたちは、大きな広間の入口に出た。
「広間はなるべく避けたい地形だ。複数のモンスターが居た場合、厄介なことになる。だがここを通らないと、ずいぶん遠回りになりそうだし、いくしかねぇな。壁際をいくぞ」
ぼくたちは、広間の壁をつたって、反対側の出口を目指す。
広間の反対側には、モンスターの気配があるが、霧のように霞がかった煙が視界をぼやけさせて、お互いに視認できなくなっている。
「(……絶対しずかにしろよ。なんかやばいのがいそうだ)」
「(……ああ)」
囁くような声で、コミュニケーションを取り、広間をなんとかやり過ごそうとする。
だが、しばらく歩いた所で、事件は起きた。
霧の中から、ついに一体のモンスターが現れてしまったのだ。
それは腐った肉体を持った4足歩行の狼の姿をしていた。
「ぞ、ゾンビウルフだ! これは逃げられない、戦うぞ!」
だがぼくはそこで、ゾンビウルフの頭に、なにか紋章のようなものが光っているのを見た。
「ねぇアンリエッタ! あの頭の紋章はなに?」
アンリエッタは、その紋章を見た瞬間、顔面を蒼白にした。
「……最悪だ」
アンリエッタは、ここまでの道中では見せていなかった怯えた表情を、ついに初めて浮かべていた。
「あれはネームドモンスターの眷属の証! この広間は〈物語領域〉だったんだ……!」
――絶望的な戦いが、始まる。
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