第十一話 アンリエッタの迷宮学入門~〈物語領域〉~

 アンリエッタと組むと言わずにサムを誘っていたので、あれからちょっとした一悶着はあったのだが、ひとまずぼくの懸命の説得により両者納得してもらい、ぼくたちはいよいよ迷宮探索に向けて話し合いを始めた。


「まず今回は、ナナフミとバカが迷宮って場所がどういうところなのか体験して、少しでも慣れるのが目的ってことでいいんだよな?」


「ああ、そうだよ。アンリエッタにとっては少々退屈かもしれないけどね」


「まあいいよ、バカはともかく、後輩の面倒を見るのも先輩の努めだしな」


「さっきからバカバカってうるせぇなぁ! おれにもサミュエルって名前があるんだから、ふつうにサムって呼べよ」


「お前の方がうっせぇよ。まあめんどいからサムでいいわ。とりあえず、サムとナナフミは、迷宮がどういう場所か、探索はどういうことをするのか、そもそもわかってるのか? ナナフミとか異世界人だし、めちゃめちゃ変な誤解してそうだけど」


「……洞窟みたいな迷宮を探索して、モンスターと戦ったりして、お宝を持ち帰る、みたいなイメージ。モンスターを倒すとなんか魔力とか吸収して強くなる、みたいなのもありそう」


 ぼくは正直に自分の想像を答えることにした。なんだかバカにされそうだが、変に誤解したまま迷宮に行くよりは良い。


「なんか奥の方いくとボスみたいなのがいて、それ倒すとお宝がもらえるんだろ?」


「まあざっくりとは掴んでるが、思ったよりわかってなさそうだから、一から説明させてもらうぞ。こんなのは迷宮学の授業を受ければ習うんだが、迷宮学は1ヶ月くらい後から始まるからなぁ」


「なるほど」


 ぼくたちのこの個人的活動は、授業を1ヶ月先取りする程度の効果は最低限あるようだ。


「そもそも、お前たちは迷宮の構造を知らないといけない。迷宮は、第一階層から始まって、第二階層、第三階層、と深くなっていき、難易度を一気に上げていく。第一階層は「見習いの階層」なんていわれていて、ギルドに入って2年~3年はここで修行するのが無難だと言われているな。ここでモンスターとの戦闘経験を積み魔力を吸収したり、金を貯めて装備を買ったり、いろいろ教育を受けてスキルを覚えたり、そういうことをやるのが見習いの期間とされている」


「第一階層っていうのは、どれくらい広いの?」


「最低でも都市全体の地下には広がっている。いや、実際にはそれよりもっとずっと広い」


「へぇ」


「第一階層の中でも、管理区域と非管理区域ってのがあってな。管理区域は基本迷宮都市直下の領域に限られていて、その外側に、非管理区域というのが広がっている。非管理区域は、いろいろ手つかずの財宝が眠っているが、そのぶん危険な徘徊型ボスがいたり、下手すると未知の〈物語領域〉が展開されていたりする」


「ものがたり……なんだって?」


 サムも知らない言葉だったらしく、そこでアンリエッタに質問が飛ぶ。


「〈物語領域〉ってのはな、迷宮の花形にして、もっとも危険なゾーンのことだ。そこは迷宮に生み出されたネームドモンスター、いわゆるユニークってやつが支配する領域だ。ふつうの徘徊型モンスターと違うのは、このネームドモンスターは、そいつにしかない独自の個性、独自の物語を持っていて、それがこの領域のルールやネームドモンスターのユニークスキル、そして討伐した後の財宝やスキル書に影響するんだ」


「言ってることはなんとなくわかるけど……」


「数年前、わたしやナナフミの師匠のダリウス教授が、第四階層の非管理領域で〈物語領域〉を発見して、そこを支配していたネームドモンスターの竜種を討伐したときは、都市中が湧いたくらいの騒ぎになったな。それくらいこの〈物語領域〉を攻略したときの報酬ってのはすさまじいものでな。ダリウス教授が今あれほど他を寄せ付けない圧倒的な強さを誇るのも、このときに得た膨大な魔力、ユニークアーティファクトやユニークスキル書の数々、それらの一部を売り払った財産で強化されたすさまじい力があるからだと言われている」


「なるほどね。とはいえ、ぼくたちには当面縁がなさそうだ」


「まあそうそう出会えるものでもないしな。物語領域は深層にいくにつれて難易度と報酬を上げていく法則はあるが、第一階層でも第四階層みたいな難易度の領域が展開されてることもある。なるべく巻き込まれないように回避する方が、賢明ではあるだろうな」


「えー、せっかくなら、いきなりそういう難しいやつクリアして、天才とか英雄とか言われたくね?」


「ナナフミ、こういうバカと組んでダンジョンにいくと命がいくつあっても足りないからな。人選はよく考えろよ」


「そうだね。もうちょっと真剣になるよ」


「ナナフミまで、ひっでぇな!」


 ぼくたちは3人で笑い合って、束の間の絆を楽しんだ。なんだかんだ、悪くないパーティになりそうだなと感じる。


「とりあえず、作戦を決めよう。今日はギルド近くの第一階層北西部を探索する。最初の方で出会うのはたぶんゴブリン、スライム、スケルトン、ウルフあたりだろう」


「そんなのおれたちに倒せるのか?」


「まあ運動神経の良い奴なら武器を持ってればスキル無しでも倒せるくらいの難易度ではある。とはいえ油断してると死ぬから、ちゃんと作戦を立てて、遠慮なくスキルを使う」


「アンリエッタはなにかあるんだろうけど、ぼくとサムはスキルもないんじゃないか?」


「当然そうだろうな。よって、主戦力はこのアンリエッタ様だ。お前たちは避けタンクとして、敵の攻撃を避けまくって、申し訳程度にナイフで攻撃してくれればいい」


「ええ……めちゃめちゃ地味じゃね?」


「迷宮ってのは基本は地味なものなんだよ! バカは黙ってろ! そもそも、わたしがいること自体、お前らにとって本当にありがたいことなんだからな。感謝を噛み締めて、スイーツをおごってくれてもいいくらいなんだぞ、本当は」


「……スイーツでいいなら、今日稼ぐお金で全然おごるよ」


「おーマジ? いやーやっぱ持つべきものは舎弟だな! サムとは出来が違うわ!」


「だから今後もしばらく協力してほしい」


「おーいいぞ? どうせ迷宮はわたしも潜る必要あるしな」


 アンリエッタがちょろくて助かったな。

 実際、どれほどの実力かはわからないにしろ、2年目の先輩が一人パーティにいるだけで相当なアドバンテージだ。


「よし、じゃあナイフを買って、迷宮潜るか!」


「ポーションとか地図とか食料とか水とか、そういうのも買っとけよな。死ぬぞ」


「どうやって運ぶんだ?」


「そりゃアイテムボックスだろ、ってお前らはそれも貰ってないか。まあわたしが持つよ」


 どうやらアイテムボックスなるものはそれほどレアリティが高いものではないようだ。


「わたしのも一番安いやつだから、縦横高さが1メトルくらいしか広さがない。買うものは選べよ」


「アンリエッタは来ないの?」


「わたしはちょっと魔法の復習をする。最近サボってて忘れ気味なんだよな」


 本当にこの先輩で大丈夫なのか非常に不安になるが、まあいないよりマシ、と言い聞かせる。





 ――結論から言うと、順調なのはここまでだった。


 愚かさの当然の報いとして、1時間後、ぼくたちは非管理領域を地図もなくさまよう羽目になる……

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