前日譚後編~花が咲いた後は~
あらすじ
神聖騎士アルバの朝は早いが夜も遅い。
なんてブラックな……。
人助けに夢中になっていた俺は、後輩騎士の指南役を忘れてしまい。。。
気が付くと、物陰へと連れ込まれていた!!!!
これは、アルバが神聖騎士でなくなる数日前の出来事。夏の終わりを告げるような、日暮の鳴く夕暮れ。
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神聖騎士アルバの一日は遅い。
本日も国民の為に沢山の奉仕をした。
迷子ねこを探してくれだの、赤ん坊を見ていてくれだのと、およそ聖職者に近しい騎士とは思えない治安維持活動だ。
ここ数日は、夏の終わりを告げるように魔物達も鳴りを潜めていて、村々の巡回をしていても聞こえてくるのは蝉の声ばかり。
したがって、
やる事と言えば訓練くらいのもの。
訓練、くんれん?
……そういえば、後輩騎士の指南役など任されていた気もするのだが、
どうなったろうか?
終わった後に気付く的なアレに苛まれながら、
アルバは騎士宿舎へと帰路についた。
宿舎とはいっても、
騎士はこの国のシンボルマークのようなもの。
普通の使用人等とは一線を画す扱いを受けていて、
王城の横に礼拝堂然として立ち並ぶ小城こそが、
騎士宿舎だ。
内装こそ王城を踏襲しているが、金を基調とした装飾の王城にくらべて、騎士宿舎は銀色。
金ほど目がチカチカしないだけマシなのだが、内路には創造神を模したと思われる女神像が点々と設置されていて、華やかさとは別の物々しさを放つ。
また、王城のように一階からは居住スペースに行けないだとかそういう事も無く、騎士達の扱う神聖魔法に反応する施錠が施されているのみのガバセキュリティーだ。
防衛用の外壁に四方を囲まれた中庭を進み、万が一にも面倒な相手に遭遇しないよう、騎士詰め所を迂回しながら食事にありつける大広間を目指す。
慎重に、なんなら足音など魔法で誤魔化しながら。
ところが、そんな努力もむなしく、
中庭の死角から何者かの腕が伸びる。
前方を注視していたアルバは、反応が間に合わず、バックハグの体勢で観葉植物の影へと引っ張り込まれた。
「やっっっと、時間が二人に追いついたね?♡」
耳元で囁かれて悲鳴を上げるが、さっと口を塞がれてくぐもった声が漏れるのみだ。
アルバを易々と抱きしめられる巨漢。
キザったらしい言い回しと、軽薄そうなのにやたらネバっこい声音。そして、顔に掛かる明るいブロンドの髪。
それはアルバがよーーーーく知っている人物だ。
「もう、大声……出さないかな?」
暫くジタバタと抗議していたが、
細身の身体には似つかわしくない筋力で抑えつけられている為、首をブンブンと振るしかない。
それを確認した彼は、満足そうに口だけを解放した。
……こいつは、同僚の神聖騎士だ。
「ハアッ、ハァッ! くっそ、離せテンメェ」
「えーー、だって離したら猫ちゃんみたいに逃げちゃうでしょ? アルバ君」
「だれが猫ちゃんだぁ?! つーか、
アルバ君とか呼び方キッショいんだよっ!」
更に力を入れて抜け出そうと試みるも、ビクともしない。
筋肉量では明らかにアルバの方が勝っているというのに、身長差というどうしようも無い壁が重くのしかかる。
「だって~~、指南役の癖にサボっちゃう不良騎士となんて目と目を見てお話出来な~い」
「だれが不良騎士かっ! てぇ……俺だって、その。
いろいろ~……忙しんだよ!」
「ふ~~ん? どうせいつものボランティアでしょ?
……王城の人たちから評判悪いって、知ってる癖にさ」
彼の言っているボランティアとは、
アルバの“治安維持活動”そのもの。
騎士を信仰の象徴にしたい城の領主達にとって、民と同じ目線に立つ事は、格を下げる行為としてあまり良い顔をされない。
「……別に、責務はちゃんと果たしてるんだから良いだろ?」
「へぇ~~? それじゃー今回の指南役、誰が変わってくれたんだろうね~。僕、とーっても気になるな~?」
「……ぅっ、悪かったよ」
アルバから謝罪の言葉を引き出すと、同僚の騎士は満足げに拘束を解く。
が、そのまま解放するつもりも無いらしく、体制を入れ替えて、更に奥まった観葉植物の密集地へと押し込まれた。虫刺されが心配だ。
「よーし、悪いついでに少し“お話”に付き合って貰おうかな~。君、粛清の噂、覚えてる?」
同僚の軽い言葉と裏腹に、空気が張りつめる。
いや、実際に風の流れが変わった。
恐らく、気配や音といった五感を誤魔化す魔法。
アルバが先ほど使っていたその場しのぎ程度では無く、
人払いや隠密を目的とした高度なモノだ。
……同僚は、よほど俺とナイショバナシがしたいらしい。
粛清。アルバは思考を巡らせる。
久しく耳にしなかった響きだが、妙に記憶に新しい。
たしか……意にそぐわない騎士を、
領主達が手なずけた魔物の上位種族“魔族”に襲わせ、
その資格を剥奪するとかいう……。
「騎士学校時代の話、だったよな?」
「そっ、七不思議的な奴。お母さんが寝物語に聴かせる類のお話かも?」
「……なんだ? 昔話でもしてえのか?」
緊張を解いたアルバの頭にポンポンと手を置きながら、
困ったように同僚は続ける。
「んー、それもまた魅力的ではあるけど~~
……どうやら、噂話に感化されたお馬鹿さんが、
上の人間に居るらしい」
「はっ? 罰当たりな奴も居たもんだなぁ~……」
「コラコラ、これでも足を使って手に入れた情報なんだから。少しは信じて欲しいんだけど?」
頭のアホ毛を手のひらで潰されて、憎々しげに払いのける。
「つーても、魔族なんていくら居たって意味ねぇの、ガキでも分かるだろ」
騎士の加護は創造神の力そのもの。
技量や才覚で階級という明確な差は生まれるものの、
人間が使役できる程度の魔族に後れを取る事は考えにくい。
実際、粛清が噂話として成立しているのも、
実現性や再現性、更にはメリットすら皆無なオモシロ話だからだ。
同僚はアホ毛を狙う手を止める。
「ところがさ、最近見慣れない人間が出入りしてるって話を聞いて張ってたんだけど、妙な隠蔽魔法を使う一派を見つけちゃった訳ね」
「妙な?」
「なんだろあれ? そこはかとなく魔族が使う魔法に似てたような……とにかく、ここに知らない人間の出入りなんてまず無いし、後を追ったの」
そうしたら……言いながら、同僚の目線は上に向かう。
視線の先にあるのは、騎士宿舎の、ちょうど医療区画の方だ。
「いやいやいや、あんな目立つとこに出入りしてたら、
とっくにしょっ引かれてるだろ」
戦いの多い騎士の生命線、医療区画は二階の中心を広く陣取っている。
同僚は特別魔力系統の探知に優れているとはいえ、魔族が扱うような隠蔽魔法だというのなら、卓越した騎士達をそう何人も欺けるとは思えない。
「ところがさ、医療区画に入ったあたりで魔力が途切れちゃって。しかも、不思議とその事に何も思わなかったんだよね」
それこそ、暫く忘れてたくらいに。
同僚は顎に手を当てる。
確かに、いつものアルバであればとりあえず殴り込みに行くような事案だが、どうにも井戸端会議でおばちゃんの夕飯の献立でも聞いたくらいの関心しか湧かない。
「正しく僕も今の君みたいな反応だった。
これは『認識阻害』。具体的には、
“感心を持てなくする結界”だね」
「ん゛だ? そのふわっとしたの。
……結界にそんなモンあったか?」
ジト目で不満げに見やると、あやすような手が伸びてきたので、今度こそ叩き落としてやった。
「僕も初耳。恐らくだけど、術者は僕たちと同じ……まぁ、これはいいか。とにかく、紆余曲折あってやーーっと中に潜入できたのです」
「いつもご苦労様なこった……で、中は?」
同僚が話を端折る時は大概ロクでもない手順を踏んでいる。話の腰を折るのはやめておこう。
「大当たりも大当たり。パーティションを開くと、そこは別世界であった。って感じ? 魔法で作ったっぽい別空間に、見知った顔が横たわっておりました~」
コイツのテンションは時々よく分からない。
「見知った顔ってーと?」
「勿論、僕たちと同じ騎士だよ。階級はかなり下の子達だったけどね。昏睡状態で魔力も殆ど感じなかったけど、ベッドの上で生命維持はされていたし、とりあえず無事」
……いや、無事って言えるのかな?
少し困ったようなため息が漏れ聞こえる。
騎士が魔力切れなんて、まずありえない。
「それは……」
「意識が戻ってる子も居たから話を聞いたけど、弱みを握られて、戦わずして……女の魔族に犯されたってさ」
魔族に犯される。
それは、加護を失い、騎士で無くなるという事だ。
―騎士は『童貞(じゅんけつ)』でなければならない―
それが最強を誇る騎士最大の禁止事項にして唯一とも言える弱点。創造神は”不浄”な行いを嫌う。それは『性行為』を示していて、禁を破った者は加護をその場で失い、二度と戻る事は無い。
無論、再起への道も無い。
魔族は、性行為によって効率的に魔力を搾取できるよう、
限りなく人間らしく進化した魔物の姿。
奴らに無力化されれば、後はもう“性行為”以外無い。
「……お前は、上の連中が絡んでるって思ってるのか?」
「……僕たちの本拠地が根城にされているんだからね。考えない訳にはいかないよ。それに、魔族は襲われた騎士の内情にとても詳しかったらしい」
騎士なんて、魔族の餌としては普通の人間以下なのにね。同僚は冗談めかして肩をすくめた。
加護を失った時点でその魔力の殆どが霧散する騎士は、魔族にとっては、やたら骨ばかりの魚のようなモノ。
食いでが無い、とでも言うべきか。
しかも騎士の人数はそれなりに潤沢であり、
倒したところですぐおかわりが来る。
そんな事情もあり、十数年を騎士として歩んできたアルバですら、魔族に犯されて加護を失った事例をとんと聞いた事がなかった。
せいぜい、女性関係でのトラブルくらいのものか。
「だから、そうだなぁ。確実に身の安全が保障されていて、それでいて餌場のような場所が与えられているんだろうね……悔しいけど、しっぽまでは掴ませて貰えなかったよ」
「んーー、だったら俺が力ずくで吐かせるかぁ?
お前が居れば、俺も結界の影響は薄くなるだろ?」
「こーーら、すーぐそういう事しようとする。
そんな事したら、場所ごと移動されかねないでしょ?
僕だって中に入れてもらうのに小細工したんだから~」
それに……。
何かを言いかけて、同僚はふいに口元に手を当てて長考する。じっと目を見つめられるが、その青い瞳に感情は映らず、何だか居心地が悪い。
「なっ、なんだよっ……」
たまらずアルバが沈黙を破ると、一瞬はっと目を見開いた後、同僚は飄々とした雰囲気に戻っていた。
「いやっ、この前きみの親戚?の酒場のマスターさんに会ったんだけど、随分君の様子を聞いてきたなーって思い出してさ……最近調子が悪そうだし、身内関係が拗れると面倒だから、ちゃんと解決しなよ?」
話を、逸らされた?
こんな思い出したように話題を変えるような奴では無い。いや、そうでも無かった?
ギッと眉根を寄せて睨むも、あまり効果は無く、しきりに右の方へと視線が動いていて、何を考えているのやら……。
「たしかに、ちょっと面倒な事にはなってるけど、
気にしてもらう程の事じゃねぇよ……」
モゴモゴと返すアルバに、
聞いてきた同僚はといえば生返事。
何だかアルバだけ気まずくなっていると、不意に同僚の目が真っすぐアルバを捉え、スッと細められる。
「“アルバ”……暫く、あまり目立った活動をしない方がいい。なんなら、城下に降りるのも、控えるべきだと思う」
「どうしたんだよ、藪から棒に……俺まで粛清されちまうってか?」
「そうとは言ってない……いや、そういう事、なのかも?」
同僚のこんな重苦しい態度は初めてで、困惑する。
「医療区画で見つけた騎士達の事を調べた。そうしたら、君のように“ボランティア”に精を出す子ばかり。むしろ、それ以外に共通点なんて無かったんだ」
「だからって、そこでどうして俺に飛び火するんだよ?」
飛躍した物言いにムっとして返すと、
同僚は、今度は淀み無く返す。
「だからだよ。
君、自分の商業地区での“あだ名”を知ってる?」
「……? 知らねぇ、けど」
商業地区は、
城下の中でも特に信仰対象としての創造神を大切にしている地区だ。
騎士を“神の御使い”なんて呼び方をするのも、商業地区から広まっているらしい。
「やっぱりね。君、御使いどころか、
“救世主(メシア)”様なんて呼ばれてるんだよ?」
「なんだそりゃ?! 大袈裟なんてもんじゃねぇだろ……」
「……騎士。特に神聖騎士なんかが進んで民に手を差し伸べていたら、それは神様の施しそのもの、なんだって?
……物騒な話だって、そう思わない?」
言葉に詰まる。
確かに、領主本人がどう思っているかはともかく"こんなあだ名"を付けられては、その周囲から良く思われるはずも無い。
善性の欠片も無い連中からは、
扇動家(せんどうか)か何かだと思われている可能性すらある。
「念のために言っておくけど、神聖騎士だから粛清されないって考えはやめた方が良いよ。確かに僕たちの存在は奇跡に等しい。だけど、彼らにとって“奇跡はただ一つ”で十分なんだ」
国の象徴として担ぎたいだけなら、尚更ね。
そこまで言い切ると、同僚は身体をズラしてアルバを解放、もとい、道を空けた。
「友達としての忠告。あまり、目立った行動はしないで、ほとぼりが冷めるのを待つんだ」
アルバは何も口にせずにその横を通りすぎる。
「君が居なくなれば、悲しむ人や、苦しむ人も増える」
後ろ手に声が掛かり、彼は少しだけ足を止めた。
「…………そうかぁ?」
ぼんやりと言い残すと、振り向く事もなく歩き去った。
大広間では無く、自室の方角だ。
「……君はやっぱり……騎士には向いてないよ」
アルバが通り過ぎたその先を見つめながら、
同僚はポツリと呟く。
誰も居なくなった中庭を、女神像は静かに見つめていた。
どこからか、日暮の鳴き声が聴こえてくる。
終わり(本編に続く)
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これにて落陽のアルバの前日譚は終了。
本編である音声作品へと続きます。
で・す・が!!!!
カウントダウンボイス用に書いて没になった文章がまぁだまだありますので、こちらの更新は暫く続きそうです。
神聖騎士アルバの日常にもう暫くお付き合いいただけますと嬉しいです!
また、落陽のアルバはお話として拡張性を持たせておりますので、評判次第では後日譚投稿後も続編として再編される予定です。
ですので、色々お声をいただけますと続きが出るかもしれません。
何卒よろしくお願いします!
次の更新予定
毎日 10:15 予定は変更される可能性があります
落陽のアルバ~前日譚 晧 左座 @akirasaza121
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