ストラディバリウスさん

沙華やや子

ストラディバリウスさん

 オレは心の中で彼女をこう呼んでいる。

「ストラディバリウスさん」

 ストラディバリウスさんはオレのバイト先に半年前やって来た。


 キュッとくびれたウエスト、つややかな肌に明るい笑顔、そして……ひとぎき惚れした 甘い、声。


「ああ、雪都ゆきと君、こちら、ホール係として新しく入って来た山中しお梨やまなかしおりさん。しお梨さん、こちらはホールのリーダー小曽音雪都こぞねゆきとさんだ。雪都君、まずはお冷やとおしぼりの用意の仕方、それからビールサーバーの使い方も教えてあげてね!」


 ここ、『 居酒屋おうちごはん 』の店長はオレの親父ぐらいの年齢だ。オレは二十歳はたちのフリーター。店長はとても親切にしてくれている。よし!  張り切って新人さんに教えてあげなきゃな。


「よろしくお願いいたします」ペコリ。

 愛らしいポニーテールが垂れた……。


 ドキッ……。


 ハッとしたな。あの時。とても甘くて優しさのにじみ出た綺麗な声。

 オレは彼女を瞬時に『ストラディバリウス』だ! と思ったよ。

 なかなかお目にかかれない、魅力的な声を持ったひとだな。


 オレの母親は趣味でバイオリンを習っている。

「ストラディバリウス、ストラディバリウスッ」て、アハハ、ガキの頃から聞かされてきたよ! どんなにその弦楽器たちが素晴らしいか! 「どれほどお母さんはそのバイオリンが欲しいか!」ってね。毎日母親はCDをかけながら家事をしていたよ。

 夕方学校から帰るとクラッシックの爆音が流れてんの。すり込みかも知れないけど……うん、あの音色は、なんというか……魅惑の響きだな。今なら解るよ。


『お家ごはん』てヘンテコな名前のうちの居酒屋は人気店。毎晩お客さんでワイワイガヤガヤ。オレは忙しく動き回るのが好きだから向いてるね、きっと。


 ストラディバリウスさんは…… 若干向いてないんじゃないかって初め思った。

 なんというか、ゆったりしていて。


「雪都さん、ビールが零れそうです!」


「え、ええ?!」


 モタモタ……ゆっくりと恐る恐る生ビールを運ぶストラディバリウスさん。


(うわ♡超かわいい。否、仕事だ仕事! アドバイスしなきゃな!)


「腕を固定して、まっすぐ歩くことを意識すれば、滅多にビールは零れないよ、泡があるからね」


「は、はぃ」

 自信なさげな所がなんか放っておけないんだよなー。ドキドキ……。


「おはようございまーす! 店長、しお梨さん!」ニッコリ。


「おはよう、雪都君」


「おはようございます、雪都さん」ニコッ。


(キャ♡目がハートになる~!)


「しお梨ちゃん、今日は忙しいよ? 土曜日だから。いつもよりほんのちょっとだけ……ネ、ピッチあげてこ♪」

 先輩風を吹かせるオレ。


「はい!」と美麗な声で返事をするストラディバリウスさん。


(わぁ~今ハープの風が吹きましたかー?)


 ああ、先輩風吹かせてたオレが天手古舞だよ。


「焼き鳥まだ―!?」

 つい厨房係に激しく言っちゃう。


「順番にやってるから待てよ、雪都!」


「わかったよ!」

 お客さんの楽しく騒ぐ声で、スタッフ同士、自然と大きな声になる。


 このバタバタ、ストラディバリウスさん、大丈夫かな~。


 え……。


「いいえ! そんな事は致しません!」


 ス、ストラディバリウスさんの弦が低く唸っている!


「アハハハハ」

 お客さんは笑ってるな。なんだ?


「おい、雪都、焼き鳥3人前上がったぞ! 早く持ってけ」


「あいよ」


「いい加減になさってください。ここはそんなお店じゃありません!」


(これはいけない!)


 すぐにしお梨のもとへ駈けつける雪都。


「しお梨ちゃん、どうしたの?」


「およ!? 男は要らねーよ! ねーちゃんが座って酒を注げばいいんだ。な~!」


「そうだそうだ。ギャハハハ!」


 5人組のサラリーマン風の男性客たち。


 雪都がお客さんに注意する前に「お帰り下さい」と、ス、ストラディバリウスさん。

(気持ちはわかるけど、超極端! 店長でもないのに!)


 しかし……顔を見るとストラディバリウスさんの顔は、いつものおっとりとしたお嬢様ではなかった。

 目が炎だった。


(こ、こわい! けど……)


 偉大!


 彼女はやっぱりストラディバリウスさんそのものだった。


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ストラディバリウスさん 沙華やや子 @shaka_yayako

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