『俺達のグレートなキャンプ138 セグウェイ改造して空飛ぼうぜ』

海山純平

第138話 セグウェイ改造して空飛ぼうぜ

俺達のグレートなキャンプ138 セグウェイ改造して空飛ぼうぜ


「やっほー!富山ー!千葉ー!今回はヤバいぜえええ!」

石川の声が、長野県某所のキャンプ場に響き渡る。軽トラックの荷台には、前回の二倍はあろうかという巨大なブルーシートの膨らみ。不吉な予感しかしない。

富山は既に設営済みのテントの前で、缶コーヒーを持つ手が小刻みに震えていた。「……あのブルーシートの大きさ、絶対ろくでもないわ。絶対」目が死んでいる。長年の経験が、最悪の予感を告げていた。

「石川さーん!何持ってきたんですか!」千葉は目をキラキラさせて駆け寄る。彼のリュックには相変わらず新品のカラビナがジャラジャラ。使い道は全くないのに、キャンプショップで見るたびに買ってしまう初心者あるあるだ。

「ふっふっふー」石川は胸を張り、サングラスをクイッと上げる。いつの間にかサングラスをかけている。「前回のスカイライダー138号、好評だっただろ?」

「めっちゃ楽しかったです!」千葉が即答。

「だから」石川はニヤリと笑う。「超絶パワーアップさせてきた!」

富山のコーヒー缶が手から滑り落ちた。

三十分後。石川のテントが立ち上がり、三人は焚き火を囲んでいた。いや、正確には千葉だけが焚き火を囲んでいた。富山は石川の軽トラックを睨みつけ、石川はそれを無視してニヤニヤしていた。

「じゃーん!スカイライダー138号改!」

ブルーシートが剥がされた瞬間、富山の顔が真っ青になる。

「ちょっと待って、これ、これ……」富山が言葉を失う。

そこにあったのは、もはやセグウェイとは呼べない何かだった。ベースはセグウェイだが、背面には巨大なジェットエンジンが三基。左右の羽根は前回の三倍のサイズで、金属製のカッティングブレードが回転翼として装着されている。さらに両サイドには小型のミサイルランチャーのようなものが計六基。機体全体は黒とシルバーのメタリック塗装で、まるで軍事兵器だ。

「すっげええええ!カッコいい!」千葉の目が星になる。「これ、もはや戦闘機じゃないですか!」

「そうだろそうだろ!」石川が機体をバンバン叩く。「まず最大の改良点は、ジェットエンジンを三基に増設!これで高度五百メートルまで上昇可能だ!」

「高すぎる!!」富山が絶叫。「前回は三メートルって言ってたじゃない!」

「三メートルじゃ物足りなかったんだよー」石川は軽く流す。「それと、このカッティングブレード!回転速度を極限まで上げて、樹木程度なら切断可能!」

「なんで切断する必要があるの!?」

「あと、このミサイルランチャー!」石川は誇らしげに胸を張る。「非殺傷ミサイル、略してヒサツミサイル!中身はペイント弾だから安全だぞ!」

「安全じゃない!絶対安全じゃない!」

「そして極め付けは」石川の目が妖しく光る。「最高速度マッハ五!」

沈黙。

富山と千葉が同時に固まる。

「……今、なんて?」富山の声が震える。

「マッハ五!音速の五倍!」石川がサムズアップ。「改造エンジンと空力設計を完璧にして、理論上はマッハ五まで加速できる!」

「死ぬわ」富山が即答。「絶対死ぬわ。っていうか、その速度で空気抵抗に耐えられるわけないでしょ!」

「大丈夫大丈夫!ちゃんと耐熱シールドも装備してあるから!」

「問題はそこじゃない!」

「でもさ富山」千葉が割って入る。目が完全にイッている。「すっごい楽しそうじゃない?どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなるって!」

「これはキャンプの範疇を超えてるのよ千葉!」富山が千葉の肩を掴んで揺さぶる。「目を覚まして!」

「あのー」

突然、隣のサイトから声がかかった。前回も来ていた佐藤(メガネ)と田中(タンクトップ)だ。今回は更にもう一人、作業服を着たいかにもメカマニアっぽい男性が一緒だ。

「石川さん!噂聞いて今回も来ちゃいました!」佐藤が興奮気味に言う。「友達も連れてきました!紹介します、鈴木です!」

「よろしく!」鈴木は目を輝かせている。三十代前半、髪はボサボサだが目だけは異常に輝いている。完全にメカオタクの目だ。「佐藤から前回の話聞いて、居ても立ってもいられなくて!おおおお、これが噂のスカイライダー!いや、もはやこれは戦闘機だ!美しい!このエンジン配置、この空力設計!天才か!」

「わかってくれるか!」石川と鈴木が握手。メカ好き同士の奇妙な連帯感。

「ちょっとこの機体、細部まで見せてもらっていいですか!」鈴木が既に機体の周りを這いずり回っている。「うおおお、このカッティングブレードの取り付け角度!計算し尽くされてる!」

「だろー!」

富山は頭を抱える。「終わった……メカオタクが増えた……もう誰も止められない……」

田中も興奮している。「今回は俺も絶対乗りますよ!マッハ五とか、男のロマンじゃないですか!」

「ロマンで死なないでよ……」富山の声は虚空に消える。

夕食はバーベキュー。石川が持ってきた分厚いステーキが炭火で焼かれているが、話題は完全にスカイライダー138号改に集中している。

「でも石川さん」千葉が焼きとうもろこしを齧りながら聞く。「マッハ五って、本当に人間が耐えられるんですか?」

「そこなんだよ!」石川が得意げに説明する。「だから特殊な姿勢制御システムを組み込んだ。加速時はGを分散させて、体への負担を最小限にする!」

「でも最小限でもヤバいGでしょ……」富山がボソッと言う。

「あと!」鈴木が突然立ち上がる。ビールを飲んで既に顔が赤い。「このミサイルランチャー!非殺傷っていうけど、ペイント弾の射出速度は!?」

「秒速五十メートル!」

「最高だ!」鈴木と石川がハイタッチ。

富山は黙々と野菜を焼いていた。もう何も言う気力がない。

翌朝、午前五時。

「よっし!夜明けと共に出発だ!」

石川がスカイライダー138号改の最終点検を終える。朝焼けがキャンプ場を赤く染めている。他のキャンパーたちはまだ寝ている。静かな、平和な朝。この時点では。

「石川、お願いだから」富山が最後の懇願。「せめて高度は百メートルまでにして。お願い」

「わかったわかった」石川は軽く流す。全く聞いていない目。「じゃあ行ってくるわ!」

フルフェイスのヘルメットを被り、機体に乗る。ステップに足を乗せた瞬間、カッティングブレードが唸りを上げて回転し始める。ヒュンヒュンヒュンという空気を切り裂く音。

「エンジン、スタート!」

ゴオオオオオオオという轟音。前回の比じゃない。三基のジェットエンジンが同時に火を吹く。地面が振動する。

「うおおおお、すげえ音!」千葉が興奮。

「近隣住民に通報されるわよこれ……」富山が青ざめる。

「いっけええええええ!」

石川が前傾姿勢を取った瞬間、スカイライダー138号改が射出される。文字通り射出。地面を滑るどころか、一気に十メートル上昇。

「速っ!」

そして、そのまま垂直に上昇を続ける。二十メートル、五十メートル、百メートル――

「おい、止まらないぞ!」田中が叫ぶ。

二百メートル、三百メートル、四百メートル――

「石川あああああ!」富山の絶叫。

五百メートル。

豆粒のようになった機体が、朝焼けの空で一瞬静止する。そして――

「うおおおおお!最高だあああああ!」石川の声が無線で聞こえる。全員に無線機を配っていたのだ。用意周到。

機体が水平飛行に移る。高度五百メートルを、信じられない速度で飛行している。

「速度メーター見てみろ!マッハ一!マッハ二!」石川の興奮した声。「まだ行けるぞ!マッハ三!」

「ちょっと待って速すぎる!」富山が無線で叫ぶ。

「マッハ四!」

機体が音速を遥かに超える。衝撃波が広がり、地上にいる全員が耳を押さえる。

「うるさああああい!」

そして――

「マッハ五いいいいい!」

機体が一瞬、視界から消える。速すぎて追えない。次の瞬間、遥か彼方から爆音と共に戻ってくる。

「ヤッベエエエエ!体がバラバラになりそおおおお!」石川の叫び。「でも楽しいいいいい!」

機体がキャンプ場上空を、マッハ五で通過する。凄まじい衝撃波。テントが飛ぶ。焚き火台が転がる。ギャラリーが吹き飛ばされる。

「危ないいいいい!」全員が地面に伏せる。

「おっとォ!ちょっと速すぎたな!」石川の笑い声。「じゃあカッティングブレードのテストだ!」

機体が旋回し、キャンプ場脇の森林に向かう。

「まさか……」富山が凍りつく。

次の瞬間、ズバアアアアアという音と共に、高さ十メートルの松の木が真っ二つに切断される。

「切れたああああ!」石川の歓喜。「マジで切れた!」

バキバキバキ。次々と木が切断されていく。

「やめてええええ!」富山の絶叫。「自然破壊よ!」

「次はミサイルだ!」

シュポーンという発射音。六発のペイント弾ミサイルが、高度五百メートルから地上に向けて発射される。

ビシャ、ビシャ、ビシャ。

千葉のテントが真っ赤に染まる。佐藤のテントは黄色。田中のテントは青。鈴木のテントは緑。富山のテントは紫。そして石川自身のテントは黒。見事に全部直撃。

「わあああああテントがあああああ!」全員が悲鳴。

「命中率百パーセント!」石川が誇らしげ。

この時、遂に他のキャンパーたちが目を覚ました。

テントから這い出てきた中年男性が、空を見上げて固まる。「あ、あれは……UFO!?」

「未確認飛行物体だ!」若いカップルが叫ぶ。

「いや、戦闘機じゃないか!?」別のグループが騒ぐ。

「自衛隊の演習か!?」

パニック。キャンプ場全体がパニック。

高度五百メートルから見る景色は、石川にとって最高だった。眼下には山々、森林、キャンプ場。朝日が昇り、全てが黄金色に輝いている。

「これは……グレートすぎる……」石川の声が震える。感動している。マジで感動している。「この景色……この浮遊感……たまんねえ……」

機体を操縦する感覚も最高だ。セグウェイの体重移動システムが空中でも完璧に機能している。前傾すれば加速、後傾すれば減速、左右に体を傾ければ旋回。まるで自分の体が空を飛んでいるような一体感。

「乗り心地も最高だぜ!」石川が無線で報告。「Gはキツいけど、姿勢制御システムのおかげで耐えられる!っていうか、このスリル!ジェットコースターの百倍だ!」

マッハ五で急降下すると、内臓が浮く感覚。急上昇すると、体が座席に押し付けられる感覚。宙返りすると、天地がひっくり返る感覚。

「やっべえ!やっべえよこれ!」石川の興奮は止まらない。「人類が空を飛ぶってこういうことか!鳥の気持ちわかるわ!」

十五分間の狂乱飛行の後、石川は着地を試みる。

「よし、着陸するぞ!」

機体が降下を始める。高度四百メートル、三百メートル、二百メートル――

だが、速度が落ちない。

「あれ?エンジン出力下げてるのに……」

百メートル、五十メートル――

「ちょ、待て待て!」

地面が迫る。このままでは激突する。

「緊急ブレーキいいいい!」

石川がありったけのペイント弾ミサイルを地面に向けて発射。反動で機体が減速する。同時にカッティングブレードを逆回転させて空気抵抗を増大。

ズガアアアアアン。

地面スレスレで停止し、そのまま横転。機体がゴロゴロと転がる。

「石川!」富山たちが駆け寄る。

機体から這い出てきた石川は、ヘルメットを脱いで満面の笑み。「最っ高だった!」

全員ずっこける。

「心配して損したわ……」富山が脱力。

「石川さん!俺も乗りたい!」千葉が飛びつく。

「おお、じゃあ次は千葉な!」

「ちょっと待って!」富山が割って入る。「機体、壊れてるかもしれないでしょ!点検しなきゃ!」

「大丈夫大丈夫!俺が作ったんだから!」

鈴木が機体を点検し始める。「うーん、エンジン一基が若干損傷してますね。でも飛べます!」

「よっし!」石川がサムズアップ。

こうして、次々とメンバーが試乗していく。

千葉は「うおおおお怖い怖い楽しいいいいい!」と絶叫しながら高度三百メートルまで上昇。マッハ三で飛行し、「人生で一番興奮してる!」と叫ぶ。着陸は案の定失敗して、テントに突っ込む。

佐藤は慎重派なので、高度百メートル、マッハ一で飛行。「これでも十分スリルありますね……」と震える声。着陸は完璧。

田中は「男は度胸だあああ!」と叫びながら高度五百メートル、マッハ五に挑戦。「うおおおお体がバラバラにいいいい!」と絶叫。着陸は大失敗して、管理棟の屋根に激突。

鈴木はメカオタクらしく、「この機体の性能を限界まで引き出す!」と言って、宙返り、横回転、垂直上昇からの急降下など、アクロバット飛行を披露。着陸も完璧。「素晴らしい!この機体は芸術だ!」

そして富山の番。

「私はいいわよ……」

「まあまあ!」石川が無理やり機体に乗せる。

「ちょ、ちょっと!」

強制的にヘルメットを被せられ、エンジン始動。

「いやああああああ!」

機体が上昇する。富山の悲鳴が無線から聞こえる。

「怖い怖い怖い怖い!」

だが、高度百メートルに達した頃、悲鳴が止まる。

「あれ……?」

「おお、慣れてきたか?」石川が無線で聞く。

「これ……意外と……」富山の声が変わる。「綺麗……景色が……」

朝日に照らされた山々。眼下に広がる森林。遠くに見える湖。

「すごい……こんな景色……」

富山は慎重にマッハ一で飛行する。風を切る感覚。空気の抵抗。エンジンの振動。全てが新鮮。

「ちょっと……楽しいかも……」

五分後、富山は完璧な着陸を決める。ヘルメットを脱いだ顔は、少し紅潮していた。

「ど、どうだった?」石川が聞く。

「……悪くなかったわ」富山が小さく認める。

「よっしゃ!」

昼過ぎ、全員が一通り試乗を終えた頃。

管理棟から管理人が走ってくる。六十代くらいの男性で、普段は温厚だが、今は顔が真っ赤だ。

「君たちいいいい!」

全員が凍りつく。

「何をやっとるんだ!朝から騒音で苦情の嵐だぞ!それに木を切り倒しただろ!テントがペンキまみれになったって苦情も来てる!おまけに屋根に穴が開いとる!修理代どうするんだ!」

石川が恐る恐る前に出る。「あの、すみません……キャンプの一環で……」

「キャンプじゃない!戦争だ!」管理人が怒鳴る。「未確認飛行物体だって警察に通報が三件も入っとるぞ!説明に行かなきゃならんじゃないか!」

「申し訳ございません……」全員が土下座。

「今すぐ片付けて出ていきなさい!二度と来るな!いや、来てもいいけど、もう二度とこんなことはするな!」

「はい……」

管理人は最後に言う。「まったく……キャンプってのはな、自然を楽しむもんなんだぞ。自然を破壊してどうする」

そして、少し声を落として。

「……まあ、気持ちはわからんでもないがな。わしも若い頃は無茶したもんだ」

え?と全員が顔を上げる。

管理人は小さく笑って、管理棟に戻っていく。

「……怒られちゃったな」石川が頭を掻く。

「当然よ」富山がため息。「自業自得」

「でも」千葉が笑う。「楽しかったっすね」

佐藤も頷く。「人生で一番刺激的な朝でした」

田中も笑う。「最高だったぜ!」

鈴木は機体を撫でている。「この子は傑作だ……」

片付けを始める一同。スカイライダー138号改は再び軽トラックの荷台に積まれる。周囲のキャンパーたちは、呆れた顔と、ちょっと羨ましそうな顔で見送る。

「また次も来ような!」石川が手を振る。

「次はもっと控えめにしてよ……」富山が苦笑。

「えー、でも次は何しよう。潜水艦型テントとか?」

「却下」即答。

キャンプ場を後にする六人。軽トラックと乗用車二台が山道を下っていく。

車内で、石川が呟く。「次は139回目だな」

「もうこりごりです……」富山がぐったり。

「でも、また来ちゃうんでしょ?」千葉が笑う。

富山は黙って窓の外を見る。青い空。あの空を、さっきまで飛んでいた。

「……まあ、次も付き合ってあげるわ」小さく笑う。

それが、俺達のグレートなキャンプ。

138回目は、叱られて終了。

でも、最高に楽しかった。

それで、いいじゃないか。

—完—

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