小人のルンペルシュティルツヘェン

明石六

第1話

 むかしむかしあるところに、粉屋の親方が住んでいました。

 この親方は男やもめでとても貧乏でしたが、一人娘が大変に美しかったので、それをいつも自慢にしていました。

 毎晩酒場で飲んだくれながら、娘の自慢話をするのです。町の人たちはみんな辟易して聞き流すのですが、その日はたまたま旅人が来ていて、親方の話を熱心に聞いていました。

「うちの娘ときたら、町一番、いや、国で一番のべっぴんなんだ! 王様だって、うちの娘を見れば結婚したがるだろうさ!」

 調子に乗った親方は、ついついそんな不敬なこと言いました。

「へえ、そんなに綺麗なら見てみたいもんだな。しかし、美人なだけじゃお妃様にはなれないさ」

 静かに聞いていた旅人が、ニヤリと笑って言いました。そうして、深く帽子を被り直すと、酒場から出ようと立ち上がりました。

 馬鹿にされたと思った親方は、慌てて旅人のマントをつかんで、

「うちの娘はな、美人なだけじゃないんだぞ! ワラを紡いで金の糸にすることができるんだ! こんなにお妃にふさわしい女は、うちの娘の他にいないね!」

と、思わず嘘をついてしまったのです。

 さあ、大変なことになりました。なにしろ、このノッポの旅人こそが、この国の王様だったのですから。

 旅人は黒いマントを脱ぐと、王様のレガリアとして、金の錫杖とダイヤモンドの腕輪を見せました。

「それほど言うなら明日の朝、お前の娘を迎えに行こう。そして、城中の藁を金の糸に換えることができたなら、妃にしてやろうではないか。ただし、嘘だった時には、罰として娘の首を斬ってしまうからな」

 王様は笑いながらそう言うと、お城へ帰っていきました。

 ああ、なんて可哀想な娘さん。お父さんが見栄っ張りだったばっかりに、殺されてしまうことになったのです。


 約束どおり次の朝、粉屋の娘はお城に連れて行かれました。そうして、藁がいっぱいに積まれた部屋に閉じ込められました。

 三日三晩のうちに藁を全て金の糸に変えなければ、娘さんは殺されてしまうのです。

 途方にくれているうちに夜になり、とうとう娘さんは泣き出しました。

 すると、藁の山がグラグラと揺れて、中からおかしな小人が飛び出してきたではありませんか。

「ふあーあ。ワラん中で昼寝をしてたら、こんな所に来ちまった。やあやあ綺麗なお嬢さん。どうしてそんなに泣いているんだい?」

 その小人のへんてこな姿と言ったら!

 痩せた体にひどい猫背で、娘さんよりも少し低い、子供のような背の高さでした。そうして肩をゆすりながら、細長い腕を引きずるように歩いてくるのです。

 髪の毛は老人よりももっと白く、雪のような銀髪でした。尖った耳と尖った鼻をヒクヒクさせて、猫みたいに大きくて黄色い目を細めては、ニヤニヤ笑と笑っています。

 泣き疲れていた娘さんは、小人の様子をぼうっと眺めていました。

「おや、アンタはオイラが怖くないんだね。こりゃ面白いお嬢さんじゃないか」

 小人は嬉しそうに、大きな口からギザギザの歯を見せて笑いました。

 もちろん娘さんには、叫び出したいほどの怖い気持ちもありました。でも、どうせ朝には殺されてしまうというヤケッパチな気持ちと、誰でもいいから話し相手になってほしい心細さが強かったのです。

 娘さんは小人に今までのことを全て話しました。

 すると小人は、

「なーんだそんなこと、オイラにかかれば簡単さ。アンタが何か大切なものをくれるなら、代わりに金を紡いでやるさ」

と言いました。

 娘さんはビックリして目を丸くしました。

「本当なの、小人さん? わたし、いきなりお城に連れてこられたから、高価なものは何も持っていないのよ。でも、このブレスレットはとても大切にしていたの」

 そう言って、娘さんは左手に巻いていた細い銀の鎖を外して、小人の右手に巻いてやりました。

 すると小人は顔を真っ赤にして喜んで、ピョーンと跳ねて糸車の前に座りました。

「あいわかった! お安いごよう!」

 そう叫んで糸車を踏むと、あら不思議。

 あっという間に藁が糸巻きに吸い込まれ、金の糸に紡がれたではありませんか。

 気がつくと、部屋には藁ではなく、金の糸の山ができていました。

 娘さんは小人に抱きついて喜びました。これで殺されることはありません。小人は得意げにニタニタ笑っていましたが、窓の外で一番鶏が鳴くのを聞くと「大変だ! オイラ朝日を浴びるとダメなんだよ!」と言って、ブルブル震えて壁の隙間に消えてしまいました。

 安心した娘さんは、金の糸を枕にしてぐっすりと眠ってしまいました。


 朝になり、様子を見にきた王様は、たいそう驚きました。部屋に積んであった大量の藁が、本当に金に替わっているではありませんか。

 スヤスヤ眠っている娘さんは、確かに可愛らしい顔をしていましたが、どこからどう見ても平凡な田舎娘です。

 大量の藁を紡いだはずなのに、指だって傷んでおらず、柔らかそうなままでした。

 涙の跡がついた白い頬を、朝日だけがキラキラと照らしています。

 王様はどうしたものか悩んで、この娘の不思議を暴いてやることにしました。


 娘さんはお昼前に起こされて、少しばかりパンとスープを食べさせてもらった後、昨日よりももっと広い部屋に連れて行かれました。

 そこは高い塔の一番上の大広間で、天井までギッシリと藁で埋め尽くされています。

「王様、約束が違います」

 娘さんは悲痛な声で訴えました。

 しかし王様は首を振りました。

「なにも違うことはない。私は、三日三晩のうちに、城の全ての藁を金に替えろと言ったのだ。まだ約束の刻限ではない」

 そう言ってまた、外から鍵をかけてしまいました。

「朝になるたびに、国中から藁を集めるのでしょう?」

 娘さんは扉にすがって訊きました。

「私は嘘つきではない。藁はこの塔の中にあるもので終わりだ。二日後の朝までに、全て金にすれば殺しはしない」

 娘さんは藁に伏して泣きました。

 傲慢な王様を恨んで、見栄っ張りなお父さんを恨んで、自分を残して死んでしまったお母さんさえも恨んで泣きました。でも、日が暮れる頃、例の小人がまた現れたのです。

 娘さんは喜んで小人に駆け寄り、そのシワクチャで奇妙な両手をギュッと握りました。

「小人さん、どうか助けてください」

 泣き腫らした娘さんの顔と、広間いっぱいの藁を見上げて、小人は昨日と同じことを言いました。

「アンタが何か大切なものをくれるなら、代わりに金を紡いでやるさ」

 娘さんは髪を結んでいたリボンを解きました。金色の柔らかい髪が、肩にかかって波打ちます。

「これはシルクのリボンなの。古くて、色も褪せてしまっているけど、お母さんの形見なのよ。こんなものでもいいかしら?」

 不安そうに言う娘さんに、小人は恭しく頭を下げて礼を取りました。どうやら、首にかけろと言っているようです。

 娘さんは、小人の細長い首にリボンを結んで、可愛らしく蝶ネクタイにしてあげました。

 小人は身震いしながら喜んで、「お安いごよう!」と叫ぶと糸車の前に座りました。

 曲がった足が深くペダルを踏むと、藁が勝手に吸い込まれて、あっという間に金に紡がれていきます。

 小人の魔法の指先を見ているうちに、全ての藁がなくなって、いつの間にやら部屋中が金で埋め尽くされていました。

 小人は少しぐったりとしていました。心配する娘さんをよそに、また夜明け前に部屋の隅へ消えてしまいました。


 次の日、娘さんは王様がやってくるのを待ち構えて言いました。

「さあ、全ての藁を金にしました。どうか家に帰してください」

 王様は答えずに、広間をぐるっと見渡して、金糸の束を摘んで本物かどうか確かめたりしました。昨日ほどは驚いていない様子です。

 そうして部屋の真ん中へくると、床の小さな穴に鍵を挿して捻りました。なんということでしょう。床には丸い扉があって、それを持ち上げると、下の階へ続いていたのです。螺旋階段で降りた先には、床が見えないほど大量の藁が積んでありました。

「うそつき!」

 娘さんは相手が王様だというのも忘れて怒鳴りました。

「私は嘘つきではない。藁はこの塔の中にあるもので終わりだと言ったはずだ。今度こそ、お前の目で見えている分で全てだ」

 平然と答える王様は、娘さんの耳の後ろに手を差し伸べて、なだめるように金色の髪を梳きました。しかし、こんな言葉が信じられるはずありません。娘さんは王様につかみかかりました。

「この、うそつき! ごうつく! よくばりな悪魔め!」

 部屋中の金よりもなお明るい金髪が、逆立つほどに娘さんは怒っていました。でも、今は髪を束ねるリボンがありません。

 当然、細くて小さな娘さんが殴ろうとしたって、背の高い王様にはそよ風のようなものです。王様は暴れる娘さんを抱え上げながら大きな声で笑いました。

「嘘つきはどっちかね。藁を金に替えられるお嬢さん?」

「私はうそつきなんかじゃないわ! ただ父親に、捨てられただけよ!」

 即座に言い返した言葉に、王様は目を丸くした後、いっそう高らかに笑いました。

「ではもう一度約束しよう。藁はここで見えているもので全てだ。これを全て金に替えたなら、お前を妻として生涯大事に扱おう。そして、二度とお前に藁を金に替えろと命令することもない。妃になったなら、私の城も財宝も兵隊も、全てお前のものにしよう」

 楽しげにそう言って、王様は娘さんを糸車に座らせると、鍵をかけて出ていってしまいました。

 娘さんはもう泣いたりしませんでした。

 日暮れになると、やはり小人が現れて、ピョンピョン跳びながらこう言いました。

「アンタが何か大切なものをくれるなら、代わりに金を紡いでやるさ」

 娘さんは哀しげに答えます。

「ありがとう小人さん。でも、あげられるものがなんにもないの」

 今まで小人が受け取ったのは、銀の鎖に、古いリボンです。おそらく小人の言う「大切なもの」は、娘さんにとって価値のあるものという意味なのでしょう。

 少し前までなら「お父さん」と言えたかも知れませんが、今では父親も、自分の命だって大切に思えません。持っているのは、粗末なワンピースを着た、痩せっぽちの身体だけです。

 うなだれる娘さんを見て、小人は耳をヒクヒクさせながらしばらく考えていましたが、

「よしわかった。今日は後払いで金を紡いでやろう。そのかわり、後からオイラが欲しいと言ったものは、絶対よこすんだぞ」

と、娘さんの鼻面を指差して言いました。その目はこころなしか、ギラギラと胡乱に光っているように見えました。

 欲しいものって何かしら?

 手足や目玉や、心臓かしら?

 娘さんは逡巡しましたが、王様に殺されるか、小人に殺されるかの違いです。ついには小人に「もう一度だけ力を貸してくれたなら、欲しいものは何でもあげる」と約束しました。

 小人は顔がなくなるくらいにニタニタ笑って、糸車に座ると金を紡ぎ始めました。ご機嫌に鼻歌まで歌っています。

 しかし、藁の量があまりに多かったために、夜通し紡いでも藁の終わりが見えません。一番鶏が鳴いて、二番鶏が鳴いて、三番鶏が鳴く頃に、ようやく最後の藁を紡ぎ終わりました。

 小人はひどく、ぐったりとして、身体が小さくなったように見えるほどでした。塔の天窓から朝日が差し込んできます。光に当たらないよう娘さんが小人を抱きしめると、心底嬉しそうに「約束だ」と呟いて、小人は石畳の隙間に消えてしまいました。


 塔いっぱいの金を見た王様は、そのまま娘さんを連れて行き、盛大に結婚式を挙げました。

 王様は約束を守りました。お妃様になった娘さんは、毎日ごちそうを食べて、豪華なドレスや宝石を与えられました。でも、一番嬉しかったのは、王様がお妃様の言うことを尊重してくれることでした。

 若いお妃様が「貧しいこどもたちがお腹をすかせていてかわいそうだ」と言うと、王様はすぐにパンを配って、寒さをしのげる孤児院を作ってくれました。その他にも、卑しい生まれのお妃様の言うことをよく聴いて政治をしたので、国中は豊かになり、国民から愛される王と妃になりました。

 王様は、お妃様が嫌がることは何ひとつしませんでした。そんな王様を、お妃様もいつしか愛するようになり、三年が過ぎる頃には、可愛いお姫様が産まれました。

 お姫様はお妃様に似てとても愛らしく、王様と同じ黒い髪と黒い瞳をしていました。お妃様はこの子を、何よりも大切だと思いました。

 すると、すっかり忘れていたあの小人が、またお妃様の前に現れたのです。

「やあやあお嬢さん。久しぶりだねえ」

 三年前と変わることなく、猫のような大きな黄色い瞳に、ニタニタ笑いを浮かべています。お妃様は、冷たいものが背中をすぅーっと撫でるのを感じました。

「オイラが欲しいと言ったものは、必ずくれると約束したね。オイラが欲しいのは、その赤ん坊だよ」

 お妃様はびっくりして、泣き崩れました。確かにこの子は、お妃様の一番大切なものです。可愛い娘が腕の中から消えてしまうなんて、命を取られるよりもつらいことでした。

「お願いです。金も全てお返しします。どんな財宝も、土地も、兵隊だって差し上げます。どうかこの子だけは許してください」

 お妃様がどんなにお願いしても、小人は首を縦にふりません。

「嫌だね。オイラは、アンタの子供が欲しいんだい!」

 ああ、こんな不気味な小人に渡したら、お姫様はどんな悲惨な目にあうのでしょう。せっかく姫に生まれて、食べることや着るものに困らず生きていけるのに。お妃様はこれ以上ないほど嘆き悲しみ、お姫様を離すことができません。

「私は、お父さんの嘘のために見捨てられて、王様に殺されるはずでした。私は、そんな事は絶対にしない、我が子を大切にすると神様に誓いました。でも、自分の命を助けるためにした約束のせいで、この子を捨てることになるのですね」

 そのあまりの嘆きように、月は雲に隠れ、部屋のバラもしおれてしまうほどでした。とうとう可哀想になった小人は、うなだれながらこう言いました。

「もしも、三日後の朝までに、オイラの名前を当てることができたなら、約束をチャラにしてやるよ。でも、もしも当てることができなかったなら、今度こそ赤ん坊をもらい受けるぞ!」

 そうして、また天井の隙間に消えてしまいました。


 お妃様は家来たちに命じて、国中の名前を集めさせました。国民たちは驚きましたが、今まで優しくしてくれたお妃様のために、皆が協力しました。

 そうして一日目、お妃様は日暮れと共にやってきた小人に、集めた名前を全て呼びかけました。

「あなたの名前はハンスかしら? それともアドルフ? ディートリヒ?」

 しかし、一晩中名前を言っても、小人はニヤニヤしながら首をふるだけです。

 二日目には、家来たちに命じてもっと遠くの土地や外国まで名前を集めに行かせました。

「あなたの名前は、レオナルドかしら? バーソロミュー? エミール? アロイス?」

 それでも小人は首を振ります。

 集めた名前もなくなって、お妃様はヤケッパチになっていい加減な名前も言いました。

「もしかして変な名前なの? ニャン太郎? ぴよぴよ小鳥太郎? かまどの灰さん? 雪の子太郎?」

 声も枯れて、必死で言い募るお妃様を、小人

うっとりと眺めて「ダメダメ。オイラの名前はそんなんじゃないさ。明日の夜が明けたなら、赤ん坊はもらって行くからね」と、笑いながら行ってしました。

 お妃様は眠ることもできず、ただただお姫様を抱きしめていました。この可愛い、小さな赤ちゃんと、明日にはお別れしないといけないなんて……。

 絶望に包まれた時、一番遠くまで行っていた家来がようやく戻ってきました。そしてこんなことを言うのです。

「山を三つ越えた向こうに、ひときわ高い山があって、そこでヘンテコな小人が歌を歌っていたのです。その小人ときたら、おじいさんみたいな白髪でして、首にボロボロの汚いリボンを巻いてるんでございます。歌はこんな調子で……、今日は薪割り、昨日はパン焼き、明日の朝にはこの国の、お姫様はオイラのものだ♪ 誰も知らないオイラの名前、ガタガタ竹馬ルンペルシュティルツヘェンだってね♪ ……なんて歌っておるんです」

 お妃様はそれを聞いて、飛びあがるほど喜びました。

 歌を覚えてきた家来に褒美をあげようとしましたが、家来は「本物の小人を見てみたい」と言うので、褒美の代わりにそばに仕えさせることにしました。

 そうして三日目の晩、お妃様は余裕たっぷりに小人と会話をしました。どうにか、金銀財宝や他のもので勘弁してくれないかとお願いもしましたが、小人は絶対に譲りませんでした。

「さあもういいかい、お嬢さん。赤ん坊はもらって行くぜ」

 痺れを切らした小人がピョンと跳んでお姫様のベッドに近づいたので、お妃様は思わず、

「やめて! ルンペルシュティルツヘェン!」

と大きな声で叫びました。

 すると、小人は雷に撃たれたようにピタっと止まって、お妃様の方をぐるりと振り返り、

「どうしてその名前を知っている!」

と、雷のように怒鳴りました。その顔はリンゴよりも赤くなって、風船のようにムクムクと膨らんでいきます。お妃様は恐怖のあまりガタガタと震えました。

 小人は天井につくほど大きく膨れ上がり、怒りの形相で地団駄を踏みました。金色の瞳からはボロボロと熱湯の涙を流し、醜怪な手をお妃様に差し伸べます。

「オイラはアンタが欲しかった! アンタが自分の命を大切にしてくれたなら、アンタをさらって嫁にしたかったのさ! でもアンタは、自分を大切にするより早く王様と結婚しちまった! だから、アンタの娘をもらって、アンタの子供の親になりたかったのさ! でも、もう、これで全部終わりだ!」

 ボコボコと沸騰する指先で、最後にお妃様に触れようとする小人の腕を、部屋の隅に控えていた家来が躍り出てサッと切り落としました。

 帽子が落ちて、黒い髪の毛がこぼれます。なんと、家来だと思っていたのは王様だったのです。

「悪魔の野郎が! 悪魔の野郎が吹き込みやがったな!!」

 小人は泣きながらそう叫び、右足を高く掲げると、残った腕で足首を掴み自分の体を真っ二つに引き裂いてしまいました。

 呆然とするお妃様に、剣をしまいながら王様は語りかけます。

「妖精やら小人やら、こういった手合いはな、正体を当てられると死んでしまうのさ。でも約束を果たさなくても死んでしまう。自分が死ぬかも知れないリスクを負っても、お前に嫌われたくなかったんだろう」

 帽子とマントを脱いだ王様は、どこからどうみて見ても王様です。どうして家来だと思っていたのでしょう。

「私は嘘つきではないが、ごうつくで欲張りな悪魔らしいからな。小人なんぞに、大事な妻と娘を奪われるのは我慢ならん」

 王様は美しい顔に壮絶な笑みを貼り付けて、小人の亡骸を踏みつけながら、

「愛しい妻よ、私が怖いか」

と訊きました。

 お妃様は、あまりのことに震えながらも、小さな、小さな声で答えます。

「いいえ。わたしは、悪魔も小人も、怖くありません」

 お妃様は自分に差し出された腕を拾い上げました。切り落とされた右手には、あの日あげた、粗末な銀の鎖が巻いてありました。小人の死骸はみるみるうちに崩れて、不思議な砂に変わっていきます。

 夜が明けて、カーテンの隙間から、清浄な朝日が差し込んできました。

 光が当たると、手の中の砂は、火にかけられた淡雪のように溶けていきます。

 娘さんは何も言わず、ただ消えて行くその砂を、ギュッと胸に抱きしめました。

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