過去を贄に、今を願う
七條太緒
乙女の胸のうち
ああ、
生まれてはじめて、この唇が
偽りを象った
一生に一度の、そのひと時
けして悔いはしないでしょう
この世でたったひとり
私のほんとうを知っている
ただ
ひとりの、ひと
「よかった、また逢えて」
歓びは、分かち合った途端にこぼれおちて
心の底を、砂の海が満たしていく
きっと、あなたは知らない。
あなたという人が、私にとってどれほどの光だったかを
“また、めぐり逢う時に”
ありがとう
ごめんなさい
伝えなければならない言葉は、抱えきれないほどあったのに
……逃げてしまった
もう、今の私は、あの頃のようにあなたを眩く照らしはしないから
あれは、幻。
この世界から、夢のように消えてしまった
消えなければならない……運命だった
それなのに
“おれは、忘れない”
あの、あたたかさが今もこころを灯すから
みっともなく、しがみついてしまう
あなたの光が、私の醜さを照らし出して
はじめて向かいあう暗がりに、慄いてしまう
揺らぐことない、あなたの心が
想いが
その真摯さがこんなのにも嬉しいのに
応えることは――許されない。
ああ
あなたの忘却が、私を赦しながら心を炙る
あなたを護れるのならば
輝かしい過去も歓喜のうちに運命の炉にくべましょう
でも
偽りの名を口にした瞬間
心に、靄のようなものがかかって
過去の私と、現在の私
ふたりをつなぐ糸に、そっと触れた刃
その冷たさ、鋭さに
みっともなくも、脆弱な心はふるえてしまう
きづかないで
……きづいて
今はただ
甘美で残酷な贖いに、この身を捧ぐ
過去を贄に、今を願う 七條太緒 @kotohogi-7
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