第3話 

 「洞弥とうや、そろそろ出るぞ?」


 通勤用のリュックを背負いながらなぎが言った。

 

 「僕ももう少しで準備出来るから」


 洞弥はカバンに水筒や職場で使う資料なんかを入れている。

 カバンを肩にかけると、玄関先で待っていた凪の元へ歩いていく。


 「凪、忘れ物ない?」


 「ああ、大丈夫」


 「じゃあ、出ようか」


 それぞれ靴を履いて玄関を出る。

 凪が空を見上げるとよく晴れた秋空が見えた。

 ドアにロックがかかる音を聞きながら渡り廊下を歩き出した。


 「凪、今日忘れずに有休取ってきてね?」


 「分かってるって。今日も昨日と同じくらいの時間で帰って来るから」


 「僕も昨日と変わらないよ。凪が帰って来る頃には家にいるから」


 階段を下りて一階に向かう。

 一階に降りると、これから出勤の社会人や登校中の学生の姿が目に入った。


 今は秋らしく涼しいが、昼頃になると気温も上昇してずいぶんと暖かくなる。

 もう十月も終わるというのに寒暖差は相変わらず大きいままだ。

 

 二人とも徒歩で職場に向かう。隣を歩いている凪に洞が尋ねた。


「今日の晩ご飯、シチューにしようかなって思ってるんだけど、どう?」


 「シチューかぁ」


 少しの間、考える。特に食べたいメニューも思い浮かばなかったので、


 「いいんじゃね。肉多めに入れてくれよ?」


 「分かったよ」


 笑いながら洞弥が答えると、続けて、 

 

 「じゃあ僕はここで。仕事頑張って」


 「おう、洞弥もな」


 横断歩道をまっすぐ渡った後に少し進んだ先に信号見えてくる。

 そこが二人が別れる場所だ。

 それぞれ勤め先に向かって歩き出した。


 ※※※


 「よし、これでいいな」


 昼食を終えた凪は事務室に置かれている端末を使って有休の申請をした。

 念のために確認するとちゃんと申請済みになっている。

 凪の他にもう一人女性が同じように端末で有休の申請をしていたが、知らない人だ。別の作業場で働いている人かもしれない。

 

 壁に掛けられている時間を確認すると午後の仕事が始まるまで十分ほど時間がある。

 この時間ならもう長嶋が作業室にいるはずだ。彼に有休を申請したことを報告しないといけない。

 凪は事務室を出るとまっすぐ作業室に向かった。


 ※※※


 「ただいま、洞弥」


 凪がアパートの部屋のドアを開けると、いつも明るいはずの部屋は暗かった。

 靴を脱いで廊下を進んでいく。リビングのドアを開けるとカーテンが開いたままになっている。辺りを見回してみたがリビングの様子は朝と全く変わらない。


 「珍しいな、この時間にいないの……」


 洞弥の方が終業時間が早いため買い物をして帰って来たとしても彼の方が家に着くのも早い。

 職場の同僚と飲みに行く用事が入ったり残業で遅くなることはあるが、その場合は必ず凪のスマホに連絡が入る。

 

 凪は自分のスマホ画面に視線を落とす。洞弥からのメッセージは入っていない。


 「急な仕事でも入ったのか?」


 画面を見つめたまま呟いても、答えはもちろん返ってこない。

 もう少ししたら帰って来るだろう。

 壁に掛けられたカレンダーを見ても今日日付空白にはメモ書きはない。


 凪はテーブルにスマホを置くとカーテンを閉めて電気を付けた。

 もう少ししたら帰ってくるだろう。

 先に入浴を済ませてしまおうと湯沸かし機能のボタンを押して、お湯を沸かした。


 入浴を済ませてリビングに戻るとコップに水を注いで飲み干した。

 コップをテーブルに置くと、今度はスマホを手に取る。

 やはり洞弥からは何の連絡も入っていない。

 凪は無意識に眉間を寄せていた。

 時刻は午後七時を少し過ぎている。

 用事がないのにこんなに帰りが遅いことにただただ不安が大きくなる。


 一度洞弥のスマホに電話をかけてみたが、繋がらない。

 メッセージを送れば後で見てくれるかもしれないと一通送信したその時、盛大に腹が鳴った。

 さすがにこの時間帯にもなるとお腹も空いてくる。


 「仕方ねぇ……」


 冷蔵庫に向かうと冷凍庫からご飯とおかずがセットになった冷凍食品を取り出す。もとからストックしてあるもので、洞弥が以前買って来たものだ。

 凪が取り出しのは白米と香味野菜のソースがかかったハンバーグのセット。

 

 袋を開けて中身を取り出したそれを電子レンジに入れる。

 温めている間、再度スマホを確認したがメッセージには既読がつかないままだった。

 

 時刻は午後九時を少し過ぎている。

 夕飯を終えた凪はその後も洞弥の帰りを待っていたのだが、相変わらず電話には出ない、メッセージにも既読が付かない状態が続いていた。    

 アパートを出ると辺りはすっかり暗くなり風もだいぶ冷たくなっていた。家々には明かりが灯り、道を歩く人数もまばらで時々ライトを付けた自動車が通りすぎて行くだけ。

 

 凪はアパートの近くにあるコンビニやカフェの中を覗いたり、スーパーに入ったりしてみたが洞弥の姿は見当たらない。

 他にも本屋など洞弥が行きそうな場所も近くにある公園も回ってみたが、ダメだった。

 洞弥の勤め先にも行ってみたが鍵が閉まっていて中に入ることが出来なかった。

 だめもとで電話をかけてみたがやはり繋がらない。

 

 「くそっ、何回かけても繋がんねぇ」


 こうなってくると気持ちばかりが焦る。


 凪は繁華街の近くに来ていた。

 時刻はすでに午後の十一時近くになっている。

 辺りには酔っ払いの姿も散見されるようになってきた。このままここにいても仕方ない。


 もしかしたら、もう帰宅しているのではないか。そんな淡い期待まで抱くようになっていた。

 凪はその場を引き返してアパートに戻った。

 けれど、洞弥の姿はどこにもなかった。







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