第2話 

 作業場には個人や団体から送られて来た荷物が入ったボックスが何段にも積み上げれている。

 不審物が混入していないか専門の機械に通して中身をスキャンし、異常が見られた場合は担当の部署に報告する作業が主な業務となっている。


 作業員はみなそれぞれの配置に着いて黙々と大小さまざまな荷物を専用の機械に通して異常がないか画面で確認していた。

 なぎも同じように黙々と作業に取りかかっている。


 同じことをひたすら繰り返す作業になるので飽きっぽい性分の者には合わないかもしれない。


 ちなみに異常が見られない荷物はそのまま出荷用のボックスの中に入れていく。

 

 作業にあたっていると室内に音楽が流れた。昼休みの合図だ。

 

 「栗栖くりすくん、昼休憩だよ」


 向かいで作業にあたっていた従業員の長嶋ながしまが声を掛ける。

 凪よりも三つ年上の穏やかな性格の青年だ。

 

 「もうそんな時間?」


 凪が驚いて顔を上げる。

 確かに昼休憩を知らせる音楽が鳴っている。

 すると向かいの長嶋が笑みを見せて続けた。


 「うん、早く行こう。食堂混むよ?」


 「あっ、はい」


 凪は慌てて付けていた手袋を外した。


 ※※※


 食堂はそれなりに混んでいた。

 凪と長嶋は食堂の入り口に設置されている電子パネルで今日の日替わりランチをチェックする。

 ランチは二種類あり、一つは鮭のムニエルのセット、もう一つはジンジャーポークのセットだ。どちらもサラダとスープと小鉢が付いている。


 凪は迷うことなくジンジャーポークに決めた。昨日の夕食がおでんとサンマだったのでどうしても肉が食べたかったのだ。

 長嶋は鮭のムニエルのセットにするらしい。

 

 二人は空いている席に座るとテーブルに置かれている端末を使ってそれぞれメニューを注文した。端末のすぐ隣に自動精算機が設置されているため、それで会計を済ませる。


 やがて、注文したメニューが運ばれてきた。

 それぞれ注文したメニューを手に取る。

 凪がジンジャーポークを食べていると、長嶋が言った。


 「栗栖くん、今月有休取った?」


 「そういえば、取ってないっすね」


 凪は最近自分の消化した有休の数をざっと思い出す。

 先月は二回消化したが、今月は一度も消化していない。


 「そろそろ十月も終わっちゃうし、使った方がいいよ? 使わないともったいないし」


 長嶋はそう言うと、スープが入ったカップに口を付ける。

 凪も小鉢に入った根菜の和え物を食べながら、「そうっすね」と頷く。


 この職場では一ヶ月ごとに二日または三日の有休を消化するように勧めている。もちろん強制ではないが、有休が取りやすい環境ということもあり、月が変わる前から届け出を出す者も少なくない。


 「休み取って紅葉見に行ったり、温泉巡りとかもいいよ。俺、この前どっちも行ってきたんだけど、ちょうど紅葉が見頃で最高だったよ」

 

 「長嶋さん、その前も温泉行って来たって言ってませんでした?」


 確か先月も温泉に行って来た話をしていた。

 その話を長嶋にすると彼は嬉しそうに話し出す。


 「うん、毎月行くんだよ。徒歩圏内のところも行くし、遠いところはレンタカー借りて行ったり」


 「毎月っすか……」


 よくそんなに行くな、と内心思いながらも口には出さなかった。

 長嶋は更に話を続ける。


 「そうそう。D温泉で売ってる温泉卵、おいしいからもし行ったら食べてみて」


 「分かりました」


 凪はそれだけ答えると残り一口になったジンジャーポークを口に入れた。


 ※※※


 「へぇ、紅葉を見ながらの温泉もいいね」


 帰宅した凪が長嶋とのやり取りを洞弥とうやに話してみると、そんな答えが返ってきた。続けて、

 

 「その温泉なら僕も知ってるよ」


 「行ったことあるのか?」


 「まだないよ。一度行ってみたいけど、少し遠いから先延ばしになってる。凪、興味あるのかい?」


 「いや、特にねぇよ。熱くて入ってらんねぇし」


 洞弥と暮らし始めた頃に一度アパートの近くにある温泉施設を利用したのだが、温度が高く数分も入っていられなかった。

 貧困街に温泉施設というものがなかったため凪にとって初めての体験だったのだが、その経験から温泉=熱すぎるというイメージが定着してしまっている。


 「確かにあの温泉の温度は高いけど、D温泉はぬるま湯もあるから大丈夫だよ」


 洞弥が笑いながらそう話す。反対に凪はまだ怪訝な表情のままだ。

 その顔には「本当かよ?」と書かれている。


 「そういえば凪、今月有休取ってないんじゃない?」


 「長嶋さんにも同じこと言われた」


 「それならさ、明日出勤したら有休取りなよ? 凪の誕生日にさ」


 「え? 誕生日にか?」


 凪が素っ頓狂な声を上げる。

 洞弥は笑みを浮かべたまま頷いた。

 

 「うん。凪には言ってなかったけど、僕もう休み取ってあるんだ。午前は打ち合わせがあるから、午後からになるけど。家でゆっくり過ごしてもいいし、どこか出掛けたいところがあるなら一緒にと思ってるよ」

 

 「……考えとく」


 嬉しさとこそばゆさが混じり、ついつい顔を反らしてしまう。

 凪は顔を反らしまま、「明日出勤したら有休の届け出を出そう」と思うのだった。





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