かつ丼

こちらは谷山警部補(タニさん)のラフ画です。

https://kakuyomu.jp/users/kurosirokaede/news/822139838292757825



◇◇◇◇◇◇



「いやあ~ 西村警部から“とんかつ講義”をやられちまったよ」


 取調室から出て来た石原刑事ムリさんがぼやく。


「『いいか、ムリ! “ちゃんとしたとんかつ”ってぇのはその店の“作品”だ!! そして店主は常日頃から試行錯誤を繰り返している。だから“新作”は率先して食するべきだし、例え変だと感じても最初はその店の流儀に従うもんだ!! まあ淀橋署管内なら“とんかつ三雪みゆき”がピカ一だな』だってよ! チノパン! お前、どう思う?」


「どうって……本店の西村警部はグルメなんすか?」


久留米くるめ? 西村警部は甲府の出だよ」


 この“昭和の世界”に転生する前の柴門刑事チノパンは令和の世界で……同じ西新宿の地にある高層ビルに通勤していたOLの由美だった。そう言ったわけで時々“時代にそぐわない”言葉が出てしまう。

 で、今も心の中で『テヘペロ』をしながらチノパンは取調室に入る。


 柴門を一瞥した西村警部は、もう定年間近にも関わらずどこかギラギラとした殺気を感じさせる“いかにも叩き上げ”といった刑事だ。


 泣く子も黙るそのベテラン刑事がなぜ調を受けているかと言うと、彼の一人娘を殺害した強盗殺人の容疑者だった“江藤三郎“が昨日、何者かに射殺されたからだ。


 “本店”のマル暴所属のベテラン刑事”の取り調べにはさすがの“強捜係の面々”も手を焼いていた。


 実際、西村警部はチノパンを一瞥しただけで、いくつか吸い殻の残っている灰皿を眺め、ただ要求する。

「おい! タバコくれ!」


 チノパンはブスッとしながらタバコの箱を取り出し、西村警部の目の前でサッと1本振り出す。


「お前みたいな恰好ばかりはいらねえな」


「どういう事です?!」


「いかにも“支店”のボンクラが好きそうなフィルター付き……タバコと言えば両切りだろ! “渡”か“タニ”は居ねえのか?!」


『コイツ!! 渡警部ボス谷山警部補タニさんを呼び捨てにしやがって!!』

 と心の中で悪態をつきながらチノパンは西村警部を見据える。


「そんなに“支店”の刑事が気に食わないですか?」


「ああ!“江藤三郎“を挙げられなかったからな! オレが乗り出していればあんな事にはならなかっただろうよ」


「だから、別のヤマで挙げられ服役していた江藤の出所を待ち構えて殺したんですか?!」


「それが唐変木ってんだ! 江藤は数年前に十川とがわ組から出回っていた粗悪な改造拳銃で射殺されたんだろ?!」


「あなたならそんな事はしないとおっしゃるのですか?」


「それ以前の話だ!!」


 こんな押し問答を繰り返しているとドアが開き、谷山警部補タニさんが入って来て紺色のタバコの缶缶ピースを机の上に置いた。


「チノパン! お前は鳥刑事プリンスと合流してくれ」



 ◇◇◇◇◇◇


 江藤が殺害された現場近くを柴門刑事チノパン鳥刑事プリンス篠崎巡査部長チョーさんの三人が隈なく捜索している。


 ―と、プリンスが何か見つけた様だ。


「チョーさん! 見てください!」

 プリンスが手渡したのはバッジの留め具で……ちょっと変わった形をしている。


「これは……の?」


「ええ、おそらく。バッジ本体も見つかれば確実ですが……とにかく鑑識に回します。うまくいけば逮捕状の請求も……」


「……そうなれば西村警部を勾留できるが……プリンス! とにかく急ぎで鑑識へ回してくれ!」

「ハイ!」と言葉を残しプリンスは人波の中へ消えて行き、チノパンは早速、近くにあった赤電話公衆電話から署へ電話を掛ける。


「ボス! 証拠が上がりました!! “マル暴”のピンバッジの留め具です! これは西村警部が現場に居た事の証明になります!!」


 しかし、渡警部ボスは冷静沈着にチノパンを諭す。


「チノパン! まだ何を証明された訳じゃない!! 今一度全神経を現場に集中しろ、目だけじゃない! 聞こえて来る会話や音にまでもだ!」


「分かりました!」


 受話器を置くと、ふんわりと揚げ物の匂いがする。

 振り返ると『とんかつ三雪みゆき』との看板が目に留まる。

 ちょうど男が二人出て来た。


「ゴマダレかつ丼! たった一日の命だったな!」


「いくら老舗でもあの冒険は行き過ぎだ……」


 その会話にチノパンは、石原刑事ムリさんの会話を思い出していた。



 ◇◇◇◇◇◇


 取調室、谷山警部補タニさんと西村警部が対峙している。


「まあ、“娘の月命日に殺された”と有っては益々疑われるのは無理ねえがな!」


「もし、あなたがおやりになるとすれば、月命日にそんな事はしないと? ……しかしその日、休暇を取ってらっしゃいますよね?」


「ウチの墓は甲府の山の中だ、休暇を取らなきゃ墓参には行けねえよ」


「当日のあなたのアリバイは証明できますか?」


「無理だな! 墓参の後、実家に修繕も兼ねて一泊したが誰にも会わなかったしな。いや、待てよ……」


 そう言いながら西村警部は懐から手帳を取り出した。


「新宿駅で偶然、トメと言うタレコミ屋に会ってな! ある男の電話番号を聞いたんだ。 手帳はちょうどカバンの中でな、取りあえず切符の裏に書き留めた。これがその番号だ! 運が良ければ甲府駅にこの電話番号が書かれた切符が残っているかもしれねえな」


「その番号、メモを取らせてもらっていいですか?」


「構わんよ! せいぜい“支店”の底力って奴を発揮してくれ!」



◇◇◇◇◇◇


「とにかく私は甲府駅に向かいます。鳥刑事プリンスは鑑識に回りました。柴門刑事チンパンは引き続き現場です」


篠崎刑事チョーさんの電話の相手はもちろん渡警部ボスだ。


「よしんば切符が見つかって、駅員に面通ししてそれが西村警部に間違いなかったとしても、それは、その時間に西村警部が甲府駅に居た言う証明にしかならない」とボス。


「甲府駅から特急を使ってとんぼ返りで新宿駅に戻って犯行を行う事は十分可能です。しかしそれを証明するには証拠不十分です」とチョーさん。


「そこだ! 西村警部はご自分の娘が殺された意趣返しを我々“支店”に対して行っているんじゃないかな」


「意趣返し……ですか?」


「なあ、チョーさん! 西が“普通に”犯行に及ぶとしたら……こんな足が付く様な事をすると思うか?」


「確かに……そうですね」



◇◇◇◇◇◇


刑事部屋に戻って来た面々は沈痛な面持ちで鳥刑事プリンスの報告を聞いていた。


「これで振り出しに戻りですね」と石原刑事ムリさん


「だからこそ西村警部が“クロ”だとはっきりしたがな」との渡警部ボスの言葉に谷山警部補タニさんが答える。


「はい、西村警部はマル暴のバッジの特殊な留め具と酷似した……それこそ鑑識でしか分からない様な物をわざわざ現場に残したと思われます。ボスが仰る様に、それは我々に対する意趣返しです。『自分ならへまはしない』と言う……しかも甲府駅で切符も見つかり、駅員も西村警部の顔を覚えていた。となると……」


「やはり逮捕状は無理なのでしょうか? ……西村警部は不用意な証拠は残さない……」とプリンス。


一同、沈黙が続く……


その沈黙を破ったのは腕組みをして考えを巡らせていたタニさんだった。


「ボス! 私はチノパンの勘に賭けてみたいのですが……」



◇◇◇◇◇◇


取調室へ入って来たチノパンは西村警部の前にドカッ! と腰を下ろした。


「証拠を見つけましたよ」


「何をだ?!」


「あなたの襟です! 穴が開いたままだ! バッジはどうしたんです?!」


「お前の様な若造に言うつもりは無い!!」


「オレが若造かどうかは関係ない!! バッジはどこにあるんです?!」


「すっこんでろ!!」

西村警部の怒鳴り声と同時にドアが開いてタニさんが入って来る。


「チノパン! 西村警部に対し失礼だぞ!! 」とチノパンを窘めたタニさんは西村警部の方へ向き直る。


「部下の非礼をお詫びいたします。その上で申し上げますが、我々は現場でバッジの留め具を見つけました。それが、あなたの物で無いのなら、あなたのバッジはどこにあるのか教えていただけませんか?」


 西村警部が無言で缶から両切りタバコピースを取り出すと、タニさんはマッチを擦ってそのタバコに火を点けた。


西村警部はタバコを深く吸い込むとため息をつくように煙を吐いた。


「なあ、タニよ! 今まで完璧にやっていた事ができなくなった……それに気付いた時のオレの気持ちが分かるか? まさにバッジがそうだ! 老いを感じたよ。『もうオレの出る幕はない! 潮時だ!』こうも思ったよ」


「バッジ……無くされたのですか?」


「いいや! 別のスーツの襟に付いたままだった」


そう言って西村警部はポケットから鍵を出して机の上に放り投げた。


「家探しでも何でもするんだな。ついでに鑑識にも回せ!」



◇◇◇◇◇◇


 取調室で西村警部が独りでタバコをくゆらせているとドアが開き、渡警部ボス谷山警部補タニさんが入って来た。


西村警部が目を上げるとボスは一歩進み出て頭を下げた。


「すべて我々の誤認です。ご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」


「渡よ! 誤認と分かったら潔く頭を下げるくらいの事はできるんだな! しかしまあ……お前たちはそれだけマシという事だ! それに免じて今回の事は不問に付す。これに懲りて部下の指導をより徹底させる事だな」


「ご指導ありがとうございます。 その上でお聞きしたいのですが、もし西村警部ご自身がミスを犯した時はどのような対応をお取りになられますか?」


「オレか? 潔くするだけだ。さて、もう無罪放免だな! 帰らせてもらうぞ」


ここで初めてタニさんが口を開いた。


「お待ちください! ちょうど食事の用意をさせていたので召し上がってはいただけませんか?」


「ん、そうだな! 長時間缶詰にされて、そこそこ腹も減った。いただこうか」



◇◇◇◇◇◇


 タニさんがドアの外に声を掛けるとチノパンが大きな手のひらにお盆を載せて入って来て、かつ丼、サラダ、胡麻ドレッシング、青じそドレッシング、お茶と……机の上に並べて行った。


石原刑事ムリからオレの好物を聞いたのか? 」


そう言いながら西村警部は箸袋で『とんかつ三雪みゆき』という店の名前を確認して、かつ丼の上に胡麻ドレッシングを振り掛けた。


そのさまを確かめてタニさんは口を開く。


「西村警部! あなたは事件当日、現場のすぐ近くにある『とんかつ三雪』でかつ丼を召し上がりましたね」


西村警部は手を止めて言葉を返す。


「確かに『とんかつ三雪』は贔屓にしているが……あの日は行ってはおらんよ、オレは甲府に居たんだから」


「それは違います! 西村警部! かつ丼に胡麻ドレッシングを振り掛けるのはあの店独特の流儀です!」とチノパンが口を挟む。


「バカバカしい! どういう食べ方をしようがオレの勝手だし、よしんば店の流儀に従ったとしても、オレはあそこの常連だ! なんの不思議も無い!」


チノパンは西村警部を静かに見据えて言葉を返した。


「かつ丼に胡麻ドレッシングを掛けると言うメニューは事件当日……それも夜だけの限定でした。あまりにも評判が悪くて翌日の昼には取り止めになったんです。その限定メニューを知っているという事は、あなたが事件当日の夜、現場近くに居た事になる。つまり甲府から戻って来ていたという事です。」


「ワハハハ」

チノパンの言葉に西村警部は鷹揚に笑った。


「そんな脆弱な証拠で公判を維持できると思うのか?」


「公判が維持できるかどうかは我々が判断する事ではありません」


「タニよ! 何が言いたい?!」


「あなたは先程、『自分の犯したミスについては潔くする』とおっしゃった! その事についてはどうですか?」


西村警部は吸い掛けのタバコを灰皿へギュッ! と押し付けた。


煙が一瞬立ち昇り、すぐに消えた。


西村警部は微かにため息をついて紺色の缶缶ピースを脇へ押しやった。


「おい! 若いの!」


「ハイ!」とチノパンは返事をする。


「タバコをくれ」


西村警部が振り出されたタバコを抜き取り口に咥えると、チノパンはマッチを擦ってそれに火を点けた。


西村警部はうまそうにタバコを吸うと煙と共に言葉を置いた。


「相変らず支店の唐変木は詰めが甘い! オレが捜査のイロハを教えてやる」


「ハイッ!」と言う返事と共にチノパンは西村警部の前に腰を下ろした。





           昭和デカ  『かつ丼』    完




            。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


            この作品における人物、

            事件その他の設定は、

            すべてフィクションで

            あります。


            。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。






※ おまけの『あとがき』


この二つ目の『かつ丼』は以前投稿したものを手直ししました<m(__)m>

つまり、再掲出したくなるくらい好きなお話でもあるのですが(^_-)-☆


と言う事で、『昭和デカ -死に染まる手-』はこれにて終了です。


ここまでお付き合い下さり本当にありがとうございました<m(__)m><m(__)m>


昭和デカのシリーズはまた気力が出たら、書きたいと思っています(*^-^*)







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昭和デカ -死に染まる手- 縞間かおる @kurosirokaede

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画