▲二千二十五年十二月三十一日:長い冬

 彼が居なくなった部屋で、一人寂しく蕎麦をすする。

 彼はどうやらビルの屋上から飛び降りようとしたらしいんだけど、深夜にとあるビルの敷地に侵入した所を警備員に見つかり、自転車で逃げている最中に酔っ払い運転の車に轢かれて死んでしまった。

 あまりにも、頭が悪すぎる。

 多分頭が悪すぎて、上手い死に方すら思いつかなかったのだろう。お得意の論理的思考はどうしたんだよ。

 でも彼は、意外と人を笑わせるのが好きな人だった。ただ残念な事に、シンプルにバカだった。


 私は彼が住んでいた部屋に引っ越してきて、彼の温もりを感じながら日々を過ごしている。

 今年の夏頃、彼のマンションの近くをウロウロしていたら、彼と彼女が二人で歩いている姿を目撃した事がある。

 彼女は女にしては背が高く、明るい茶髪のストレートロングヘアーで、なかなか妖艶というかエキゾチックな顔立ちで、バッチリ化粧を決めていた。そして肩と背中の露出が多く胸の谷間の主張も激しい服を着ていて、特にバカみたいに短いミニスカートは非常に目立っていた。黒色のハイヒールと黒色のバッグは、どちらもお値段が張りそうなものだった。


 なんかキャバ嬢というよりかは、ラウンジ嬢とかクラブの女みたいな風貌だったかな。ていうか、多分そう。少なくとも近所のスーパーとかでは絶対に見かけないタイプの見た目と服装だった。

 正直びっくりした。あんな冴えないインドアオタク野郎に、とびきり派手で美人な彼女が居るなんて、既にもうこの世界は天と地がひっくり返っているのでは? と真剣に慄いた。しかし私が見た光景は幻ではなく、現実だった。

 多分、彼のどこかが彼女には刺さったのだろう。彼女の感情を揺さぶる何かが、確かにあった。

 でもね、彼女さん。貴方の心に刺さった彼の何かはきっと、虚像だったと思うよ。


 彼は正論を放つためなら、平気で嘘を付く。自分にも、他人にも。

 多分彼女さんは、彼が言い放った薄っぺらい理屈の何かに共感したんだろう。


 でも、貴方はすぐに気がついた。

 彼の正論と論理は、ただの作り話なのだと。


 論理は感情? 感情は論理?

 違う。論理も感情もただの虚像だ。


 みんな、好きに生きたいだけ。

 自分勝手に、やりたい事をやりたいだけ。

 みんな嘘つき。


 でも、彼は論理的な人間だから、全部分かってた。

 自分のダメな所、全部気がついていた。


 だからこそ、彼は目を背けた。


 ねぇ。貴方の最後の彼女さん、めちゃくちゃ美人だったね。

 私と違って……ね。

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君は神様、お姫様 永遠の文芸部 @tomotomo90

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