高速地区への上京

ちびまるフォイ

本当に必要なもの

22世紀の偉大なる大発見はやっぱり「時間核」といえる。

時間核を見つけたことで人間が時間の流れを速めたり、遅めることができた。


人が多い地区には時間を早める「高速地区」

逆に人が少ない地区には時間を遅める「低速地区」で切り分けた。


低速地区のある村ではひとりの男が直談判の真っ最中。


「たかし、どうしても高速地区に行きたい?」


「当たり前だ! こんなすっとろい低速地区なんかより

 毎日高速で変化する高速地区のほうが濃い人生を送れる!」


「しかしだな、高速地区でやっていけるのか?」


「やれるに決まってるだろ!

 父さんも母さんも、低速思考が骨身まで染み込んでるから

 新しい挑戦や人生を思い描くことができないんだ!」


なかば家出のようなカタチで低速地区の村を出た。

電車にのって高速地区へと出発した。


低速地区を過ぎると電車は一気に加速。

さながら新幹線のように窓の風景を爆速で飛ばしていく。


「うわわ。これが高速地区……!」


高速地区に到着するのはあっという間だった。

降車ドアが高速で開くと、活気が一気に襲い掛かる。


そして何言ってるのかまったく聞き取れない。


「ーーーーーーー、ーーー?」

「~~~。~~~っ!」


口は動いているのはわかる。

けれどその速度が早すぎて言葉として受け取れない。

低速地区出身の自分は耳が慣れていないのだろう。


「こ、こんなのでめげるものか!

 俺はこの高速地区でスマートな男になるんだ!」


言語でのコミュニケーションは速度差でムリなので。

画用紙に書いた言葉を伝えてなんとか初日を乗り切った。


体感としては数時間後に翌日になる。


「は……早い……」


沈んだ太陽があっという間にまた登っていた。

せかせかと街には人が溢れて時間の流れの早さを感じる。


次々に新しい歌やアイドルが誕生しては消える。

たくさんの技術や便利なものが開発される。

街はめくるめくスクラップ・ビルドを繰り返す。


高速地区では時間の流れに順応した高速人間が、

あらゆる人類発展を高速で進めていた。


もはや低速地区がおよびもつかないほどの大成長を続けている。


そしてこのビッグウェーブに乗れればきっと自分も……。


「俺だって! 今は時差で馴染めていないだけだ!

 いまにこの時間速度に慣れてやる!!」


などと決意してからもう何年経ったかわからない。

高速地区なので体感と実際の経過時間が一致しないのもしばしば。


高速地区の早口にやっと耳が慣れたが、

この地区で自分を見つけていけるほど馴染めてはいなかった。


求められる技術や経験も日進月歩で変化するので、

仕事を探しても自分のスキルは型落ちで断られる。


ただ高速地区で時間を老いにだけ浪費するような気がしはじめた。


「なにやってんだろう……俺。

 高速地区でなにかをなしとげるでもなく。

 ただこの高速地区で寿命を減らしてるだけじゃないか」


実家に戻ろうかと思い始めると、むしろそちらのほうが良い気がしてくる。


高速地区に馴染むことこそできなかったが、

自分は高速地区の多くの恩恵を受けている。


最新のツールはたくさん手に入れているし、

高速地区のスマートな考え方なども染み付いているだろう。


これが低速地区へと凱旋したらどうなるか。

低速の人間を圧倒する無双っぷりができるのじゃないかろうか。


「ようし低速地区に戻って、地元一番のスマート男になろう!」


高速地区で養った高速の行動力で電車に飛び乗る。

高速エリアを出ると電車はいっきに鈍足になる。


「遅っ……。いったいいつ着くんだ……」


のろい電車にイライラしながら、やっと実家にたどり着く。

実家では自分が家を出ていったときと変わらない姿の両親が待っていた。


「ただいま。父さん、母さん」


「た~~か~~し~~な~~のぉ~~~か~~い~~?」


母親の言葉がゆっくりすぎて逆に聞き取れない。

逆に両親からすれば自分が早口すぎて聞き取れていないのだろう。


以前に使ったフリップで必死に会話を続ける。


「たかしお前なのか?」


「ああ、そうだよ。低速地区に帰ってきたんだ」


「しかしその姿……」


「ああ、気付いた? こんな低速地区にはないだろうけど

 高速地区では今や多くの技術発展を遂げてるんだ。

 このスマート・スマートフォンなんかはその一つだね」


「いや違う。そうじゃなくてお前の年齢だ」


「年齢?」


「たかし。お前のほうがもう年上じゃないか……」



「は?」


両親とならんで鏡の前に立つ。


おじさんおばさんの間に映るのは、どうみてもおじいちゃんだった。

それが自分だと認識するのに時間かかった。


「高速地区じゃ忙しすぎて……自分なんか見てられないし……。

 こんな、こんな要介護老人になっていたなんて……」


「たかし。帰ってきてくれて嬉しいよ。

 高速地区はどうだった? 話をきかせておくれ」


「そ、そりゃもうすごかったさ!

 新しい技術はどんどん出てくるし便利でスマートなんだ!

 たくさん新しいものが生まれてそれで、それでーー……」



「たかし。それよりも友達はできたのかい?」



なにも言い返せなかった。

言い返せないので同じことを繰り返すしかできなかった。


「これは高速地区で手に入れたスマートスマートフォンの最新型。

 AIが何もかもやってくれるからめっちゃ便利なんだ。

 低速地区にいる誰よりも俺は早く処理できる」


「それにこれは高速地区だけで手に入る高速イヤホン。

 すべての音を解析してキレイな音にしてくれるんだ」


「それに……それに、これは温度調整ジャケット。

 高速地区の最新技術が使われていつでも快適なんだ。

 これを持っている自分は低速地区でも特別なんだ……」


必死に自分のガジェットを説明する息子を

両親はかなしそうな顔でただ聞いていた。



数年後、たかしは低速地区でその生涯を終えた。



葬式には彼が生前に高速地区で買い揃えた最新ガジェットが席を埋めた。


もっとも、すでに高速地区じゃ時代遅れの遺物だが。

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