第27話 遥か彼方、未来へ繋ぐ希望

 静寂の夜を越えた金星台公園は、夜明けと同時に騒がしくなった。



 一晩中、金星台公園のふもとで泣きながら待機していたみらいとれな。


 夜中にかなたの病室を訪れ、そこに誰もいないという状況に心底慌てたと語る小山先生。


 なにかを察して夜中に目が覚め、夜明けとともに金星台公園を目指していたという北野家のお二人。


 これだけの人数が一斉に登ってきたのだ。


 いくら清々しい朝と言えど賑やかになるだろう。


 かなたは俺の膝の上で穏やかに旅立ち、今は俺が腕に抱えている。


 真っ先に駈け寄ったれなが泣き崩れるが、彼女はすぐに顔をあげ、笑い泣きしながら親友にねぎらいの言葉をかけた。



 ほどなくして全員が集まり、みんなで涙した。


 これまでの間に涙が枯れるぐらい泣いた俺も、普段は不敵な笑みが絶えないみらいも、ただただ気持ちを吐き出したのだ。



「……っ、はるかくん! 君は何をしたか分かっているのか⁉ 病室から彼女を連れ出して、こんなところに連れてきて! ……君たちもだ! どう責任をとるのかな。君たちの身勝手な行動で、彼女は家族と最後の時間を過ごせなかった。それに……」


 小山先生のお叱りを受ける俺、みらい、れな。


 しばらく先生の叱咤の声がひたすら響いていたが、ひとりの声が入って彼を止めた。


「……先生、もう勘弁してやってください」


「――そ、宗次郎さん」


「「「――えっ?」」」


 小山先生も、俺たち三人も驚いて宗次郎さんを見つめる。


「先生。これはきっと、すべてかなたが望んだことです。この孫娘は、おおかた彼らに無理を言って、計画していたのでしょう。どうか、はるか君たちを責めないでやってくれ。

 彼らの勇気ある行動で、かなたは本当に幸せな最期を迎えられたんです」


「宗次郎……さん」


 俺が思わず声をあげると、宗次郎さんは優しくうなずいた。


「おととい病院を訪れ、孫と別れる時うすうす感じていました。これは、普通の別れのように聞こえて、わしら家族への別れの挨拶ではないのかと……」


「う……む。そこのところ、どうなんだい」


 小山先生に問われ、俺たちはすべてを明かした。


 れなに関しては、高一の夏に意気投合した直後からすべてを聞かされ、彼女もそれを受け入れていたというから驚きだ。


 また、れなのお母さんは結婚式場で働いており、そこから伸びる人脈を使って結婚式の準備を整えたという。



 そして俺はあの時、かなたから呪いの解呪法について聞いていた。


 金星台公園は、もともと北野家が稲荷様を祀っていた神社の跡地らしい。


 呪いを解くには、命日の夜、愛し合った者に何も伝えずこの場所へ連れてくる。


 そこで自分と一族のすべてを明かしたうえでまもなく絶命することを伝え、それでもなお相手が拒絶することなく、この場で永遠の愛を誓い合うこと。


 これが、呪いを解く唯一の方法だったという。


 それだけの愛をまだ人間が併せ持つのであれば、それに免じて呪いを解いてやろうということなんだろう。



 かなたは、自分の思いに従って俺との愛を神さまに見せつけ、これが結果的に唯一の解呪方法にリンクしたので、北野家にかかっていた『北稲荷の呪い』は消えた。


 ということのようだが、それでも俺は、稲荷様が俺たちの幸せっぷりを見て心を変えてくれたと、勝手に信じている。


 呪いが消えたことは後日、一さんから聞いたので確かなことだ。


 かなたの夢は、かくしてすべて叶ったんだ。


 ただかなたいわく、ひとつ見込みが甘かったことがあるという。



 それは彼女自身の体調だ。


 そもそも、小山先生ですら想定外の時間。つまり、本来病室で結婚式をする予定だった時間にかなたの体調が急変したのは、死期を偽ったために、各儀式を行うタイミングが本来の予定とズレたことが主な原因。


 彼女が言うには、何らかの影響が多少出ることは覚悟していたが、まさか式ができないほどになるとは思っていなかった。とのことだ。


 俺がかなたの言葉をそのまま伝えると、小山先生は頭を抱えていた。


「――いやまったく。私もかなたちゃんに一杯食わされたわけだね。これでも人を見る目は肥えていると自負していたんだが、正直、まったく気づけなかったよ。主治医として不甲斐ない」


 彼はそう言っているが、俺はあいつの演技力なら仕方ないと密かに思う。すると、涙を拭いてみらいがふいに俺を見やった。


「いや、死期を偽ってたって……なんでそんなめんどくさいことを……?」


「それは、私も答えられるわ」


 と、れなも同じく涙を拭いて手を上げる。


「実は私、去年の夏ごろかなたに全てを聞いたときに、死期を偽るつもりだってことも聞いてたのよね」


「マジかよ」


「おいれな、お前のポーカーフェイスもバケモン級だな」


 驚く俺と、その横でやれやれと苦笑するみらい。


「かなたは、死期を悟ってからの儀式の順番とか、日程とか、去年の時点ですでに教わってたみたいで……。それに加えて、解呪も計画していた。……みらいは、本来の儀式の日程覚えてる?」


「あーっと……。まあ何となくだがな」


 そう答える彼にうなずきながら、れなは続けた。


「最終日の予定は最後の最後、通例どおりなら十八時以降は先生も同席のもと、家族や大切な人と過ごして、そのまま運命の瞬間を迎える。となると?」


「なるほど、そうか! とてもじゃないが、そんな状況ではるかを連れ出して金星台公園に行けない。どうにかして、二人きりになる隙が必要だったわけか」


 もろ手を打って納得するみらいと、ため息をもらす小山先生。


「う~む。彼女はそこまで考えていたのか。きちんと事情を話してくれれば、そう取り図ることもできたというのに……」


「私も、そうじゃないのかとかなたに言ったんだけど、もしそうじゃなくて全力で止められたら、すべてが終わるって言って聞かなくて。そんなことになって解呪できなくなるくらいなら、たとえ先生やみんなをだましてでも、はるかとの『真の結婚式』は断行するって」


 れなが苦笑交じりに告げると、小山先生が、


「それじゃあ、病院での結婚式は? あれもブラフ……」


「いえ、先生。それはないです。もちろんかなたは、病院での結婚式もやる気満々でした。『二回も結婚式できる~!』なんて言ってましたから。ただ、あの子の身体があの子の破天荒な計画について来れなかった。という感じです」


 彼女が言い切ると、小山先生はまいったという表情で苦笑をもらした。


「はあ、なるほど。彼女はどうしても稲荷様にはるかくんとの幸せっぷりを見せたかったし、一族の呪いを解きたかった。その強い思いだけで、ここまで……。

 これは負けたよ。君たちも、かなたちゃんのためにここまで動いた。そして本人は夢を叶え、愛する者に見守られて静かに旅立ったと。もはや、これ以上どうのこうのと言うほうが無粋というものだね」


「いや本当に、我が孫ながらとんでもないことを。先生、はるかくん、みらいくん、れなちゃん。心配をかけて、それでも孫に付き合ってくれて感謝します」


 と、涙ながらに頭をさげる宗次郎さん。


「いいんですよ、宗次郎さん。俺たちもなんだかんだ言って、楽しかったですから」


「ええ、あのらしいじゃないですか」


「ふ、そうだな」


 俺たち三人が口々に応じると、小山先生も静かにうなずいた。



 新たな始まりの朝日が空に昇っていくなか、かなたは本当に眠っているような穏やかな表情だった。


 俺たちも自然と悲しい感情は徐々に引いていき、穏やかな夜明けだった。


 こうして、何百年と続いた悲しい呪いの歴史は、その果てに光へと変わっていったのだ。



 ***



 ――数日後、俺たちはかなたの葬儀に出席した。


 多くの人が訪れて彼女との最後の別れに涙していたが、最後には穏やかな笑顔が残る。


「……ふ、本当にかなたらしいな」


 と、みらいが穏やかに言った。


 俺とれなも静かにうなずき、葬儀後に改めて北野家の門の前で一さんと宗次郎さんに挨拶をする。


「みんな、今日は来てくれてありがとうね」


 一さんが丁寧にあいさつを返してくれ、それをきっかけとして、しばらく会話に花を咲かせた。


 すると、一さんが思い出したように声を上げる。


「お、そうだ、忘れていた。君たちにはまだ紹介していなかったね」


「「?」」


「一さん?」


 俺たちが首をかしげていると、彼は一度家に戻り、次に出てきたとき一人ではなかった。


 新たにご登場されたうちのひとりは、俺とみらいの記憶にある。


「あ!」


「かなたのお母さん⁉」


 俺たちから驚きの視線を受け、黒髪ロングの綺麗な女性が優しい笑顔で会釈してくれた。


「ふふ、はるかちゃん、みらいくん! お久しぶり。大きくなったわねえ」


 彼女はかなたの実母で、俺たちが小さいころになにか訳があって隣町に越していったはずだ。


「――え、かなたのお母さん⁉ そりゃああの子が美人なわけだわ」


 と、れなが感動している。


「ふふ、初めまして、北野 そらです。あなたがれなちゃんね。お話は夫から聞いてるわ。

 ……かなたの親友でいてくれて、ありがとう。私からもお礼を言うわ」


「い、いえ、そんな。とんでもないです。私のほうこそ、あの子からたくさん元気をもらいました。……かなたを生んでくれて、ありがとうございます」


 れながそう言って頭を下げると、そらさんは一瞬泣きそうな表情を浮かべ、れなに改めて感謝した。


 そして彼女から紹介されたのは、小さな女の子。


 四、五歳ぐらいの子で、幼いながらどこか美人になるであろう片鱗がすでに垣間見える。


「……みなさんにご紹介します。この子はゆめ。

 ――私にとって二人目となる実の娘で、かなたの実の妹です」


「「「――――ッ⁉」」」


 俺たちは、思わず目を見開いて顔を見合わせた。


 かなたに妹がいるなんて全く知らなかったのだ。


 彼女の口からも、そんなこときいたことがない。


 そらさんいわく、娘が二人以上生まれた場合、下の子を金星台公園のあるこの町から離すことで呪いの症状を軽減させられるという。


「……きっと、かなたが妹の……ゆめのことを話さなかったのは、あの子もまだ自分の考えや気持ちに整理がついてなかったんだと思うわ」


「「「…………」」」


「呪いを解きたい、絶対解いてやるっていう意志はずっと感じていたけれど、本人もそれを必ず成し遂げられるかどうかには不安があっただろうし、ゆめが生まれたのは、かなたがまだ自分の真実を受け入れられていないときだったから……」


 と、そらさんは彼女が思うところを話してくれた。


「時々あの子もゆめに会いに来てくれたけど、そのたびに泣いて、時には吐いてしまうこともあるぐらいだったから。口に出せないほど辛かったし、怖かったんだと思うわ。自分と同じく、十八歳で死んでしまうかもしれない……何も知らない幼い妹を見るのが――」


「……かなた」


 辛い表情で天を仰ぐれな。その横で、みらいが重々しく口を開いた。


「まあそうだよな。あいつの性格じゃ、自分の将来を思うよりもずっと恐怖だっただろう」


「最初は、いっそのことかなたには秘密にしようと思うぐらい、あの子も苦悩していた時期だったの」


「でも、今はゆめが生まれてきてくれて良かったと思っているわ。私にもたくさん勇気をくれたし、つい先日もかなたが会いに来てくれたんだけど、初めてゆめに笑顔で話してくれたわ。お姉ちゃんもうすぐ結婚するんだって。最後は私に言ってくれたの。お母さん、私をお姉ちゃんにしてくれてありがとうって」


 当時を振り返るように言ったそらさんは、静かに涙を拭いた。


 彼女も自らの呪いに苦悩するかなたを見るのが辛く、一時心の療養のため隣町に引っ越したとか。


 そしてゆめちゃんを授かって、そこで彼女を育てていたというが、俺たちの知り及ばないところでかなたともしっかり母娘の時間は取っていたという。


 それを聞いて、俺はまた少し安心した。


「だってかなた、そんなに詳しくはなかったけど、私にはお母さんとの思い出を時々話してくれたもの」


 れなはそう言って、ゆめちゃんの小さな手を優しく握った。


 その様子を見ていた宗次郎さんは、ふいにそれでも、と重い口調で語る。


「それでも、『北稲荷の呪い』はこうして多くの者を苦しめた。わしは今でも、時々先祖を憎く思ってしまうんじゃ。最近は、かなたやお前さんたちのおかげで、その気持ちは穏やかになりつつあるがの」


「……宗次郎さん」


 みらいが声を漏らすと、彼は続けた。


「人間には、美しい部分と醜い部分がある。だが、その醜い部分が度を越えると、因果は巡り巡って多くの人を苦しめるのじゃ」


「因果応報、ですか」


「うむ。だがその因果も強すぎて、わしら一族の場合、権力者の身勝手な欲がその先何百年と罪もない少女たちを理不尽に殺したんじゃ。


 当人らが地獄に落ちたとしても、罪もない者が苦しむ。……だからこそ、権力者はその力を正しく使わなければならないし、権力者を選ぶ者にも、責任がある。もう二度と、わしらのような悲しい歴史を生み出してはならぬのだ」



 俺たちは、静かに宗次郎さんの話を聞いた。


「……だが、キミたちなら大丈夫じゃ。命の尊さを知り、こんな話を真剣に聞いてくれる。どうかその心を忘れずに大人になり、世界を平和に導いてほしい。


 ……と、すまないね。老人の話に付き合わせてしまった」


 彼はそう言うが、俺はその話を聞くことを『付き合わされた』とは思わない。


 ……俺たちは大切な少女に教えられたんだ。命の尊さと儚さ、そして生きることの素晴らしさを……。


 最後に、そらさんが俺に向きなおった。


「はるかちゃん」


「――は、はい……」


「……ゆめを、抱いてあげて。あなたがあの子を、かなたを選んでくれなければ、もしかしたらゆめも、十八で死ぬ運命にあったかもしれません」


「…………」


「……この子は、はるかちゃんとかなたが純愛を貫いたから、この先普通の女の子として生きていけるんです。――あなたたちに生かされているようなものだから……」


「――ッ!」


 俺はお母さんに降ろされ、ゆっくり歩いてくる少女にそっと手を伸ばし、驚かせないよう、しゃがんだままゆっくり彼女を抱きしめた。


「…………ううっ! うううっ! うわあああああああああっ、――っ! うううっ」


 ゆめちゃんを抱いた瞬間、正体不明の涙が急激にあふれ出し、この年で号泣してしまった。


 なぜ泣いてしまったのか、詳しいことはよく分からない。


 彼女の小さな身体――。


 俺が少し力を込めれば失われてしまいそうな、はかなく尊い命。


 それが俺の腕の中で、懸命に生きているその事実がとてつもなく嬉しかったのかもしれない。


 それか、かなたの思いが未来に命を繋ぎ、彼女の命が別の形で生きていることが嬉しかったのかもしれない。


 あるいは、かなたが命を懸けてまで成し遂げたかった悲願。一族の呪いを解くということが成され、その思いが俺の心を動かしたのかも……。


 もしくは、そのすべてかもしれない。


 いずれにせよ、俺はゆめちゃんを抱きしめながら、彼女が姉に負けず劣らず最高の人生を謳歌することを、心から願わずにいられなかった。


 そうして俺はみらいとれなとともに北野家を後にし、れなとも別れて自宅へ向かっている。


「――なあみらい。結局、昔の俺がかなたのプロポーズに対して返したっていう言葉ってなんなんだ?」


「――うわ、この数か月色々ありすぎたのによく覚えてたな」


 と言ってから、みらいは少し考えて意地の悪い顔をした。


「う~ん、そうだなあ……。ふふ、まあお前ならここ数日の間にわりと言いまくってると思うぞ。プロポーズのたびにな」


「お、おーい! おまえ、そりゃあないだろ。教えてくれよ~!」


「ははは、やっぱりお前は面白い。まあ、自分で考えてみな」


「このお~~っ、大噓つきめ~~!」


 笑顔で走り出したみらいを追いかけ、俺も強く地面を蹴った。


 夏の本番、木陰を抜けると涼しい風が心地よく肌に当たって流れていく。



 俺はこれからも、この町で変わらず生き続けるだろう。最高の友と、この命を最後まで燃やすため。


 寂しくないのか。と、聞いてくる人がたまにいるが、結論は――寂しくない、だ。


 かなたは最高の人生を歩んだ。


 彼女が生きた証やその魂は、今も俺たちと共にある。たとえ目に見えなくても、触れられなくても、かなたはずっとここにいるのだから……。


 それが、今の俺の本音だ。


「ふう、かなたのやつ、今日もあっちではしゃぎまくってるんだろうな……」



 みらいと別れ、そんなことを思いながら、俺は陽炎揺れる夏の道を家に向かって歩いていた。

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宵闇の向こうに夜明けがあることを、俺たちはまだ知らずにいた 佐江木 糸歌(さえぎ いとか) @enju1111

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