第9話 新人警備員の渡目さん

入学式が終わり、各クラス担任の先生について、いよいよ新しいクラスに入る。


もちろん氏名順。百合は廊下側の一番後ろ、後ろ扉に近い席についた。


生徒が集まり席につくと、担任である蜘蛛井が挨拶を始める。



「改めてご入学おめでとう御座います。保護者様も、お子様のご入学、改めてお喜び申し上げます。私は先ほどご紹介を預かりました、Bクラス担当の蜘蛛井と申します。担当は数学です。1年間どうぞよろしくお願いします」


すらっとした長い4本腕にハーフアップの黒く長い髪の毛。

広い黒板にはとても都合の良い種属のように見えた。きっと彼女は蜘蛛なんだろう。“こっち” ではあえて自分の種属等は提示しない雰囲気があり、それがまた百合にとってどんな人であるか考えるゲーム感覚で楽しみになっていた。


「細かい自己紹介などは、また後日といたします。本日は式も少し長かったので、明日からの日程とオリエンテーションに関する書類をお配りいたします。テキストなども追ってご説明させていただきます」


蜘蛛井は長い手足を巧みに操り、順序よく書類を配った。

百合は中学生の頃、学級委員を務めていた経験がある。書類などを配るのは慣れるまで時間がかかっていたことも思い出すと、羨ましくおもっていた。


前のクラスメイトが百合に書類を渡す。それを受け取ると、肩をつんつん突かれた。振り向くと、教室の外に魅鬼がいた。手を振られたので、振り返した。


入学初日のクラスが終わると、生徒たちは保護者のもとへいき、写真を撮ったり、以前の学校でも仲が良かった者同士で話し合っているクラスメイトもいた。


いいなあ。


もちろん百合はこっちにきたばかりなので、そういったことは無いため、教室を出た。明日以降のオリエンテーションの日程でも見ながら。


廊下には壁にくっついているロッカーがあった。1人一つずつ用意されているようだ。百合は自分のロッカーの場所を確認すると、名前がないことに気づいた。他の生徒はネームプレートが付いているが、どうやら百合のは間に合っていないということか。


蜘蛛井は既に教室を出てしまったためいなかった。


明日改めて確認しようと歩き出した瞬間、百合のネームプレートが宙に浮いていた。


「これ、もしかして君の?」

男の声がした。目の前に差し出されたように見えたが、よく見たら制服の袖から腕が見えていない。


「ありがとう......ございます」


百合はその男の子にお礼をしようとして、顔を確認すると、メガネだけが浮いていた。どうやら透明人間のようだ。


「あ、あの......僕のロッカーの近くに落ちてて、もしかして君のなんじゃないかとおもって」

「ううん、助かりました! 名前がどこにもないのでどうしようかと思っていたところだったんです」


彼が拾ってくれたネームプレートをロッカーに貼った。ようやくそのロッカーの所有権が百合になった。


「よろしくね、それじゃあ」

「あっちょっと」


彼の名前も聞けず、その子は立ち去っていった。聞けなかったというより、どんな顔をしていたのか、想像で頭の中を膨らませていたせいで、聞きそびれてしまった。視線をずっと彼のメガネに集中させていたせいで不快にさせてしまっただろうか。


すると前から男の子2人組と、その父親らしい人が肩を並べて歩いてきた。色白で、ツーブロックの黒髪に身長は170くらいはあるだろうか、いわゆる女の子達が好きそうな爽やかな顔をしていた。よくみると顔や身長がほとんど同じだ。


双子。


見た目はごく普通の人間に近かったので、もしかして骸骨かと興味があった。百合の真横に並んだ瞬間、彼女に近い方の男が百合をずらす。百合は視線を首や手に逸らしてみたが、どうやら骸骨属ではないなと察した。


あ、いけない。つい興味本位でジロジロと見てしまった。


「......よろしく」


と一言声をかけた。


百合もすかさず「あ、よ、よろしく!」と返した。すると隣の男が「もう仲良しかよ、いいなあ」と笑いながらすれ違い、離れていった。


百合はかすかに笑った男子生徒の口の中身を決して見落とさなかった。


あの鋭い前歯、あれはもしかしたら黒羽属と呼ばれる吸血鬼だ。


双子の父であろう男は、2人に声をかけながら楽しそうに会話している声が遠くから聞こえた。百合は3人の背中をずっと目で追っていた。



しばらくすると、スマホの画面が百合を呼ぶように鞄の奥底で光った。覗くとメッセージが送られてきており、司牙からだった。


『用が済みましたら、学校裏の近くの駐車場でみんなで待っています。』


とメッセージがきた。みんなとは魅鬼もいるのだろうか。でも、みんなって言うには人数が少ない気がする。疑問を抱いたまま、彼が指定する場所まで移動した。


「あ!百合ちゃ〜ん!こっちこっち!!」

「魅鬼さん!あ......えっと『わため』さん?」


式の時、司牙の隣にいたミイラの渡目が2人と並んで立っていた。


「初めまして、俺、渡目っていいます。司牙さんの下で働かせていただきます。えっと......お嬢様ですよね。ご入学おめでとうございます」


渡目は軽く会釈をした。緊張しているのだろうか、百合に目をあまり合わせようとしていない。


怪警察がどんな組織かよくわからないが、司牙や魅鬼を見ていると、狭き門を通ったんじゃないかと彼女は思う。

いつか2人と同じくらい立派な警察官になるんだと思うとワクワクした。


「父がお世話になっております、百合です。よろしくお願いします。」

百合は笑顔で会釈をして返した。


「渡目君も百合も、本当におめでとう。とりあえず、どうぞ」

司牙は後部座席のドアを開けると、手招きで2人を呼ぶ。シートの上には、小ぶりな黒い花束が2つ。2人はお礼をいった。魅鬼が用意してくれたようだ。


車を走らせると、これから警視庁の歓迎パーティらしきものがあるらしく、渡目と魅鬼を送ってから百合は家に帰る予定だ。百合を家に下ろした後、司牙も歓迎パーティに向かうそうだ。


渡目は花束を両手で包むように、じっとそれを見つめていた。百合は彼を横目で見ると、司牙や魅鬼より少し若くみえた。


「俺、司牙さんや魅鬼さんの下で本当によろしいんでしょうか......」

だいぶ緊張している様子だ。そのせいか、彼と百合は後部座席で並んで座っているが、なんとなく “空間” を感じていた。

「いいんだ、渡目君の能力がもしかしたら役立つんじゃないかって、頭<ヘッド>にも言われていてね。こんなこと言ったら緊張するかもしれないけど、ちょっと期待しているんです」


司牙は渡目とは先輩後輩の関係になるが、彼の言葉遣いが定まっていない感じが初々しかった。


「ガチっすか!!あ、やべ......」


それは渡目も同じだった。


「いいんだよ、お互い気楽にやろう。僕も魅鬼君も、気楽に、慎重にっていうタイプだから」


「ねえ、渡目君って、前職はなにかしてたの?」

魅鬼は彼の前職が気になった。

「実は、今と全然違って。......バーでボーイやってました」


バーでボーイ!?


車内の3人が、一瞬で彼の異色のキャリアに気になってしまった。


「俺、縁があって怪警察に入りました。足手まといにならないよう努力します」


警察と縁が?百合はそんな彼の生い立ちが気になってしかたなかった。


「じゃあ、僕から少し、渡目君のがどれくらいなものか見てもいいかな」


渡目は、どうぞと言って、一瞬で彼の目が真剣な眼差しに変わり、背筋を整えた。


「僕と魅鬼君のキャリアはどのくらいかわかるかい?」


「はい、お二人は警察学校卒業後、怪警察に配属、その後10年のキャリアを経て、現在警視庁の捜査一課の警部補です」


渡目は全く動揺することもせず、はっきり答えた。さっきまでの緊張感が嘘のように消えていた。


2人は、驚きながらも興味を持ち始め、魅鬼は畳み掛けるように質問を続けた。


「はい! じゃあ、私の能力と、趣味とかどう?」


「魅鬼さんは『威圧<いあつ>』、どんな相手でもねじ伏せられるプレッシャーを持っています。身体能力は高く、朝晩欠かさずトレーニングを重ね、女性ながらも、その実力は確かです。マイブームはパフェ巡りですよね」


「そう! 最近はパフェ巡りにハマってるの〜」


そのやりとりを見ていた百合は、渡目の「能力」に興味を持ち始めていた。


すごい、でもどうやって?


「じゃあ、僕もいいかな」


「司牙さんは、恵まれた才能を持ち合わせながら、数多の犯人の供述証拠を集め、多くの事件解決に役立っています。司牙さんが関わる捜査は『沈黙のない捜査』。誰もが恐ろしさのあまり、黙っているより口を開いてしまったほうがマシだと。司牙さんの実態は全てメディア非公開でいらっしゃいますよね。お二人とも格闘にも長けており、合わせ技が素晴らしいと聞きました。趣味は映画鑑賞。お二人の話は頭から聞いています。とまあ、こんな感じっスかね。」


2人とも実力者なのは間違い無い、渡目はその名の通り、周りに眼がついてるようで、お見通しのようだ。隠し事なんて彼の前では無理だろう。


「その通りだ。素晴らしいと思うよ。因みにどのくらい『見える』の?」


「俺のは、この帯を辺りに張り巡らせて、情報を得ることができる能力です。こうして会話をしている隙を伺い、相手のことを『見る』ことができます」


ということは、と百合はそこで気づいた。彼は「見る」ことができるのだとすれば、人間であることがバレてしまうのではないかと。今まで彼のことばかり考えていたのに、急に現実へ引き戻された気分だった。


その途端に渡目は、百合のことをチラッと見た。


非常にまずい状況になり、焦りで百合の眼は丸く開き、司牙の座席を一点にして見つめていた。


渡目と目を合わせてはいけない。


「......それで百合さんも、見ますか?」


「いや、大丈夫だ。ありがとう」


間一髪、百合はホッと胸を撫で下ろした。


「その能力が今後の調査に役立つんじゃ無いかって思って、頭は渡目君をくれたんだね。改めてよろしく」


「面白いね!今までそんな人いなかったからさ、一緒に頑張ろうね!」


「...頑張ります」


2人は、渡目を快く迎え入れているような感じで、すごく輝いて見えた。これからの捜査には、渡目も活躍するんだ......


「百合は、彼女のことを少し話すと、教会にいた頃から、興味本位で『異歴史』について独学で学んでいたそうなんだ。そこで、これから触れる事件について役立つんじゃ無いかと紹介されて、それから一緒に暮らしているわけなんだ。そうだよね」


あくまでも百合はここの呪人として、そして司牙の娘として。


娘を守るのが、父としての役目だった。


「さあ着いたよ」


司牙が警察署の前で止まると、魅鬼が先に降りて渡目を案内しようとしていた。


「送っていただきありがとうございました」

「いいえ、また後程」


渡目が車を降りると深々と頭を下げ、車を走らせた後、互いに向かう先へ急ぐ。


百合は後部座席の窓から徐々に遠くなる警察署を見た。


厳重なバリケードの中に、白いレンガで作られた建造物は、一際存在感を放っていた。

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