霊殿学院高等学校 入学編

第8話 霊殿学院入学

晴天に恵まれ、式に相応しい朝日が二人に差し込む。それはまるで、主役のスポットライトのように。


......といったはいいものの、カラッと晴れた曇の隙間から、朝日のように光る月日が差し込んでいる。


 “こっち” の空模様を、晴れの舞台として表現したのはいいものの、百合にとってはただの曇り空に見えていた。



百合と司牙は、自分たちの家の前で魅鬼の到着を待っていた。


百合は昨日着た制服を改めて着ると、ようやく自分も “こっち” で高校生デビュー出来ることに少しワクワクしていた。時期がズレた人生二度目の入学式。転校生の気分だ。



「百合ちゃんおはよう〜! うわぁこれだよこれ!霊殿の制服と言えばのカラー!!似合うね!」


コツコツとヒールの音を響かせながら親子に挨拶をする女性が近づいてきた。


「魅鬼さんおはようございます!今日はよろし......相変わらずかっこいい!」


魅鬼はグレーのスーツに身を包んでいた。彼女の髪の色と相待って、一層素敵だった。ヒールを履いているせいか、いつもより目線が高い。


女子同士が褒めあっているのを、司牙は露骨にうらやましそうに見つめる。


「ごめんごめん、百合ちゃんを先に褒めたくて。司牙君もおはよ!今日も相変わらずキマッてんね」


そう言われると、彼の今日の服はなんとなくいつもと雰囲気が違うような。明らかに高そうなスーツ着ていた。新年度だからか、いつもより気合を入れているように見えた。


「えっと......あの」


百合は司牙に声をかける。

恥ずかしそうに、でも素直に伝える。


「お父さんも、かっこいい、です」


「あ、ありがとう」

彼も同じだった。


褒め合うことに慣れていない2人を見た魅鬼は、微笑ましいと思いながら、スマホで2人の姿を隠し撮った。


「じゃあ、行こうか」


司牙の家から10分くらい車を走らせた後、木々の生い茂るトンネルを抜けると、それは姿を現す。


蔦が絡まる白い建物

歴史を感じさせ、ずっしりと構える大きな門

学院を見たことがない百合にとって、そこがまさしくこれから入学する霊殿学院高等学校であることはわかる。


「わぁ......すっごい」



正門で百合と魅鬼を降ろすと、車窓の隙間から司牙の声が聞こえた。


「終わったら連絡するね、それじゃあまた」

「わかりました」


百合は素直に返事をした後、親が出席しない入学式へ向かう。

仕方ないが、本当の親ではないし、こういう機会を与えてくれたことに感謝しなければと思っていた。


「待って」


司牙は車を走らせようとしたが、百合を呼び止めた。


「入学おめでとう」


それを聞いた百合は、すごく嬉しかった。



魅鬼と百合は霊殿学院のエントランスに向かう。


「おはようございます、この度はご入学おめでとうございます。こちらに名簿がございますので、お子様は座席の確認と保護者様も、お子様のクラス側の二階席にご着席くださいますようお願いしまーす」


「魅鬼さんは座るんですか? 保護者席」

「私はちょっと別用で一回抜けないといけないんだ!なので、一旦ここまでかな。ごめんね!」


魅鬼は受付で警察証を見せると、顔の前でごめんと手を合わせ、受付で別の入り口に誘導されていった。

「改めて入学おめでとうね!また後でね」


そう言って魅鬼は仕事に向かった。



百合の席はBクラス。偶然にも “あっち” で通っている学校のクラスと同じで覚えやすかった。

名簿は氏名順。だが、彼女は後からの入学が決まったため、一番最後に名前が載っていた。座席も名簿順のため、席は一番後ろになる。


式は、ステンドグラスが広がるホールのような場所で開かれる。

黒い絨毯に赤いレッドカーペット、その周りには赤い花がたくさん飾られている。この学校の紋花である彼岸花だ。


ついでに他の生徒の名簿にも目を通す。

流石は怪の世界。名前も見た目も多種多様だ。


ミイラや、ゾンビはもちろん、半透明で泡がぶくぶくしている生徒や、前髪が暖簾のようになっている生徒もいる。魅鬼と同じ鬼もいた。司牙と同じ骸骨は、見たところ百合しかいないようだ。


クラスメイトがどんな種属なのか気になって、居ても立っても居られない。



——みなさまお待たせいたしました。まもなく霊殿学院入学式を行います。本日はお嬢様、ご子息様のご入学おめでとう御座います。


しばらくしてアナウンスが入り、開会式が始まった。


校長先生兼理事長の先生のお話が終わり、各職員の紹介に入る。


Aクラスの担任兼学年主任である万という男性の先生。百合がいるBクラスは蜘蛛井という女性の先生だった。そしてCクラスには、髪の隙間からぴょこっと子犬のような耳が立っている女性、ジャッキーが並んで教壇に立っている。彼女は元々非常勤で音楽を教えていたそうだが、今年度から常勤になり、クラスをもつそうだ。


 “あっち” と変わらない入学式。


強いて言えば個性的な生徒、親、教師が集まったこと以外普通の学校と何も変わらなかった。



——続いて、本学院におけます警備員のご紹介です。本日に限りまして、怪警察署より代表して、皆様に挨拶をいただきます。今回はご本人のご希望により、皆様に直接ご挨拶をいただけることになりました。恐れ入りますが、カメラ等の撮影はしばらくの間お控え頂きますよう、ご協力お願いいたします。


......ん?今なんて?


周囲の保護者が「警視庁一課......」とざわつく。


百合の眉毛はピクっと動いた。すると、壇上の脇から、聞き覚えのある革靴の音が聞こえ、姿を現す。


「ねえ、彼名前なんていうのかしら」

「やだ......結構かっこいいじゃない」


周りがざわめき始めた、特に保護者席に座るマダムが釘付けのご様子。


百合はゆっくり顔をあげる。


すこし光沢のある黒いスーツに赤いワイシャツに黒いネクタイ、どことなく霊殿学院の制服色に似ている。


朝見た時なんとなく違和感があったが、間違いない、あれは間違いなく “お父さん” だ。


百合は思わず目を丸くした。


「只今ご紹介にありました、怪警察、警視庁捜査一課です、この度はご息女様、ご子息様のご入学おめで......」

「彼の私生活気になるわ......」

「骸骨属って少ないから、相手見つけるのも骨が折れそうね」

「あのスーツめちゃくちゃ高そうじゃない?」


今朝の様子を見て、なんか怪しいと思っていた百合。その「怪しい」が当たってしまった。驚きよりも彼女の中では「なんで黙ってたの」と呆れていたと同時に緊張感。なんとも言えない気持ちになり百合は眉間にしわを寄せて頭を下げた。


仕事とはこのことだったのか!!


周りがざわめき始め、様々な憶測の声で彼の言葉がさえぎられる。中々本題に入る隙がなかったため、彼はマイク越しに少し喉を整えた。


「えぇ、今年から1名、怪警察から新人の警備員を配属させていただきます。非常勤講師としてですが、研修も踏まえ、どんな些細なことでも構いませんので、宜しくお願いします。本年度から配属になる、渡目<わため>君です。」


紹介を終えると、黒いスーツに金色のバッヂを輝かせ、頭に包帯を巻いた男が前に出てきた。


男は、わずかに違和感を覚える。


あれは——


伏せた目の目線の先にいたのは百合だった。彼は百合を確認すると、目つきを変えた。


百合はそれに気づいてはいなかった。


「渡目君」

「あ、すみません」


司牙がマイクを彼に譲ると、挨拶を始めた。


「ご入学おめでとう御座います。怪警察所属特殊班一課の渡目です。皆様の安全と共に、学院生活のお手伝いさせていただきたく存じます。よろしくお願いいたします」

彼の挨拶が終わると、司牙は号令をかける。


「敬礼!」


拍手が響き渡った。百合も遅れて拍手を送る。改めてみると、警察官としての司牙は立派に見えた。



——怪警察一課のみなさま、ありがとうございます。また合わせて本日から保健室に非常勤講師として新たに1名、幕本先生が配属されます。担当科目は保健体育、保健科学です。


マイクを渡されると、キョドった雰囲気でペコペコ頭を下げる白衣の男が前に出る。


「えっと、今年から担当させていただきます、保健の幕本です。よろしくお願いします」


——幕本先生は大学院で医療薬を学びながら、また医療現場でも活躍された経験から、保健室の先生も担当されます。渡目さんと幕本先生は、たまたまミイラ属とのことですが、お二人は特にご親戚という関係ではないようです。


「あ、はい。僕は診察専門ですので、悪い人、あぁ、具合の悪い人は遠慮なく来てくださいねえ」


会場が笑いで包まれ、彼にも拍手が送られた。


無事何事もなく式を終えた、と言いたいところだが、とりあえず百合はこの式が終わったら司牙に事情聴取することに決めた。

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