第41話 あなたは知らなくてもいいことです

 僕の中で何かどす黒いものがどろどろととぐろを巻いているような気がする。


「僕は、自分は善人として生きていきたいと思っているんです。だけど、この力を得てから何かが狂ってきた。善人としてあるべき選択をしないときが増えてきました」


 口ずさみながらミシェルのもとへ歩む。


「ジャスティンさんがあの炎の中で生きていたとわかったのに、僕は治癒魔法をかけなかったんです。今の僕ならそれができたはずなのに」


 短剣の輝きに僕は酔いしれてしまっているかのような感覚だった。


「僕はわかってました。ファルタさんは確かに新人殺しに加担していました。でも、あえて僕を守るために死んだと言えば、ジャスティンさんがどういう行動に出るか」


 スライムの中でジャスティンさんはもう動くことはなかった。


「誇り高い友と同じ道を選ぼうと決めたのです」


 そして足音が止まる。


「僕はわかっていて、そうなるように仕向けてしまいました」


 光の振動も止まる。


「僕はひどい人間になってしまいました」


 干からびたミシェルは今、このときに至ってもその敵意を目に宿していた。


「このクソガキ!」


 半身が不能になりながらもミシェルは魔法を放った。でも、分厚い魔法障壁がこの近距離にあっても完全に防御してしまった。


「な、なんで? Eランクのくせに……」


「なんでですかね」


「ジャスティンから教わったのか?」


「あなたは知らなくてもいいことです」


 ちょっと語気を強めて、敢えて顔を近づけてみせる。


「ひいい、こ、殺さないで……」


 つまらないことに、この状況においてミシェルはもっともみっともない姿をさらした。


「はははは、殺したりなんてしませんよ」


 さらに顔を近づけて額が触れ合うほどにまで迫った。


「だって、あなたは僕の仲間じゃない。敵なんですよ。敵は殺しても僕の役には立ちませんから」


「な、なにを言って……?」


「今日亡くなった方々はみんな僕の仲間でした。僕を殺そうとしたSランクの方々も」


「な、仲間……?」


「そしてジャスティンさんまで死んでくれたおかげでようやく十分な量まで達しました。あなたは僕の役に立てませんが、別の形でなら役に立てます。役に立ってみたいですか?」


 ずいと迫ると、ミシェルに残された答えは一つしかない。


「あ、ああ……そうしてくれ」


「ありがとうございます」


 その返事を得て僕は遠慮なく、ミシェルの干からびてない方の左腕を切り落とした。体内の水分がないせいで粘度の高い血液がだらりと零れ落ちる。


「ようやく溜まったんですよ。修復できるまでの魔力が」


 切り落とした腕を自分の切り落とされた右腕に宛がうと、激しい光を伴って一度腕はどろりと形を失い、改めて形を成すと、僕の腕は元通りになっていた。


「人肉だとなじむのが早いですね」


「な……なんで、お前みたいな奴が修復師のスキルを……? どんなに若くても人間なら四〇を過ぎないと修復師になれるだけの能力は身につかないはず……」


「あなたは知らなくてもいいことです」


 僕は布の切れはしでミシェルの腕をきつく縛った。さらに治癒魔法をかける。


「ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げ、僕は背を向けた。


「僕は本当にひどい人間です。腕を修復したいが故にあれこれと魔法力を消耗しない戦い方ばかり考えて、結果的に本当の味方を追い詰めて死なせてしまいました」


「そ、そんなことはない。治癒魔法をかけてくれたじゃないか……」


「あなたみたいな人に認められても、何も嬉しくないですね」


 冷たく見下ろすと、ミシェルは目をそらせた。


「あなたは敵なので、これ以上の保護をする義理はありません。元気だったら自分でこのダンジョンを出るようにしてください」


「ちょ、待ってくれよ!」


「あ、そうか。物見鳥でしたっけ。あれを通じて助けを呼べばいいのか」


 ほとんどはミシェルの灼熱魔法でやられて蒸発してしまっていたが、まだ一羽だけ飛んでいる。


「ギルドマスターはこれまでの様子をご覧になってたんですよね。このような有様になってしまいました。ひどい有様です」


 だが、物見鳥を通じてギルドマスターの返事はなかった。


「僕もだいたいのことはわかりました」


 おそらくギルドマスターはこれを宣戦布告として受け取っただろう。


「ミシェルさん、ここに置いていきますから助けにきてあげてください。僕がこれ以上治癒したら、多分逆襲されて殺されちゃうんでできないんですよ」


 やはり物見鳥から返事はなかった。


「では、さようなら」


 僕はダンジョンの出口へ向かって歩き始めた。


「お……おい、待ってくれ……悪かった! 助けてくれ!」


 治癒魔法のおかげで痛みはほとんどないはずだ。だが歩きたくても右半身は干からびて動かせない。縛った傷口からはじわじわと血が流れ出ている。


 今からギルドの者が助けにきたところで間に合うはずがないだろう。


 むしろ治癒魔法のおかげで死までの時間が引き延ばされた。


 己の人生を悔いる時間だけを残して、僕は命乞いなど無視してその場から去った。

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命の魔剣に魅入られた僕は、裏切られる度に最凶へと成長する ヴォルフガング・ニポー @handsomizer

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