第24話 変わらぬ古巣

 馬車は徐々に減速し、その動きを止めた。レイズは視覚ではなく、振動が収まったことでそれを把握する。王都に近付いた際に、乗員室の窓は閉じられていた。

 恐らくは、開門の手続きを行うためだろう。外から人の声がするが、内容までは聞き取れない。


「王都、近くで見たかったなぁ」

「まぁ、護送車の窓が開いてたら、おかしいからな」

「そうだけどー、不満だよー」


 蓋をされた窓枠の隙間から漏れる陽光が、辛うじてサチの輪郭を照らす。言葉通りにむくれている様子だ。

 それも無理はないとレイズは思う。何日間も馬車と野営の繰り返しに耐え、ようやく目的地に到着したかと思えば、景色すら見られないのだ。


「落ち着いたら観光でもしような」

「うん、そーする」


 ご機嫌取りの言葉に対し、サチは素直に応じる。レイズは髪飾りでも買ってやろうと決めた。ただし、落ち着くのはしばらく先になるだろう、そんな予感もしていた。


 しばらく待つと、馬車が再び振動を始める。レイズが知る限り、王都に入るための検問にはもっと時間がかかったはずだ。マイアが何かしらの手を回したのだと、容易に予想がつく。


「わっ、揺れ方が違う」


 これまでの道のりとは違った、硬く細かな振動が車輪から乗員室へと伝わる。本当に王都まで来たのだと、レイズは改めて実感した。


「道が変わったんだよ」

「道?」

「王都は基本的に石畳だからな。地面が吸収してくれない。で、馬車の揺れ方が変わる」

「なるほど?」


 サチはあまり実感が湧かない様子だった。石で舗装された道があること自体が珍しいのだ。ましてや、石畳を馬車が走るなどという光景は、この国では王都でしか見られない。


「おーしーりーがー、痛いー」


 綿を仕込まれた座席でも吸収しきれない振動に疲れた頃、馬車が速度を緩め始めた。


「止まりそうだね」

「ああ」

「どこに止まるんだろ」

「そうだな」

 

 サチの問いに、レイズは記憶を巡らせる。形の上での尋問となるのであれば、治安維持部隊が管理する取調室の可能性が高い。


「取調室だろうなぁ」

「想像はしてたけど、楽しそうではないね」

「そんなもんさ」


 サチがため息をついた時、馬車は完全に停止した。外から鍵のかかった扉が開かれる。暗かった室内へと差し込む陽光に、レイズは右目を細めた。


「お疲れ様でした。どうぞこちらに」


 やや緊張した面持ちの隊員が、レイズを促す。外見から想定すると、かなり若い。サチより何歳か上、といったくらいだろうか。


「ありがとな、王都、楽しめるといいな」

「は、はいっ」


 レイズが治安維持部隊の訓練生になったのは、今の彼と同じような年齢だった。当時の自分を思い出すと、懐かしくも恥ずかしく、そして痛々しくもある。

 もう十五年近い過去の記憶だ。暴力に明け暮れていたレイズを、些細な権力と金で更生させようとした人がいた。その恩人は、今どこで何をしているのか、レイズは知らない。


「うお、眩しい」


 馬車の客室から外に出ると、気持ちのいい快晴だ。レイズに続いてサチも両足を石畳に下ろした。


「うわぁ、大きいね」

「やっぱり、でかいよな」


 二人の眼前には、石造りの武骨な建造物がそびえ立つ。治安維持部隊の本部が、陽の光を受け重厚な威圧感を放っていた。

 一般人も出入りする正門ではなく、関係者や拘束した者に使う通用門だ。重要参考人を入れるには、こちらの方が適している。

 

「とーさん、ここにいたの?」

「ああ、そうだな」

 

 サチはあんぐりと口を開き、レイズと彼の古巣を交互に見つめた。


「た、レイズさん、長旅お疲れ様でした」

「ああ、マイアこそ、お疲れさん。ずっと騎馬だったんだろ?」


 軽装鎧を身にまとったマイアが、金属音をたてつつ軽く頭を下げた。平然と振る舞ってはいるものの、多少の疲労も見て取れた。


「さっさと引き渡して、休んでくれ」

「いえ、そうはいきません。取調には同席します」

「そうか」

「今、部下が入門の手続きをしております。もうしばらくお待ちを」


 元部下は、今も変わらず責任感が強い。頼もしくもあり、いつか疲れ切ってしまわないかと心配でもあった。


「申し訳ありませんが、こちらは引き続き私が預からせて頂きます。はい、責任をもって、必ずお返しできるように」


 マイアが外套の裏からレイズの剣を見せる。自分の剣と共に、左の腰へと差していた。

 今のレイズはあくまでも、赤色病事件の重要参考人だ。こんなところで堂々と帯剣など、できるものではない。


「頼んだよ」

「はい!」


 レイズはマイアの意思を察し、彼女の肩を叩いた。万が一、剣が必要になる事態があった場合の保険ということだ。


「開けー!」


 門番の合図と共に、金属板で補強された扉が動き始める。


「ちょっと、怖いね」

「大丈夫だ。俺がついてる」


 治安維持部隊本部は、レイズとサチを飲み込むようにその入り口を開いた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月28日 21:15
2025年12月29日 21:15
2025年12月30日 21:15

追放騎士の大男、最強の娘と《赤い病》を追う 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画