後編「あの時の白、もう一度」

 僕は帰りの電車でわずかな記憶に耽った。


 あの時に会ったホワイト。何か特定できるための情報はなかったか?


 身長は?背は高く感じたが。いや、当時の僕は9歳だったんだ。女性として高かったのかはよくわからない。


 声もなんとなくは覚えているけど、それは今の状況で探しようがないし。




 そこで僕は気になる記憶の断片に注目した。


「必殺技」は?


 そうだ、あの時何か叫んでいた。足を高く上げて怪人の顔面に強烈な蹴りを入れていた。


 何か思い出せないか?あの時の言葉を。正確じゃなくてもいい。おぼろげなイントネーションもヒントになる。ヒーロー名鑑には必殺技も載っていたんだ。


 ビデオの巻き戻しを繰り返すように何度も記憶に耳を傾ける




『〇×△■twcp……ック!!』




 駄目だ。やっぱり思い出せない。それは何回も、何十回繰り返しても同じことだった。








 家の最寄駅に着いたときはもう17時だった。僕はせっかくの休日をほとんど無駄に使ってしまったようだった。


 


 そんな時だった。人目が少ない路地で小さな泣き声が聞こえた。嫌な予感がし、その声を求めて周りを歩くと、大きな二足歩行のワニ型怪人と、足をひきずるようにして逃げる女の子を目撃した。


 目の前で怪人に襲われている女の子。僕は真っ先にワニ星人に立ちふさがるように間に入る。


 戦略だとか、対策が頭にあったわけではなかった。大丈夫という確信があったからだ。


なぜなら・・・




「あっ、いえ違うんですよ。このお嬢ちゃんが迷子だったみたいで。あの、本当です。私今アルバイトの帰りでして、特別労働許可カードも持っています。ほんと、本当です。父も母も親日ですし、あーどっ、どうしよう…」




 おろおろとうろたえるワニ星人は、その大きな口と顎に似合わないくらい口をすぼめて弁明していた。その仕草や挙動も威嚇や警戒とは程遠く、牙に至っては明らかに殺傷能力が無いほどに短く丸く手入れをされ、ご丁寧にシリコン製の牙カバーをつけている。


 


 怪人が人間を襲っていたのはもうずいぶん昔の話。7年ほど前、つまり私がヒーローに救われて僅か1年後には怪人はヒーローに全面降伏を表明し、今後一切の敵対せず、人間に全面協力する条約を交わした。今の怪人情勢はというと、このワニ星人のように許可証を発行してもらう事で人間社会で働くようなシステムになっている。


 人間への危害、敵対の姿勢は重罪になっているのでめったな事では昔のような事件は起こらない。


 それでもまだまだ、こういった小さなトラブルは後を絶たない。そのためヒーローは対怪人の事件処理として活動をしている。


 私はヒーロー緊急番号に連絡し、トラブル課のヒーローに来てもらうことにした。






 10分後、ヒーロー車が駆け付け、青いマスクのヒーロー、つまりヒーローブルーが事務的な処理をしていた。


 最近のヒーローは屋根から現れたりなんかしない。民家から苦情、ひどければ訴訟を起こされるからだ。


 女の子は呼ばれた保護者と無事帰宅、ワニ星人も念のためとヒーロー署への任意同行が求められた。ワニ星人は抵抗することなく遅れてきたヒーロー車(この車の運転手はグリーンだった)に乗り込んで消えていった。




「ご協力どーも。まぁワニ星人に前科もなかったですし、特別労働許可カードも本物でした。大事にはならないでしょう」


 機械的に、悪く言えばやる気のなさそうに説明するヒーローブルー。面倒くさそうに書類に色々と記入している。


 僕はそのブルーの気だるそうな態度にほんの少しだけ不満を覚えていた。時折ため息をはき、肩が凝っているのか定期的に首を左右に傾けている。


 けど僕はそのブルーの声にひっかかりを覚えた。若干上ずったような高音と、態度に似合わないはきはきとした声質。




あれ?どこかで……




 僕の頭かきっちりとはまる感覚があった。


 帰ろうと背を向けたヒーローブルーに、僕は無意識に手を前に出す。


「ちょ、ちょっと待って!」


 その手が意図せずブルーの腰あたりに触れた。その瞬間目にもとまらぬ動きでブルーは反転し、その反転以上の凄まじいスピードで蹴りを繰り出した。


「オイスターホワイトキィーック!!」


 首のあたりに蹴りをまともに受けた僕は蹴りの反対側に吹っ飛んだ。比喩表現ではなく、本当に4~5mほど吹っ飛んだ。


 数秒後に我に返ったブルーは慌ててかけよる。




「ご、ごめんなさい!あなた大丈夫?つい反射的に……」心配そうに僕の顔を見つめるブルーだったが、今度は不思議そうにまじまじと凝視してくる。


「……?大丈夫?あなたなんで、そんな笑っているの?」


 鼻血がどくどくと顔を伝っている。それでも僕は顔がほころぶのを抑えられなかった。




「あなたを……あなたをずっと探していたんです」




やっと見つけた。僕の恩人。


オイスターホワイトキック。なんだか言いづらそうな必殺技だなと思った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの白、どこ行った? じろ @pink_sjiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ