第19話:「沈黙の火、王国を揺らす」

紅蓮王国・戦術庁本部。

石造りの会議室には、前回とは違う空気が漂っていた。

軍人だけでなく、文化省の代表、精霊研究者、詩学者までもが列席していた。

語りの火が、軍事を超えて議論されようとしていた。


ユグ・サリオンは、詩集を閉じたまま席に着いていた。

今日は語らない。

それが、彼の報告だった。


「……第十八戦術実験において、語りは封じられました。

語りの不在を中心に構成された戦術“沈黙の火”は、敵兵の心に残響を残しました。

言葉ではなく、沈黙が火を灯したのです」


会議室がざわめいた。

「語らないことで届いた?」「沈黙が戦術?」「それは、詩ではなく思想では?」


セリナ・ノクティアが、香環を手に説明を続けた。

「香りは、語りの前奏でした。

でも今回は、語りがなかった。

香りは“語られなかった感情”を運びました。

精霊たちは、沈黙に反応しました」


リュミナ・ヴァルティアが、沈黙の場の構造図を広げた。

「沈黙は、語りの余白ではなく、語りそのものになりました。

敵兵の心に、言葉ではない“空白の火”が残りました」


ヴァルド・グレイアは、剣を肩に担ぎながら言った。

「剣は振るっていない。

構えただけで、語りの不在を伝えた。

敵の剣が、一瞬だけ震えた。

それは、沈黙が届いた証です」


そして、イルミナ・フェルナは、魔術式の記録紙を抱えて席に座っていた。

彼女は誰とも目を合わせず、震える指先で紙を差し出した。


「……光魔術、残像干渉式。

語りの不在を、“感情の形”として視覚に定着。

敵兵の記憶に、“語られなかった感情”が残りました」


文化省の代表が、記録紙を見つめながら言った。

「これは……詩ではなく、構造だ。

語りがなくても、感情が届く。

それは、戦術ではなく文化的干渉では?」


精霊研究者が、精霊場の反応記録を示しながら言った。

「沈黙に反応した精霊は、語りに反応する精霊よりも深層に存在しています。

これは、精霊との“共鳴”ではなく、“共感”です」


詩学者が、ユグの詩集を手に取りながら言った。

「語りは、言葉で火を灯す。

でも、沈黙は、言葉の不在で火を残す。

それは、詩の“裏面”です。

あなたは、語りの裏側に踏み込んだ」


ユグは、静かに頷いた。

「語りが届かないなら、語らないことで届かせる。

沈黙が、火を灯す。

それが、語りのもう一つの形です」


イルミナは、顔を伏せたまま、小さく呟いた。

「……光が、“語られなかった感情”を描いた。

それが、記憶に残ったなら……よかったです」


文化省の代表が、しばらく沈黙した後、静かに言った。

「この戦術は、軍事評価だけでは不十分です。

語りは、兵士の心だけでなく、文化そのものに干渉しています。

今後、語り戦術は“思想干渉型構造”として、文化・軍事の両面から審査されます」


軍参謀長は、眉をひそめながら言った。

「思想干渉? それは、戦術ではなく、危険思想では?」


詩学者が、静かに言った。

「危険かどうかは、火の使い方次第です。

語りは、灯すことも、焼くこともできる。

それは、剣と同じです」


ユグは、詩集を閉じたまま、静かに言った。

「僕は、灯したい。

焼かずに、残したい。

語りの火が、誰かの影に宿るなら、それでいい」


会議が終わり、仲間たちは会議室を後にした。

廊下には、精霊がふわりと漂っていた。

語りの残響が、まだ空気の中に残っていた。


イルミナは、誰にも気づかれないように、そっとユグの後ろを歩いていた。

その背中は小さく、けれど確かな光を宿していた。


| 沈黙の火、王国を揺らす。

| 語りの不在が、軍事を超えて、文化に干渉し始めた。

| 小さな魔術士の光は、“語られなかった感情”を描き続けていた。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。

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