第20話:「帝国、存在否定型構造を構築する」

帝国軍本営、黒鋼の城砦。

戦術開発室には、異様な静けさが漂っていた。

壁には、語りの構造図が貼られていた。

だが、それは“破壊対象”として赤く塗り潰されていた。


将軍レオニス・ヴァルハルトは、剣を机に突き立てたまま、沈黙していた。

その周囲には、副官シュヴィル・カイネス、参謀ミルフィ・エルナ、そして新たに召集された精神構造技術者たちが集まっていた。


「……語りは、火だ。

沈黙でも届く。

ならば、火の痕跡すら残さない構造を作る。

“存在否定型構造”――それが、次の戦術だ」


ミルフィが、魔術式の断片を広げながら言った。

「従来の遮断型構造では、語りの残響が染み込んでしまう。

沈黙の火は、言葉を超えて届く。

ならば、語りの“存在そのもの”を否定するしかない」


シュヴィルが、眉をひそめた。

「それは、兵士の人格を消すことになる。

記憶だけでなく、感情、感覚、存在の輪郭まで消す。

兵士は、人間ではなくなる」


レオニスは、冷たく言い放った。

「構わん。

語りに焼かれるくらいなら、存在を消した方がいい。

勝つためには、語りの痕跡すら残さない兵が必要だ」


精神構造技術者の一人が、震える声で言った。

「……それは、“空白の兵”です。

語りに触れないだけでなく、語りを認識できない兵。

記憶に残らず、感情に響かず、光にも反応しない。

ただ命令に従うだけの存在」


ミルフィは、しばらく沈黙した後、静かに言った。

「それは、兵士ではなく、“構造体”です。

語りに届かない兵ではなく、語りを否定する器。

それが、帝国の答えになるのですか?」


レオニスは、剣を抜いた。

「語りは、幻想だ。

幻想に勝つには、現実を突きつけるしかない。

語りの火が沈黙でも届くなら、沈黙すら否定する。

それが、帝国の速攻だ」


その夜、帝国軍の訓練場では、存在否定型構造の初期実験が始まっていた。

兵士たちは、記憶遮断、感情封鎖、視覚曇化、聴覚遮断、香覚消去、そして“自己認識の希薄化”を施されていた。


「語りに届かぬ兵を育てる。

語りの痕跡すら残さない兵を作る。

それが、帝国の答えだ」


だが、その中で、一人の若い兵士が、訓練後にこう呟いた。


「……何も感じない。

でも、何かが足りない気がする。

空白の中に、何かが……残ってる」


その言葉は、記録されなかった。

だが、ミルフィはそれを聞いていた。

そして、静かに報告書の余白に書き加えた。


「語りの火は、存在を否定しても、空白に残る。

それが、残響の本質かもしれない」


| 帝国、存在否定型構造を構築する。

| 語りの火は、沈黙でも届き、空白に残る。

| 小さな魔術士の光は、“語られなかった感情”を描き続けていた。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。

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