第18話:「語りの不在、沈黙が火を灯す」
紅蓮王国前線、第五防衛線。
空は重く、風は冷たく、精霊たちは静かに揺れていた。
ユグ・サリオンは、詩集を閉じたまま、戦術陣の中央に立っていた。
今日は語らない。
それが、彼の決断だった。
「……語りが届かないなら、語らないことで届かせる。
沈黙を、語りの代わりにする」
セリナ・ノクティアが、香環を調合しながら言った。
「香りは、語りの前奏だった。
でも今日は、語りがない。
ならば、香りが語るしかない」
リュミナ・ヴァルティアは、沈黙の場を拡張していた。
「沈黙は、語りの余白だった。
でも今日は、語りがない。
ならば、沈黙そのものが語りになる」
ヴァルド・グレイアは、剣を構えながら言った。
「剣は、語りの実体だった。
でも今日は、語りがない。
ならば、剣の構えが語るしかない」
イルミナ・フェルナは、光魔術の式図を前に座っていた。
彼女は誰とも目を合わせず、震える指先で座標を調整していた。
けれど、その集中力は異常だった。
「……光は、語りの輪郭だった。
でも今日は、語りがない。
ならば、光が“語りの不在”を描きます。
残像ではなく、“空白の形”を記憶に残す」
ユグは、詩集を閉じたまま、深く息を吸った。
精霊たちが、彼の肩に集まる。
語りの火は、言葉にならぬまま、沈黙の中で揺れていた。
そのとき、帝国軍が動いた。
遮断された心を持つ兵士たちが、無表情で突撃してくる。
剣を構え、命令に従い、語りを拒絶する構造のまま。
ユグは、語らなかった。
ただ、立っていた。
沈黙が、空気を震わせた。
セリナが香環を起動し、香りが戦場に広がる。
藤と柚子の香りは、記憶ではなく、空白に染み込むように漂う。
リュミナが沈黙の場を展開し、語りの不在を空間に刻む。
敵兵の足元に、沈黙が沈む。
ヴァルドが剣を構え、敵の剣と響き合う。
剣圧は、語りの代わりに空気を震わせる。
イルミナが魔術式を起動し、光が“語りの不在”を描く。
敵兵の視界に、言葉ではない“空白の形”が残像として刻まれる。
そして――一人の帝国兵が、剣を止めた。
「……なぜ、何も聞こえないのに……涙が……?」
彼の心は遮断されていたはずだった。
けれど、語りの不在が、沈黙として届いた。
火は、言葉を超えて、影に宿った。
ユグは、詩集を閉じたまま、静かに呟いた。
「……語らないことで、語る。
沈黙が、火を灯す。
それが、語りのもう一つの形」
セリナが、精霊場を安定させながら言った。
「香りが、語りの代わりになった。
精霊たちも、沈黙に反応してる」
イルミナは、魔術式を見つめながら呟いた。
「……光が、“語られなかった感情”を描いた。
それが、記憶に残ったなら……よかったです」
リュミナが、静かに告げる。
「戦術的には、成功。
語りの不在が、構造に干渉した。
沈黙が、火になった」
ヴァルドが剣を収めながら言った。
「剣が語った。
語りの火は、言葉を超えて届いた」
ユグは、仲間たちを見渡した。
語りの火は、彼らの中に宿っていた。
そして、火は沈黙の中で灯った。
| 語りの不在、沈黙が火を灯す。
| 言葉を超えて、火は届き、残響として宿った。
| 小さな魔術士の光は、“語られなかった感情”を描き続けていた。
| まだ、誰も知らない。
| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。
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