第17話:「帝国、染み込む火に気づく」

帝国軍本営、黒鋼の城砦。

戦術記録室には、再び沈黙が満ちていた。

壁には新たな報告書が貼られていた。

その表紙には、こう記されていた。


「戦術干渉:語りの火、再設計版。

構造名:六星の残火・改。

影響:限定的。だが、記憶に残る」


副官シュヴィル・カイネスは、報告書を手に震えていた。

「……今回は、語りが直接届いたわけではありません。

兵士たちは“何かが残った”と証言しています。

言葉ではなく、感情の形が記憶に残ったと」


将軍レオニス・ヴァルハルトは、報告書を睨みつけていた。

「感情の形? 語りが届かないのに、記憶に残る?

それは、火ではなく――染み込む毒だ」


参謀ミルフィ・エルナが、慎重に言葉を選びながら口を開いた。

「毒ではなく、残響です。

語りが直接届かなくても、香り・光・沈黙・剣・妄想が火を運んでいる。

兵士の心に、後から燃える火が残っている」


レオニスは、拳を机に叩きつけた。

「幻想だ。

語りが届かないなら、勝ちだ。

だが、記憶に残るなら――それは、敗北の種だ」


シュヴィルが、報告書の一節を読み上げた。

「“語りの残像が、光として視界に残った。

言葉ではなく、感情の形が焼き付いた。

それが、なぜか涙を誘った”」


ミルフィが、静かに言った。

「イルミナ・フェルナ。

紅蓮王国の光魔術士。

彼女の魔術式が、語りの輪郭を“感情の形”に変えた。

それが、兵士の心に残った」


レオニスは、剣を壁に突き刺しながら言った。

「ならば、光を遮断する。

語りの火が染み込むなら、皮膚を硬化させる。

心を閉じるだけでは足りない。

視界も、嗅覚も、聴覚も、すべて遮断する」


ミルフィは、しばらく黙っていた。

そして、静かに言った。


「……それは、兵士を“人間”ではなくする。

語りに届かない兵士は、勝てるかもしれない。

でも、語りに触れない兵士は、何も残せない」


レオニスは、冷たく言い放った。

「残す必要はない。

勝てばいい。

語りは、火だ。

ならば、水で消せばいい」


その夜、帝国軍の訓練場では、新たな遮断訓練が始まっていた。

兵士たちは、視界を曇らせる魔術式を装着し、香りを遮断する薬を服用し、耳に干渉防壁を貼っていた。

心だけでなく、五感すべてを閉じる。


「語りに届かぬ兵を育てる。

それが、帝国の答えだ」


だが、その中で、一人の若い兵士が、訓練後にこう呟いた。


「……でも、あの光は、消えなかった。

目を閉じても、残っていた。

語りじゃない。

でも、何かが、心に残った」


その言葉は、記録されなかった。

だが、ミルフィはそれを聞いていた。

そして、静かに報告書の余白に書き加えた。


「語りの火は、届かなくても、残る。

それが、残響の本質かもしれない」


| 帝国、染み込む火に気づく。

| 語りの火は、構造を越えて、心に残る形を持ち始めた。

| 小さな魔術士の光は、語りの輪郭を描き続けていた。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。

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