第16話:「語りの火、再設計の実戦へ」

紅蓮王国前線、第四防衛線。

空は曇り、風は冷たく、戦場は静かだった。

だが、その静けさは嵐の前のものだった。


ユグ・サリオンは、詩集を胸に抱え、戦術陣の中央に立っていた。

胃痛はいつも通り、精霊たちは肩に集まり、語りの火はまだ言葉にならぬまま揺れていた。


「……今日は、届かなくてもいい。

火が染み込めば、それでいい」


彼の言葉に、仲間たちは静かに頷いた。


セリナ・ノクティアは香環を調合し、香りを“記憶”ではなく“無意識”に届くように変えていた。

リュミナ・ヴァルティアは沈黙の場を“余韻”として設計し、語りの残響を空間に残す準備をしていた。

ヴァルド・グレイアは剣を“共鳴”の構えに変え、敵の剣と響き合うように立っていた。

イルミナ・フェルナは、光魔術の式図を前に座り、語りの軌道ではなく“感情の形”を描く準備をしていた。


彼女は誰とも目を合わせず、震える指先で座標を調整していた。

けれど、その集中力は異常だった。


「……光、感情の形に変換完了。

残像、語りの代わりに……心の輪郭を刻みます」


ユグは、彼女の言葉に静かに頷いた。

「ありがとう、イルミナ。

君の光が、火の届き方を変えてくれる」


そのとき、帝国軍が動いた。

遮断された心を持つ兵士たちが、無表情で突撃してくる。

剣を構え、命令に従い、語りを拒絶する構造のまま。


ユグは、詩集を開いた。

語りの火が、空気を震わせる。


「命は、語りで選ぶものだ。

君の心が閉じていても、火は君の影に宿る。

語りは、届かなくても、残る」


セリナが香環を起動し、香りが戦場に広がる。

藤と柚子の香りは、記憶ではなく、無意識に染み込むように漂う。


リュミナが沈黙の場を展開し、語りの余韻を空間に残す。

敵兵の足元に、語りの残響が沈む。


ヴァルドが剣を構え、敵の剣と響き合う。

剣圧は威圧ではなく、共鳴。

敵兵の剣が、一瞬だけ震える。


イルミナが魔術式を起動し、光が語りの代わりに“感情の形”を描く。

敵兵の視界に、言葉ではない“揺らぎ”が残像として刻まれる。


そして――一人の帝国兵が、剣を止めた。


「……なぜ、涙が……?」


彼の心は遮断されていたはずだった。

けれど、語りの火は、香りと光と沈黙と剣と妄想を通して、彼の影に宿っていた。


ユグは、詩集を閉じた。

「……届いた。

語りではなく、残響として。

火は、染み込んだ」


セリナが、精霊場を安定させながら言った。

「香りが、彼の無意識に届いた。

精霊たちが、火を運んだのよ」


イルミナは、魔術式を見つめながら呟いた。

「……光が、感情の形を描いた。

それが、記憶に残ったなら……よかったです」


リュミナが、静かに告げる。

「戦術的には、限定的成功。

語りは届かずとも、残響が染み込んだ。

遮断された構造に、火が滲んだ」


ヴァルドが剣を収めながら言った。

「剣が響いた。

語りの火は、刃の影に宿った」


ユグは、仲間たちを見渡した。

語りの火は、彼らの中に宿っていた。

そして、火は届き方を変え、心に残った。


| 語りの火、再設計の実戦へ。

| 遮断された心に、火は染み込み、残響として宿った。

| 小さな魔術士の光は、感情の形を描き続けていた。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る