第15話:「語りの再設計、火の届き方を変える」
紅蓮王国前線基地の戦術設計室。
壁には、語りの構造式がびっしりと貼られていた。
詩集、魔術式、精霊の軌道図、剣の圧力曲線――すべてが再構築の対象だった。
ユグ・サリオンは、机に伏せるようにしてノートを睨んでいた。
胃痛は限界に近く、精霊たちも不安げに彼の肩に集まっていた。
「……語りが届かない。遮断された心には、火が燃えない。
ならば、火の届き方を変えるしかない」
セリナ・ノクティアが、香環を調合しながら言った。
「香りの配合を変えるわ。
記憶を揺らすだけじゃなく、“無意識”に染み込む香りにする。
語りが届かなくても、香りが残れば、火種になるかもしれない」
リュミナ・ヴァルティアは、沈黙の場を再設計していた。
「沈黙を“空白”ではなく、“余韻”として設計する。
語りが届かないなら、沈黙が語る。
それが、残響の新しい形」
ヴァルド・グレイアは、剣の構えを変えていた。
「剣圧を“威圧”から“共鳴”に変える。
敵の剣と響き合うように構えることで、語りの火を剣に宿す」
そして、イルミナ・フェルナは、光魔術の式図を前に座っていた。
彼女は誰とも目を合わせず、震える指先で座標を調整していた。
けれど、その集中力は異常だった。
「……光の残像を、“語りの軌道”から“感情の軌道”に変えます。
語りが届かなくても、光が“感情の形”を記憶に残せば……
火は、後から燃えるかもしれない」
ユグは、彼女の言葉に目を見開いた。
「……感情の形、か。
語りが届かなくても、形が残れば、誰かの中で燃える。
それは、火の“遅延発火”だ」
イルミナは、顔を赤くしながら小さく頷いた。
「……怖いですけど。
でも、語りが届かないまま終わるのは、もっと怖いです」
ユグは、彼女の言葉に静かに微笑んだ。
「ありがとう、イルミナ。
君の光が、火の届き方を変えてくれる」
その日、戦術設計室では新たな構成が練られた。
語りの火は、直接届くものから、“残響として染み込むもの”へと変化しようとしていた。
ユグは、詩集を開いた。
語りの構造を、言葉ではなく“届き方”として再設計する。
「語りは、火だ。
でも、火は燃えるだけじゃない。
灯ることも、染み込むことも、残ることもできる。
君の心が閉じていても、火は、君の影に宿る」
精霊たちが、語りに反応した。
風が揺れ、香りが漂い、光が軌道を描き、影が沈黙を包み、剣が共鳴し、妄想が静かに燃えた。
セリナが、香環を見つめながら言った。
「……香りが、語りの“前奏”から“余韻”に変わった。
精霊たちも、火の届き方に驚いてる」
リュミナが、沈黙の場を調整しながら言った。
「沈黙が、語りの“間”ではなく、“語りそのもの”になった。
届かない語りは、沈黙として残る」
ヴァルドが、剣を構えながら言った。
「剣が、語りの“刃”ではなく、“響き”になった。
敵の剣と共鳴することで、語りが剣に宿る」
イルミナは、魔術式を見つめながら呟いた。
「……光が、語りの“輪郭”ではなく、“感情の形”になった。
それが、記憶に残れば、火は後から燃える」
ユグは、詩集を閉じた。
「六星の残火、再設計完了。
火は、届き方を変えた。
次は、試す番だ」
| 語りの再設計、火の届き方を変える。
| 遮断された心に、火は染み込み、残響として宿る。
| 小さな魔術士の光は、感情の形を描き続けていた。
| まだ、誰も知らない。
| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。
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