第14話:「語りの火、速攻に試される」

紅蓮王国前線、第三防衛線。

朝霧が薄れ、空が白く染まり始めた頃、警報が鳴った。

帝国軍の速攻部隊が、異常な速度で接近していた。


ユグ・サリオンは、詩集を胸に抱え、胃痛を抱えながら戦術陣の中央に立っていた。

周囲には、セリナ・ノクティア、リュミナ・ヴァルティア、イルミナ・フェルナ、ヴァルド・グレイア。

六星の残火、全構成員が揃っていた。


「……帝国の新戦術、“断裂の牙・改”。

感情遮断と命令同期による速攻型。

語りが届く前に、心を閉じて突撃してくる」


リュミナが、沈黙のまま魔術式を展開する。

セリナは香環を地面に置き、精霊場を整える。

ヴァルドは剣を構え、イルミナは光魔術の座標を調整していた。


ユグは、詩集を開いた。

「語りの火が、届くかどうか――試される日だ」


そのとき、帝国兵が視界に現れた。

彼らは無表情で、剣を構え、一直線に突撃してくる。

目に感情はなく、耳は閉じられ、心は遮断されていた。


「……語りが、届かない」


ユグの声が、わずかに震えた。

精霊たちが、彼の肩に集まる。

けれど、語りの火は、空気を震わせても、心に届かない。


「第一構成、発動。香りによる記憶干渉」


セリナが香環を起動し、藤と柚子の香りが戦場に広がる。

だが、帝国兵は反応しない。

記憶は封じられ、香りは届かない。


「第二構成、光と影による空間揺らぎ」


イルミナが魔術式を展開し、光の残像が剣の軌道に重なる。

リュミナが沈黙の場を広げ、敵の思考を遅延させようとする。

だが、帝国兵は止まらない。

命令だけに従い、語りの余白を無視して突撃してくる。


「第三構成、語りによる心理浸透」


ユグが語り始める。


「命は、剣で守るものではない。

命は、語りで選ぶものだ。

君の心は、何を守りたい?

君の記憶は、何を残したい?」


だが、語りは届かない。

帝国兵の心は、閉じられていた。


「第四構成、妄想による映像干渉」


精霊たちが、敵兵の視界に幻想を映す。

だが、彼らは幻を見ても、足を止めない。

妄想は、遮断された心に届かない。


「第五構成、剣圧による威圧封鎖」


ヴァルドが剣を振るわずに構える。

空気が震え、精霊が刃の影を添える。

一瞬、帝国兵の足が止まる。

だが、すぐに再び動き出す。


「第六構成、沈黙による残響固定」


リュミナが沈黙を広げる。

語りの余韻が空間に残る。

イルミナの光が、語りの軌道を残像として刻む。


そして――一人の帝国兵が、剣を止めた。


「……なぜ、涙が……?」


彼の目に、語りの残像が焼き付いていた。

遮断しきれなかった心が、語りに触れた。


ユグは、詩集を閉じた。

「……届いた。

一人だけでも、語りが届いた」


セリナが、精霊場を安定させながら言った。

「香りが、彼の記憶を揺らした。

精霊たちが、語りを運んだのよ」


イルミナは、魔術式を見つめながら呟いた。

「……光が、語りの輪郭を描いた。

それが、記憶に残ったなら……よかったです」


リュミナが、静かに告げる。

「戦術的には、敗北。

語りは届いたが、構造は崩された。

帝国の速攻は、語りの火を試した」


ユグは、胃を押さえながら立ち上がった。

「でも、火は消えていない。

届かない相手にも、語りは残響を残す。

それが、火の本質だ」


ヴァルドが剣を収めながら言った。

「次は、届かせる。

剣と語りで、心を開かせる」


| 語りの火、速攻に試される。

| 心を閉じた兵に、火は届かず、構造は揺らいだ。

| だが、小さな魔術士の光は、語りの輪郭を描き続けていた。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。

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