第13話:「帝国、速攻の再構築」
帝国軍本営、黒鋼の城砦。
戦術開発室には、冷たい光が差し込んでいた。
壁には戦術図が並び、床には訓練用の魔術式が刻まれている。
その中心に、将軍レオニス・ヴァルハルトが立っていた。
「……語りの火は、幻想だ。
だが、幻想が兵士の心を焼いた以上、現実で叩き潰すしかない」
彼の声は冷たく、鋭かった。
周囲には、速攻型戦術の開発チームが集まっていた。
副官シュヴィル・カイネス、参謀ミルフィ・エルナ、そして新たに召集された魔術士たち。
「六星の残火。語り・香り・影・光・剣・妄想。
その構成は、心理干渉と空間操作に特化している。
ならば、我々は“速度と遮断”で対抗する」
ミルフィが、魔術式の図面を広げながら言った。
「新戦術案:断裂の牙・改。
構成要素は、感情遮断・視界強制・命令同期・魔力加速・反語干渉・記憶封鎖。
語りの火が届く前に、兵士の心を“閉じる”」
シュヴィルが眉をひそめた。
「兵士の精神負荷が大きすぎる。
感情遮断と記憶封鎖を同時に行えば、人格崩壊の危険がある」
レオニスは、剣を壁に突き刺しながら言った。
「構わん。
語りに焼かれるより、心を閉じて勝つ方がいい。
幻想に屈するくらいなら、人格など不要だ」
その言葉に、室内が静まり返った。
誰も反論できなかった。
それが、帝国の戦い方だった。
その夜、レオニスは一人、訓練場を歩いていた。
兵士たちは、感情遮断の訓練を続けていた。
記憶を封じ、語りに反応しない心を作る。
命令だけに従い、感情を排除する。
「語りに届く心は、戦場では不要だ。
幻想に勝つには、現実を突きつけるしかない」
彼は、空を見上げた。
星は見えなかった。
紅蓮王国の空とは違い、帝国の空は常に曇っていた。
そのとき、風が吹いた。
微かな香りが漂った。
藤と柚子。
紅蓮王国の精霊術師が使う香りだった。
レオニスは眉をひそめた。
「……香りまで届いているのか。
語りの残響は、風に乗るのか」
彼は、剣を抜いた。
空を斬った。
香りは消えた。
けれど、心の奥に、微かな揺らぎが残った。
「くだらない。幻想だ。
俺は、速さで勝つ」
彼は剣を収め、訓練場を後にした。
語りに届かぬ兵を育てる。
それが、帝国の答えだった。
一方、戦術開発室では、魔術士たちが新たな構成式を完成させていた。
断裂の牙・改。
語りの火に対抗する、速度と遮断の戦術。
ミルフィが、式図を見つめながら呟いた。
「……でも、語りは残響を持つ。
届いた後に、兵の心を焼く。
速さだけでは、残響を防げないかもしれない」
シュヴィルが、静かに言った。
「ならば、残響が届く前に、語り手を潰す。
ユグ・サリオン。
その語りが届く前に、沈黙させる」
ミルフィは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……語りは、火ではなく、神話になりつつある。
それを潰すには、ただの剣では足りない。
我々は、“語りを否定する構造”を作らなければならない」
レオニスは、剣を握り直した。
「ならば、構造を叩き潰す。
幻想を焼き払う。
語りの火など、灰にすればいい」
| 帝国、速攻の再構築。
| 語りの火に対抗するため、心を閉じ、速度を武器にする。
| 小さな魔術士の光は、語りの輪郭を描き続けていた。
| まだ、誰も知らない。
| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。
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