第12話:「語りの火、王国を揺らす」
紅蓮王国・戦術庁本部。
石造りの会議室には、重厚な空気が満ちていた。
王国軍の上層部が一堂に会し、前線で発動された新戦術「六星の残火」の報告を待っていた。
ユグ・サリオンは、詩集を胸に抱え、胃痛を抱えながら席に着いていた。
その隣には、セリナ・ノクティアとリュミナ・ヴァルティア。
少し離れた席には、イルミナ・フェルナが小さく身を縮めて座っていた。
「……戦術報告を始めます」
リュミナが静かに立ち上がり、淡々と語り始めた。
「六星の残火は、語りを中心に構成された心理・空間・視覚・記憶干渉型戦術です。
構成要素は、語り・香り・影・光・剣・妄想。
敵兵の戦意を非暴力的に崩壊させ、死者ゼロでの戦術的勝利を達成しました」
会議室がざわめいた。
「死者ゼロ?」「戦術的勝利?」「語りで?」
軍参謀長ヴェルド=グランが、眉をひそめて言った。
「語りは戦術ではない。詩は兵を動かさない。
精霊は気まぐれだ。
それが軍の構造に組み込まれるなど、前例がない」
ユグは、静かに詩集を開いた。
「語りは、命に届く火です。
剣が肉体を裂くなら、語りは心を揺らす。
精霊は、その揺らぎに共鳴します。
構造は、偶然ではなく設計です」
セリナが香環を差し出した。
「香りによる記憶干渉は、精霊場の安定に寄与しています。
敵兵の戦意低下は、香りと語りの連携によるものです」
ヴァルドが剣を肩に担ぎながら言った。
「剣は振るっていない。
構えただけで、語りの火に刃の影を添えた。
敵兵は、剣を抜く前に心を折られた」
そのとき、イルミナが震える手で魔術式の記録紙を差し出した。
誰にも目を合わせず、声もかすれていた。
「……光魔術、残像干渉式。
語りの輪郭を視覚に……定着。
敵兵の記憶に、語りの残像が……刻まれました」
参謀長が紙を受け取り、目を細めた。
「これは……魔術式か?
語りの軌道を、光で視覚化したのか?」
イルミナは、小さく頷いた。
顔は赤く、指先は震えていた。
けれど、魔術式は完璧だった。
「……敵兵は、語りを“神託”と誤認しました。
記録不能とされ、ユグ・サリオンは“古き伝承の悪夢”と呼ばれ始めています」
会議室が再びざわめいた。
「神話化?」「記録不能?」「悪夢?」
軍上層部の一人が立ち上がった。
「これは、軍事ではなく宗教ではないのか?
兵士の心を焼く語りなど、制御不能だ。
副作用は? 術者の負荷は?」
ユグは、胃を押さえながら答えた。
「副作用は、あります。
語りが届きすぎると、術者の精神と肉体に負荷がかかる。
でも、それでも命が残るなら、僕は火を灯します」
セリナが、そっとユグの肩に触れた。
「彼の語りは、優しい火です。
焼くのではなく、照らす火。
精霊たちも、そう言ってました」
イルミナは、椅子の端で小さく呟いた。
「……私の光も、照らせてたなら……よかったです」
その言葉に、ユグは微笑んだ。
「君の光がなければ、語りは記憶に残らなかった。
ありがとう、イルミナ」
参謀長は、しばらく沈黙した後、静かに言った。
「……語りの火は、確かに届いたようだ。
だが、軍として採用するには、構造の安定と術者の安全が必要だ。
今後、戦術評価委員会にて正式審査を行う」
ユグは、静かに頷いた。
「語りが制度に届くなら、それもまた火の役割です」
会議が終わり、仲間たちは会議室を後にした。
廊下には、精霊がふわりと漂っていた。
語りの残響が、まだ空気の中に残っていた。
イルミナは、誰にも気づかれないように、そっとユグの後ろを歩いていた。
その背中は小さく、けれど確かな光を宿していた。
| 語りの火、王国を揺らす。
| 制度と構造が、火に触れ、揺らぎ始めた。
| 小さな魔術士は、誰よりも静かに、語りの輪郭を描いていた。
| まだ、誰も知らない。
| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。
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