第11話:「剣士ヴァルド、語りに加わる」

紅蓮王国前線基地の訓練場。

朝の光が剣の刃に反射し、空気が張り詰めていた。

ヴァルド・グレイアは、黙々と剣を振っていた。

その動きは無駄がなく、鋭く、静かだった。


ユグ・サリオンは、少し離れた場所からその姿を見ていた。

詩集を胸に抱え、胃痛を抱えながら。


「……剣が語ってるみたいだ」


セリナ・ノクティアが隣で微笑んだ。

「彼の剣は、言葉を持ってる。

語りに加われば、火に実体が宿るわ」


ユグは頷いた。

「語りは、空気を震わせるだけ。

でも、剣が加われば、震えが形になる。

それは、届くということだ」


そのとき、ヴァルドが剣を収め、こちらに歩いてきた。

彼の瞳は鋭く、けれどどこか静かな熱を宿していた。


「……俺の剣、語りに加えてくれ。

振るわずとも、威圧は届く。

語りの火に、刃の影を添える」


ユグは、少し驚いたように目を見開いた。

「君が、語りに加わるのか?」


「語りだけじゃ、届かない相手もいる。

剣があれば、語りの輪郭が強くなる。

俺は、語りの“実体”になる」


セリナが、香環を調整しながら言った。

「語りの火に、香りと光と影と妄想が加わった。

でも、剣が加われば、戦術は完成する」


ユグは、詩集を開いた。

「では、構成を再調整しよう。

六星の残火――剣の位相を強化する」


そのとき、イルミナ・フェルナが魔術式の記録紙を抱えて現れた。

彼女は誰とも目を合わせず、部屋の隅にそっと座った。


ユグが彼女に気づくと、イルミナはびくりと肩を跳ねさせた。

顔を赤くしながら、小さく頷いた。


「……光魔術、剣の動きに……同期させます。

残像、語りと……剣の軌道に……重ねます」


ヴァルドは、イルミナの言葉に少しだけ目を細めた。

「……君の光、鋭いな。

剣の軌道が、語りの残像になる。

それなら、敵の視界に“語りの刃”が残る」


イルミナは、顔を伏せたまま、小さく呟いた。

「……怖くないですか?

語りが、刃になるの……」


ユグは、彼女の言葉に静かに答えた。

「怖いよ。

でも、火が届かない相手には、刃が必要だ。

それでも、命を奪わないように――語りの刃は、威圧だけでいい」


ヴァルドが、剣を抜いた。

「振るわずに、届かせる。

それが、俺の役割だ」


その日、戦術室では新たな構成が練られた。

語りの火に、剣の影が添えられた。

光が軌道を描き、香りが記憶を揺らし、影が沈黙を包み、妄想が心を揺らした。


ユグは、詩集を開いた。

語りが、空気を震わせた。


「命は、刃で奪うものではない。

命は、語りで選ぶものだ。

君の剣は、誰のために振るう?

君の心は、何を守りたい?」


ヴァルドが、剣を構えた。

振るわず、ただ構えただけで、空気が震えた。

イルミナの光が、剣の軌道を残像として描いた。


敵兵の視界に、語りの刃が残った。

言葉が、形を持ち、記憶に刻まれた。


リュミナが、静かに告げた。

「戦術、再構成完了。

六星の残火、剣の位相強化。

語りの火に、実体が宿った」


ユグは、仲間たちを見渡した。

セリナの香り、リュミナの沈黙、イルミナの光、ヴァルドの剣。

語りの火は、彼らの中に宿っていた。


イルミナは、部屋の隅で魔術式を見つめていた。

誰にも褒められようとせず、ただ式の美しさを確認していた。

けれど、その背中には、確かな誇りが宿っていた。


ヴァルドは、剣を収めながら言った。

「語りの火は、優しい。

でも、優しさだけじゃ届かない相手もいる。

だから、俺が刃になる。

振るわずに、届かせる」


ユグは、静かに頷いた。

「ありがとう、ヴァルド。

君の剣が、語りを形にしてくれた」


| 剣士ヴァルド、語りに加わる。

| 語りの火は、刃の影を得て、命に届く準備を整えた。

| 小さな魔術士は、語りの軌道を光で描き、戦場を照らしていた。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。

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