第7話:「六星の残火、設計完了」

紅蓮王国前線基地の戦術設計室。

壁一面に広がる魔術式と戦術図。

空気は張り詰めていたが、どこか柔らかい緊張感が漂っていた。


ユグ・サリオンは詩集を開き、ノートを広げていた。

胃痛はいつものように軋んでいたが、今日はそれすらも戦術の一部に思えた。


「……これが、完成形だ。

六星の残火。語り・香り・影・光・剣・妄想。

六つの要素が、戦場を揺らす」


彼の声に、仲間たちが静かに応じる。

セリナ・ノクティアは香環を手に微笑み、リュミナ・ヴァルティアは沈黙のまま頷いた。

ヴァルド・グレイアは剣を磨きながら、無言で構えを整えていた。


そして、部屋の隅――誰よりも離れた場所に、イルミナ・フェルナがいた。


彼女は、光魔術の式図を前に、震える指先で座標を調整していた。

誰とも目を合わせず、誰にも話しかけず、ただ魔術式と向き合っていた。

その姿は、小動物のようにおどおどしていたが、魔術式の精度は異常なほど美しかった。


「……イルミナ、準備は?」


ユグが声をかけると、彼女はびくりと肩を跳ねさせた。

顔を赤くしながら、小さく頷く。

声は出ない。けれど、魔術式は完璧だった。


「光魔術、残像干渉式……座標、固定……エネルギー配分、完了……」


彼女の声はかすれていたが、式図は揺るがなかった。

数式が空間に浮かび、光が語りの輪郭を描き始める。


セリナがそっと囁く。

「……あの子、誰よりも努力してる。

昨日も、誰もいない部屋で魔術式を百回以上書き直してた」


リュミナが静かに言う。

「完璧主義。自分にしか届かない声を、魔術に変えてる」


ユグは、イルミナの背中を見つめた。

彼女は誰とも話さず、誰にも頼らず、ただ魔術式と向き合っていた。

けれど、その集中力は異常だった。


「……イルミナ。君の光がなければ、語りは届かない。

ありがとう」


彼の言葉に、イルミナは小さく震えた。

そして、ほんの一瞬だけ、ユグの方を見た。

目が合った。

彼女はすぐに視線を逸らしたが、その瞳には確かな光が宿っていた。


「……語りの輪郭、描きます。

残像、記憶に残るように……調整、します」


彼女の声は震えていたが、魔術式は揺るがなかった。

光が空間に広がり、語りの場が視覚化されていく。


ユグは、詩集を開いた。

語りが、空気を震わせた。


「命は、剣で守るものではない。

命は、語りで選ぶものだ。

君の心は、何を守りたい?

君の記憶は、何を残したい?」


精霊たちが語りに宿り、香りが揺れ、影が沈み、剣が震え、妄想が燃えた。

そして、イルミナの光が語りの輪郭を描いた。

残像が空間に残り、言葉が記憶に刻まれた。


リュミナが静かに告げる。

「戦術、成立。六星の残火、実戦投入可能」


ユグは、仲間たちを見渡した。

セリナの香り、リュミナの沈黙、ヴァルドの剣、イルミナの光。

語りの火は、彼らの中に宿っていた。


イルミナは、部屋の隅で魔術式を見つめていた。

誰にも褒められようとせず、ただ式の美しさを確認していた。

けれど、その背中には、確かな誇りが宿っていた。


ユグはそっと彼女に近づき、声を落とした。


「……イルミナ。君の光は、語りの記憶になる。

ありがとう。本当に」


彼女は、ほんの一瞬だけ顔を上げた。

そして、かすかに微笑んだ。

それは、誰にも見えないほど小さな笑顔だったが、語りの火よりも温かかった。


| 六星の残火、設計完了。

| 語りと精霊と沈黙と香りと剣と妄想、そして光が、命に届く火となった。

| 小さな魔術士は、誰よりも静かに、戦場を照らす準備を整えていた。

| まだ、誰も知らない。

| この火が、滅びを選ぶ日が来ることを。

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