らしくに怯えて
@sokoranozassou
序,夢見の悪い日
「
白いワンピースに包まれた、細さこそ正義と言わんばかりの痩せた体。見せつけるように首から下げられた金チェーンのネックレス。葬式会場に現れた場違いな人間は、誰から聞いたのか挑発するように私へ言い放つ。周囲のどよめきを無視して、その場違いな人間――私の母は、しわついた顔でにたぁっと
「あなたがもっと『 』らしくしていればよかったのよ」
鋭いものが胸に突き刺さったような痛みを感じる。思わずその場にへたり込んでしまった私に、とどめを刺すつもりだったのだろう。母は呪いしか吐かないその口を開いた。
「はぁ⋯⋯本当――」
こんな気持ち悪い失敗作、生むんじゃなかった。
バサッ、と勢いよく音を立てて、頭までかぶっていた掛け布団が払いのけられる。息を荒くして、跳ねるように上体を起こした。訳も分からず辺りを見渡してみても、母の嗤う顔はどこにもない。窓からのぞく朝日を顔に浴びて、私はようやくここが自宅のベッドの上であることに気が付いた。雀が木から飛び去って行く。
「⋯⋯最ッ悪⋯⋯」
また、あの夢を見てしまった。頭の中心がじわっと熱くなり、全身の強張った力が抜けていくのを感じる。抵抗しようともせず、私は再びベッドに身を預けた。しばらくぼんやりしていると、ベッドのサイドテーブルに置いてあるスマホへ着信。静かな部屋にコール音だけが響く。それを取ることすら今は面倒で、「迷惑電話であってくれ」と願いながら無機質なコール音を数えていた。1回、2回、3、4、5、6⋯⋯。
⋯⋯しつこい。まさかこいつ、出るまで鳴らし続けるつもりか? そう考えている間にも、コール音の回数はどんどん増えていく。10回目辺りで辛抱たまらなくなった私は、ミノムシのようにベッドの上を這い、何とかスマホを掴んで電話に出た。寝起きのガラガラな声を絞り出す。
「はい、
『蓮ちゃん、連絡遅れちゃったけどもしかして今起きた? 体調悪かったりする?』
その心配する声は、聞きなじみのあるものだった。私は急いで部屋の壁にかかっている時計とカレンダーを確認する。8時34分、今日は月曜日。高校がある日だ。
「え、うわ嘘!? もうこんな時間!?」
ベッドから焦って飛び降り時計をもう一度見ると、35分に針が進んでいた。その事実に心の中で爆発が起きる。
『あーあ、一限目間に合わないじゃん。どうするの? ⋯⋯なーんて』
「ごめんなさい、本当にごめんなさい⋯⋯! あーやっちゃった⋯⋯」
電話口から聞こえた声に焦りが加速する。いつも7時50分には学校に到着していたのに、あの夢のせいで大寝坊してしまった。床に転がったいろんなものを蹴り飛ばしながらクローゼットを開く。教員になって、早くも寝坊と遅刻だなんて。ハンガーにかかったスーツのセットをベッドの上に放り投げながら、私は軽い絶望を感じた。
『蓮ちゃん、違う! ごめん今の冗談! 大丈夫だからね! そんな急がなくて大丈夫だから落ち着いて準備して!』
その言葉に私は動きを止める。どちらにしろ最悪な状況であることには変わりないが、たしかに落ち着いていた方がまだいい。ドクドク脈打つ心臓を鎮めようと、ベッドに座って深呼吸をした。
「はぁ⋯⋯
床に散乱した物を拾いながら、溜息をつく。涼香先生は私が通っていた高校で保健室を担当していた親友のような人。高校を卒業してからは連絡を取っていなかったが、私が教員免許を取得し、配属された高校でたまたま再開したのである。電話越しの先生は笑って答えた。
『ふふっ、どうしたのー? 真面目な蓮ちゃんが珍しいじゃん。いい夢でもみてたのかな?』
「ん、まあそんなところ」
決していい夢ではないし、むしろあの日から繰り返し見てしまうくらい怖くて最悪の夢。でも寝坊したのは事実だから間違ってはいない。
「んじゃ、そろそろ行く。一限目の授業間に合うかな⋯⋯」
8時40分、電話をしている間にある程度の準備を終わらせられた私は、早速家を出る。ここから高校までは自転車で7~8分ほど、でも全力で漕いだら間に合うかもしれない。マンションの一階にある駐輪場へ走り、自転車のサドルにまたがる。四月上旬の冷たい空気に包まれながら、私はペダルを強く踏み込んだ。
らしくに怯えて @sokoranozassou
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