終戦なき八月 ― 宮城クーデター異聞

@vizantin1453

青年将校の決断!

 夜半過ぎの宮城前は、ざわめきに満ちていた。

 近衛第一師団の兵が次々に配置につき、暗闇の中、銃剣の鈍い光がちらつく。

 その奥の小さな部屋で、畑中健二少佐は汗を拭いながら、ひとりの男を待っていた。


 戸が開く。

 現れたのは、重い足取りのまま入室した陸軍大臣・阿南惟幾大将。

 白髪を交えた顔には深い疲労が刻まれていたが、その眼だけは鋭く、火を帯びていた。


 「阿南大臣閣下殿!」

 畑中が一歩進み出る。

「もはや時はありません。陛下は降伏を……国体を危うくされんとしておられるのです。我らは……!」


 言葉を遮るように、阿南は片手を上げた。

 部屋に緊張が走る。


 「……畑中少佐。そなたらの心、痛いほどに分かる」

  低く、しかしはっきりとした声だった。


 「このまま降伏すれば、皇統は踏みにじられ、国は蹂躙されるだろう。……我も、もはや一死をもって済ます段階ではないと悟った」


 畑中の瞳が揺れた。

 「……大臣、それは……!」


 阿南は机に拳を打ちつけ、絞り出すように告げた。

 「よいか! 陸軍は戦う。最後の一兵まで、最後の一銃まで! たとえこの身がどうなろうとも、国体を護るために!」


 室内にいた青年将校たちは一斉に息を呑み、そして歓声を上げた。

「大臣万歳!」

「これで我らの大義は生きる!」


 畑中は震える声で応じた。

 「必ずや、この決断を後世に伝えましょう。我らは、最後の武士として戦い抜きます!」


 その瞬間、孤立した叛乱は陸軍の総意へと変貌した。

 夜の帝都は運命の岐路に立ったのである。


 宮城の奥、暗がりの廊下を靴音が響く。

 畑中少佐と井田少佐は、阿南陸相からの「陸軍命令書」を手にしていた。


 「目標は録音盤の確保だ。天皇陛下の大御心を誤らせる詔勅など、世に出してはならん!」

 畑中の声が冷たく響く。

 先頭に立つ兵が頷き、銃剣を構えて進む。

 やがて、侍従たちが守る部屋の前に到達した。


 「ここは立入禁止であります!」

  緊張した声で侍従武官が制止する。


  畑中は一歩前へ。

 「阿南陸軍大臣の命である。玉音盤を渡されよ。国体護持のため、直ちに!」


 「し、しかし……これは陛下のご聖断により……」

  侍従武官が震える声を返す。


  すると井田少佐が拳銃を抜き、冷ややかに突きつけた。

 「その聖断こそ、曲解に満ちておる! 我らは陛下を真にお守りするのだ。渡せ!」


 数瞬の沈黙ののち、侍従が蒼白の顔で箱を差し出す。

 畑中はそれを受け取ると、声を震わせて叫んだ。


 「これで……日本はまだ戦える!」


 その頃、外では政府要人の拘束が始まっていた。

 鈴木貫太郎前首相の私邸に押し入った兵が、老宰相を囲む。


 「鈴木殿、失礼ながら、国家非常の時においては閣僚諸公のご自由はお許しできませぬ。しばし、我らと同行願う」


 鈴木は穏やかな表情で頷いた。

 「ついに……こうなったか。だが君らのすることは、陛下の真意を歪める暴挙だぞ」


 その言葉に、青年将校の一人が声を荒げる。

 「暴挙? 否! 敗戦こそ暴挙である! 我らは最後の一兵となるまで戦うのだ!」


 同じ頃、東久邇宮首相の邸宅も兵に囲まれた。

 宮は冷ややかに兵を見据え、低く問う。


 「貴様ら、この行為がいかに国を滅ぼすか分かっておるのか」


 畑中は一歩進み出て答えた。

 「殿下、滅びるのは降伏した国であります。戦う国は、たとえ灰となろうとも、未来に生き続ける!」


 東久邇宮は深いため息をつき、目を閉じた。

 「……もはや言葉は届かぬか。ならば歴史が貴様らを裁くだろう」


 こうして、玉音盤は失われ、政府首脳は次々に拘束された。

 十五日の暁に鳴り響くはずだった「終戦の詔勅」は闇に葬られ、代わりに陸軍の声明が国中へ流れることになる。


 翌朝……

 大本営陸軍部発表


 国民諸君に告ぐ。


 今や敵は奸智をもって我が国体を滅ぼさんとし、降伏を迫り来たる。

 然れども、これは真に国体護持を危うくし、皇統の万世一系を断たんとする奸策にほかならず。


 陛下の大御心は、断じて屈辱的講和にあらず。陸軍はこれを曲解する奸臣を排し、正しく奉戴して戦いを継続するものなり。


 我らはここに、全国民に告ぐ。


一、皇国は未だ敗れず。

一、陸軍は陛下を奉じて最後の一兵まで戦い抜く。

一、国民は総力を結集し、聖戦の完遂に邁進すべし。


 大臣阿南惟幾以下、陸軍将兵はここに死を誓う。

 万難を排して皇国を護り、子孫に恥じざる未来を残すべく、徹底抗戦を断行するものである。


 昭和二十年八月十五日

 陸軍大臣 阿南惟幾



 十五日正午。

 ラジオの前に膝をそろえて座った国民は、玉音放送を待っていた。敗戦を覚悟し、涙をこらえる者も多かった。


 だが、流れてきたのは、皇室風の荘重な声ではなかった。

 低く鋭い軍人の声が、電波に乗って全国に轟いた。


 「国民諸君に告ぐ──」


 瞬間、家々の空気が凍りついた。

 敗戦は避けられると思った者は歓喜し、長き戦に疲弊した者は絶望に打ちひしがれた。


 全国は、歓呼と悲嘆の入り交じる混乱の渦に呑み込まれていった。

 正午を過ぎ、玉音放送を待ちわびていた人々の耳に飛び込んだのは、あまりに異様な声だった。


 東京・下町の一軒家

 疎開から戻った娘を抱きしめていた母親は、ラジオの前で呆然とした。

 「……え? まだ戦うって、言ったの……?」

  隣で父親は膝を叩き、声を荒げた。


 「よし! まだ負けちゃいねえ! これでご先祖さまに顔向けできる!」

  母の目からは涙がこぼれ落ち、娘はただ怯えた顔で両親を見上げていた。



 名古屋・焼け跡のバラック

 家も財産も失った男たちが、壊れたラジオを囲んでいた。


 「……ふざけやがって。もうこれ以上、何を差し出せってんだ」

  ひとりが呟くと、別の男が拳を握りしめた。


 「降伏するって聞いたから……やっと休めると思ったのに……!」

  彼らの沈黙の中に、怒りと絶望がない交ぜとなった呻きが広がった。


 東北の農村

 村の青年団は、村人を集めてラジオを聴いていた。


 「陸軍が戦いを続けるってよ!」

  青年団長が声を上げると、周囲の老人たちが涙を流してうなずいた。


 「そうだ、それでこそ日本だ……。命を投げ出しても、戦わねばならん」

  しかし、若い母親たちは青ざめて互いに目を見交わした。


 「……これ以上、子を失ってどうするんだ」


 徴兵解除を待つ兵舎

 復員を心待ちにしていた兵士たちは、ラジオの声に絶句した。


 「……まだ続けるって、本気か?」

 「もう銃も弾もねえんだぞ! 竹槍で米軍と戦えってのか!」


 兵舎にざわめきが広がり、誰もが怒りとも恐怖ともつかぬ声を上げた。

 だが上官は鬼の形相で一喝する。

 「黙れ! 陸軍大臣のお言葉だ! これより再び戦闘準備に入る!」

  その瞬間、兵舎にはすすり泣きがこだました。


 疎開先の学童

 教師が子供たちを集め、ラジオを聴かせていた。放送が終わると、子供の一人が手を挙げた。


 「先生……もう、お父さん帰ってこないの?」

  教師は答えられず、ただ静かに子供の肩を抱いた。


  こうして日本の隅々まで、歓喜と絶望、憤怒と諦観が渦巻き、国民の心は真っ二つに割れた。


 戦争は終わらず、“もうひとつの八月十五日” が始まったのである。


♦♦


 太平洋の洋上・米海軍空母「ミズーリ」戦闘情報センター


 レーダー要員が紙テープの記録を持って駆け込む。

 無線傍受班が慌ただしくイヤホンを外し、士官に報告する。


 傍受士官(米軍大尉)

「サー! 東京からの放送を傍受しました……。これは……玉音放送のはずですが……」


 艦長代理(米軍大佐)

「はず……? 内容を言え。」


 傍受士官

「陛下が『戦争を継続する』と……明言されました! 日本軍は徹底抗戦を呼びかけております!」


 艦橋の空気が一瞬凍りつく。誰もが「終戦宣言」を予期していたからだ。


 大佐

「なんだと!? 冗談だろう……。マッカーサー元帥への報告を急げ!」


♦♦


 ウラジオストク・ソ連極東方面軍司令部

 無線室。耳を傾けていた将校が血相を変えて上官に報告に走る。


 無線士官(ソ連中尉)

「同志将軍! 東京放送を傍受しました。日本は降伏せず、皇帝自身が戦争継続を宣言!」


 極東方面軍参謀長(ソ連少将)

「Что!?(なんだと!?)……スターリン同志はすでに南樺太への進攻を命じられたが……この状況は……」


 通信参謀(ソ連大尉)

「これは好機か、それとも災厄か……。連合国は勝利を目前にしていたのに、日本は死に物狂いで戦う覚悟を固めたようです。」


 将校たちの顔に緊張が走る。

 ソ連は対日戦の「早期決着」を想定していたが、皇帝自ら抗戦を宣言した以上、長期戦の泥沼に引きずり込まれる危険があった。


 米軍太平洋艦隊司令部・グアム

 報告を受けたニミッツ元帥は椅子から立ち上がる。


 ニミッツ

「馬鹿な……玉音放送は降伏を告げるはずだった。どういうことだ!」


 参謀将校

「情報によれば、宮城でクーデターが発生、政府要人が拘束された模様です。軍の青年将校が天皇を担ぎ、抗戦を正当化している可能性が……」


 ニミッツ

「……連中、まだ戦うつもりか。ならば……原爆を投下しても意味がなかったということになる。」


 参謀たちは顔を見合わせた。

 広島・長崎の惨劇ですら、日本を止めることはできなかった。


 ワシントン・ホワイトハウス地下作戦室

 トルーマン大統領、スティムソン陸軍長官、マーシャル参謀総長らが集められていた。

 机の上には傍受した「抗戦放送」の英訳文。


 トルーマン

「……陛下自ら抗戦を呼びかけただと? 我々は、勝利の扉を手にしながら、再び血の海に引きずり込まれるのか。」


 スティムソン

「大統領、二発の原爆でも屈しなかった以上、もはや本土決戦は避けられぬかと。」


 マーシャル

「上陸作戦 ダウンフォール を前倒しするしかありません。しかし……本土に乗り込めば、百万人単位の犠牲は覚悟せねばなりません。」


トルーマン(苦渋の表情で)

「我々は世界に“戦争を終わらせる”と誓った。だが日本が抗戦を選ぶ以上、地獄の扉を開くことになる……。」


 モスクワ・クレムリン執務室

 スターリン、モロトフ外相、ジューコフ元帥が地図を前に会議している。

 日本放送の翻訳文が置かれ、スターリンは煙草を吹かしながら無言で見つめる。


 スターリン

「……天皇自ら抗戦を命じた、とな。これは連合国にとって災厄だが、我々には“機会”でもある。」


 ジューコフ

「極東戦線を拡大し、北海道まで占領可能です。アメリカが本土上陸に苦しむ間に、我が軍は“解放者”として進駐できるでしょう。」


 モロトフ

「だが同志、アメリカとの衝突を招く危険もあります。」


 スターリン(にやりと笑い)

「ふん、衝突は避けたい。だが“分け前”は確保せねばならぬ。日本が降伏せぬ限り、我らの進軍を止める理由もない。」


 連合国合同参謀会議(電信回線にて・米英ソ)

 各国代表が暗号回線で繋がれ、緊迫した会話が飛び交う。


 英国代表(チャーチル後継・アトリー首相)

「諸君、これでは終戦どころか新たな世界大戦の火種になる。日本に再度の原爆投下は検討されているのか?」


 トルーマン

「第三の都市を狙う準備はある。だが、それでも日本を止められる保証はない。」


 スターリン

「ならば、陸軍の力で粉砕するまでだ。我が赤軍は進撃を続ける。アメリカも覚悟を決めろ。」


 一瞬、沈黙。世界の運命が決まる瞬間であった。


♦♦


 東京・陸軍司令部

 阿南陸相の命により、帝都の陸軍司令部は非常体制に入った。

 青年将校たちは、戦線布告に向けた計画書を机上に広げる。


 畑中少佐

「全都民を徴集せよ。男子は兵士、女子は看護・後方支援、老若も問わぬ。国体を護るには総力戦しかない」


 井田少佐

「学校はすぐに防空訓練に転用、工場は全て軍需生産に回す。都市防衛のために街中に障害物を設置します」


 司令部の地図には、東京湾岸に並ぶ戦車・大砲の配置と、通学路・住宅街を利用した待ち伏せポイントがびっしりと書き込まれていた。


 全国・地方都市

 郵便局や役場に動員命令が張り出される


「国体護持のため、男子は即刻徴兵。女子は後方支援に従事せよ。すべての民は戦争協力義務を負う」


 町の広場には、徴集に応じる若者たちが集まり、号令に従って軍服を身につける。

 家族を見送る母親の目に涙が光り、父親は表情を硬くしながら見守った。


 学校・子供たちの動員

 小学校の校庭では、児童たちが竹槍訓練を受ける。教師は必死に声を張り上げる。


 教師

「これは遊びではない! 日本の未来を守るための訓練だ!」

 子供たちは恐怖に怯えながらも、竹槍を握りしめ、命令に従う。


 工場・後方支援

 女工たちは軍需工場に駆り出され、手作業で弾薬や小銃部品を組み立てる。

 食料も軍に優先され、民間は配給を制限される。


 女工の独白

「……これで本当に国が守れるのかしら。お父さんも弟も……もう戦場なのよね」

 列をなして働く彼女たちの顔には、疲労と不安が深く刻まれていた。


 軍の民間組織化

 陸軍は民間組織を軍事化し、各町内に「防衛隊」を編成。

 老人や中高生まで訓練に参加させ、都市を「迷路のような防衛陣地」と化す。


 青年将校

「民間人であろうと、国体を護るために戦うべきだ。降伏などありえぬ!」


 街中に配備された障害物、地雷、偽装陣地の光景は、平和な都市を戦場に変えつつあった。


 民衆の心情

 歓喜する者、絶望する者、そして抗う気力を失う者――都市と田舎、世代と性別を問わず、人々は国家の命令に従いながらも心の奥底で疑問を抱いていた。


老農民

「……これで何百万人が死ぬというのか。戦争はもう終わったと思ったのに……」


少年兵

「怖い……でも、僕も戦わないと……」


♦♦


 連合軍の大艦隊・上陸部隊規模

1. オリンピック作戦(九州上陸)全体概要

 目的:九州南部を占領し、そこを橋頭堡として本土全面侵攻の拠点にする

 作戦名:オリンピック作戦(Operation Olympic)

 作戦時期:1945年11月想定であったが前倒しで10月1日に実施


 上陸予定地点:鹿児島湾周辺、鹿屋・志布志湾など


2. 海上戦力(艦隊)

空母:15〜20隻(大型艦・軽空母含む)

艦上機総数:約1,500〜2,000機

戦艦:6〜8隻(アイオワ級・ニュージャージー級など)

巡洋艦:20隻前後

駆逐艦・護衛艦:約100隻

輸送船・揚陸艦:約400隻(LCI・LST・貨物船含む)


特徴:

太平洋戦線の全空母機動部隊を集結

九州沿岸に上陸作戦支援砲撃と航空支援を集中


3. 上陸部隊

第1波(上陸初日):

歩兵:約50,000〜70,000人

戦車・装甲車:約300両

自走砲・重砲:約200門

工兵・補給隊:約15,000人


全体展開(作戦期間中):

総兵力:約500,000〜700,000人

陸軍航空部隊(前線支援):約1,000機

海軍陸戦隊・海兵隊:約100,000人


支援装備:

LST/LCTで上陸用戦車・装備を輸送

上陸初日から数日にかけて重砲・迫撃砲・補給物資を集中投下


4. 航空・海上支援

 艦載機による航空支援:1,500〜2,000機

 対地・対艦攻撃任務:戦闘爆撃機・艦爆・雷撃機を投入

 護衛・掃海任務:駆逐艦・潜水艦で敵潜水艦・水雷艇の掃討


♦♦


5. ソ連軍(満州・北日本侵攻を同時に計画した場合)


地上兵力:200,000〜300,000人(極東軍第一軍団・第二軍団)

装甲部隊:300両前後の戦車・装甲車

航空支援:戦闘機・爆撃機合わせて約500機

作戦目標:北海道・北東北への進駐、アメリカ上陸部隊との連携も視野


6. 作戦規模のイメージ

 九州上陸だけでアメリカ軍・連合軍合わせて約70万人規模

 空母・戦艦合わせて40〜50隻規模の艦隊が九州沖に展開


 日本側は民間動員と青年将校率いる陸軍で総力戦防衛に臨む

 米軍の情報では「一度の上陸作戦で九州を占領」する計画だが、日本側が完全抗戦を選択した場合、戦闘は数週間〜数ヶ月に及ぶ可能性


7.原子爆弾を生産すると同時に日本各地に投下


♦♦


 伊勢神宮・内宮の奥深く

 深い夜の闇が、神域を静かに包み込む。

 斎王は正座し、玉垣に囲まれた祭壇の前で神鏡を見つめていた。

 空気は張り詰め、耳に届くのは風に揺れる樹木のざわめきだけ。


 「……これ以上、国を滅ぼすわけにはいかぬ……」


 伊勢神宮の斎王……。

 二十一世紀の記録には残らぬ少女のような姿。

 しかし、その目には千年の祈りを背負った凛とした光が宿る。

 彼女は古代より伝わる秘術書を手に取り、震える指で頁をめくる。


 「並行世界を異動し、時間の狭間を渡る者……日下敏夫……伊400……」


 斎王は低く、しかし力強く呟く。

 「この事態を収束できる者は、ただ一人……これ以上、両軍の犠牲者を出さずに終わらすことが出来る唯一の存在」


♦♦


 頭上には、ラジオを通じた陸軍声明の轟音が響くわけではないが、神域に満ちる気配がそれを物語っていた。

 日本全国、民間も軍も総力戦体制に組み込まれ、九州沿岸には連合軍の大艦隊が迫る。

 空には米軍・ソ連軍の偵察機が飛び、都市は竹槍で武装した民間防衛隊と兵士で埋め尽くされる。

 政府は崩壊、玉音盤は奪われ、天皇の名による終戦は消えた。

 この混沌に、斎王は神としての勘を働かせる。


 「……人間だけでは、もはや止められぬ……」


 彼女の視線は神鏡の奥に映る異界の光に吸い寄せられた。

 そこには、かつて昭和の海を翔けた潜水艦が、時空を超えて浮かぶ幻影。

 日下敏夫率いる伊400──並行世界を自由に行き来し、あらゆる歴史の危機に介入してきた者。


 召喚の決意を決めて、斎王は胸中で祈る。


 「お願い……どうか、この国の民を、皇国を、未来を救って……」


  古代から伝わる秘術が祭壇の周囲に光の輪を描き、時空の壁を震わせる。

  空気が渦巻き、神鏡の表面が水面のように波打った。

  その瞬間、異世界の海の匂いが漂い、波の音が微かに聞こえる。


 「これを呼び出すしか、道はない……日下敏夫……伊400……」


 斎王は静かに手を翳し、祭文を唱える。

 「異界より来たり、時空を渡りし者よ……我が国を救うために……現れたまえ……!」


 祭壇に光が集まり、闇を裂くように空間が歪む。

 伊勢神宮の静寂を突き破り、時空を超えた呼び声が、伊400を引き寄せる。


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一旦、この物語は短編として終わりますが続きは未定です。







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