たった一言

夕緋

たった一言

 その子供に声をかけたのはただの気まぐれだった。どうせ現代の人間には私の姿など見えないし、声も聞こえない。たまたま声を出したくなって独り言を言ったに過ぎなかった。

「寂しくないのか」

 子供たちがブランコや滑り台で忙しなく遊ぶ中、1人砂場でひたすら高い山を作っている少年を見ながら言うと、彼は私の方を振り返った。

 少年が動きを止め、私も目を見張る。人間と目が合ったのはいつ以来だろうか。100年以上は前のことに違いない。私も驚いたが、少年も理解が及ばない現象に身動き一つ取れないようだ。

 お互い逃げることは出来るはずだった。私なんて誰にも見つからない方が都合がいい。分かっているのに、少年から目が離せなかった。

「あの、誰、ですか」

 少年は緊張ぎみに口を開いた。彼からすればいきなり親世代の男から声をかけられているんだ。当然警戒もする。「こういう時は逃げた方が良いぞ」と声をかけておきながら思った。

 彼の目には社会や国語の教科書あるいは神社でしか見たことのない服装の成人男性が映っているはずだ。それが公園にいるのだから子供からすれば動けなくなって当然だった。

 私は素直に自分の正体を明かしても信じてもらえないだろうから、逃げられる覚悟で先ほどの質問を繰り返した。

「寂しくないのか」

「え」

 少年は予想外の言葉に戸惑っているようだった。逃げはしないらしい。私は言葉を重ねた。

「向こうで他の子供と遊びたくないのか?」

 子供たちが遊具ではしゃぐ声はこちらまで届く。少年は彼らを見て、すぐに視線を逸らした。

「あの人たちは、三年生だから。1個下の僕には声をかけられないよ」

 少年の言葉に思い出した。人間はたかだか1つの年齢を気にするような生き物だった。

「じゃああの子供たちとは遊びたくないのか」

 私は少年の隣に腰を下ろした。少年はしばらく黙り込んだ後、小さな声で言った。

「……ほんとは、遊んでみたい」

 それから少年はあの”さんねんせい”の子供たちとはよくこの公園で一緒になること、その度に楽しそうに遊ぶ姿を見てずっと仲間に入りたいと思っていたことを話した。

「なら、やることは簡単だ」

 私の言葉に少年がこちらを向く。

「仲間に入れてくれとお願いすればいい」

「え」

 少年の瞳に戸惑いだけでなく不安が映りこんだ。

「そんなことできないよ。僕になんか、かまってくれないよ」

「一回でもお願いしたことがあるのか?」

「それは……ないけど」

「失敗したらこっちに戻ってこい。一緒に遊んでやるから」

 今にして思えば妙な格好の男の言葉を断る勇気も出なかったのだろう。少年には恐らく”逃げる”という選択肢そのものがなかったのだろうから。

 でも、あの子供たちと遊びたい気持ちが本物だったのも確かだ。少年はあと一歩が踏み出せなかっただけなのだろう。

 少年は”さんねんせい”の子供たちともう楽しそうに遊んでいる。

 私がこれ以上ここにいる必要はない。帰る場所もないからまたこの世界をふらふらと歩こう。

 そう思った時に、胸の内に冷たい風が吹いたような心地がした。

 情けないことだ。「寂しくないのか」と聞いておいて、寂しいのは自分の方じゃないか。

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たった一言 夕緋 @yuhi_333

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