第12話



 ん~、ボクが骸骨オヤジといた居間、あの床の間のコンセントって確かに一つしかなかったよね?


 そうだ。山積みの機器が全部あれに繋がっているのは、タップを根こそぎ引っこ抜く寸前、キッチリ確認してる。


 だから、記録装置はやっぱり止まっていて、非常用のバックアップ電源で監視カメラだけ動いてる状態なのかな?


 とは言え、警報代わりのBGM『ワルキューレの騎行』が再生されなくなったにも関わらず、ほぼ同位置の監視カメラのみ、通常通り作動しているのは奇妙だった。


 どうにも納得いかず、頭を捻る浅子の脳裏へ、唐突に末松が呟いた言葉の一つが蘇る。






「今はこんがらがっちまって、何処に何が繋がっとるか、自分でも良う判らん」






 あれはもしかして……


 床の間の機器以外に別系統の監視システムが存在する、という仄めかしではないか?


 非常用のバッテリーなどではなく、何処か隠された場所で、電力の供給がなされているのかもしれない。


 爆音が流れなくなったのは、家中の警備システムがことごとく機能を停止していると見せかけておき、浅子の油断を誘う為だとしたら?


 あの床の間の機器にせよ、あまりに雑然と、これ見よがしの位置に置かれていた気がする。






 何もかも怪しく思えてきて、浅子は蠢き続ける監視カメラを指先で弾き、苛立ちを込めて睨みつけた。


 十年以上ご近所相手にトラブルを繰り広げてきた骸骨オヤジの陰険さを、少々甘く見過ぎていたのかもしれない。


 何処かに記録が残されている場合、やりすぎた挑発部分を含め、末松武弘と交渉した際の音声全てが、明るみに出る可能性は否めないのだ。


 法的追及を避ける算段はできているものの、確実に無罪とは言い難い上、ネットに上げて社会的に抹殺する手もある。






 罠にはめたつもりが、はまっていたのはボクの方?


 あぁ、ヤバい。ヤバすぎる。下手すりゃクビになっちまう。


 こんな世知辛い世の中だからこそ、ボク、何が何でも定職を失う訳にはいかないんですよねぇ!






 目の前が真っ白になるパニック寸前の崖っぷちで、浅子は何とか持ち堪えた。


 まだ、手はある。もし別系統の機器が残っているなら、もう一度家へ潜り込んで探し出し、記録データを消せば良い。


 たとえ誰かに怪しまれたとしても、ボクの芸術的交渉テクニックで煙に巻き、いつものノリで誤魔化しまくれば、大したリスクにならないよね?


 そう思いなおして深呼吸。


 忍び足で末松邸へ戻ろうとした時、三好のおばちゃんの素っ頓狂な声が屋内から飛んできた。


「何、コレ!? ウチらのさっきの暴れっぷり、バッチリ映っとるやないの」


 浅子は再び息を呑む。


 もし、ご近所の乱入映像が記録されているとしたら、それは浅子が床の間の電源ケーブルを足で引き抜いた後の話だ。


 もう疑いの余地は無い。


 別系統の警備システムが確かに作動し続けている。


 しかも今、三好さんの声が聞こえてきたのは居間がある方角ではない。


 つまり床の間に積まれた警備システムではなく、その別系統の方を見つけ、弄っているらしい。


 乱闘の最中に末松が移動を繰り返したのは、単に追いつめられただけでなく、予備システムを隠した場所へ三好さん達を誘導する目的もあったのだろう。


 だとすれば今更、アレコレ頭を巡らせても手遅れなのは明らかだった。


 玄関の奥には警官やご近所の皆さんが所狭しと屯している。


 何とか家の中へ潜り込めたとして、あの好奇心の塊、出しゃばり指数120%の三好さんに気づかれず、データを消す事は不可能としか思えない。






 キュンッ!


 玄関先でうずくまり、頭を抱える浅子の姿を、しつこく可動式ビデオカメラが捉え続ける。


 そして屋敷の奥から傷だらけの末松が警察官に連れられてきて、浅子の横を通り過ぎる際、チラリと彼を見やった。


 ひどく落ち窪んだ眼窩の奥、憔悴しきった暗い色彩の瞳が鈍い光を放つ。


 自分の価値観で容易に測りがたい何かを、その時、浅子は感じずにいられなかった。


 強い者に媚び、へつらい、真似て溶け込む彼の処世訓とは対照的に、弱い立場へ留まりながら、とことん抗い抜く者の姿がここにある。


 騒音トラブルを繰返し、周囲に迷惑を振り撒く行為は醜悪そのものだが、どれほど孤立しても折れない心根のしぶとさは、浅子も認めざるをえない。


 とてもじゃないけど真似できない。


 弱い奴らは自己責任。


 そう決めつけたい心の内で、本当に弱いのはどちらなのか、強い疑念が苛立ちと共に沸き上がる。


 あの病院で、末松敬一の話を聞く内、感じたのと同じ耐えがたき苛立ち……


 己の心の不可解な動きに戸惑いつつ、ふと浅子は思った。


 敬一が父へ書いた手紙の文面には、過去の懐かしい思い出だけ記されていたというが、それは嘘かもしれない。


 時系列からして息子の死そのものは確かに知らなかった筈。


 しかし、奨学金返済を迫り、保護者の資産を目当てに容赦なくターゲットを責め苛む『特務マイスター』の存在は、伝えられていた可能性がある。


 そして、状況をある程度把握した上、末松は周囲との関りを絶って警備機器等の罠を整え、手ぐすね引いて息子の仇が訪ねて来るチャンスを待ち構えていたのではないか?


 かつて虐められていた幼い息子の為、小学校へ怒鳴り込み、何もできなかった昔日の無念に再び挑むかの如く……


 今度は自ら証言せずとも、自ずと浮かび上がる確かな証拠を武器にして……


 確かめる術は無い。


 先程までの記憶を辿っても、疑念を裏付ける確証は何一つ得られなかった。


 怯え、嘆き、怒り狂う末松の表情の何処までが本物で、何処から先がフェイクだったのだろうか?


 わからない。


 どうしてもわからないから、尚更に苛立ちが募る。






 一方、警官に腕を抱えられたまま、浅子の方を振り返る末松の表情はとても穏やかに見えた。


 その冷静さは、狩った獲物を見極めるハンターを連想させるものだ。


「……末松さん、あんた……いつから、ボクを?」


 警官の存在を意識し、曖昧に問うしかない浅子の言葉を無視、末松は止めていた足を再び前へ進める。


 でも、その口元が微かに動いた。


 何か呟いたようだ。


 小さな声だが、言い終えて口元に笑みを浮かべた瞬間、何を言っているのか浅子には理解できた。


「わし、甘くみとったら沈めンぞ」


 老いさらばえた骸骨オヤジは、文字通り失意の淵へ沈みつつある浅子へそう告げていたに違いないのだ。

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