おやすみ、親友だったひと

・みすみ・

おやすみ、親友だったひと

 ふわり。


 クッションを枕にして、床で寝落ちした親友――元・親友にスヌーピーのブランケットをかぶせてやった。


 酒はふたりとも同じくらい飲んだのだが、あたしはだ。

 飲み始めてから3時間以上たつけど、意識はいまだにしっかりとしている。


 この1DKのアパートには、初めて入った。

 学生時代に彼女が住んでいた1Kの部屋と、さほど印象が変わらない。


 スーツが増えて、靴が増えて、鞄が増えて、パソコンが最新モデルに変わったくらいか。

 同じ街の中での引っ越しだから、捨てるものもほぼなかったのだろう。


 あたしが県外の別の大学の院に進学したのは、この子の近くにいたくなかったからだ。

 正解だったと思う。

 教師になった彼女の初めての配属先は、偶然にも、あたしたちが通った大学のあるこの街の高校だったから。


 大学卒業後、1年半ぶりに会った昔の親友は、髪を長く伸ばし、雰囲気も変わっていた。

 親からの仕送りとアルバイトと奨学金をやりくりしながら、あいかわらず同じような象牙ぞうげとうもって、ほこり混じりの空気を吸っている自分とは違う。

 社会に出て、自分の力で生きている「生活者」の匂いがした。


 たくましくなったのだろう。

 オトナになったのだろう。


 なのに、あたしの顔を見たとたん、ぐずぐずと泣くのだ。

「ごめんね、遠くから。来てくれてありがとう、芹香せりか


 学生時代からつきあっていた恋人と別れたと、あたしのスマホに彼女からのラインが入ったのが、昨日。金曜日の夜。


 そして、土曜日の午後にはもう、あたしは何百キロも離れたこの町に来ている。


 その前にしたラインのやりとりから、半年以上がたっていた。

 以前は、毎日のように顔を合わせて、他愛たあいないおしゃべりに興じていたものだが、住む場所が変わり、立場が変わればこんなものか。


 いや、お互い、避けてきたのだ。


 彼女に恋人ができたのは、大学4年に上がってすぐのこと。

 同時に、あたしは失恋した。


 またたく間に恋に夢中になった彼女は、親友の変調には気づかなかった。

 表面上は何ごともなく、ただ、あたしが心の中で、彼女との距離を取り始めただけ。


 もうずっと会ってなかった。

 とっくに親友じゃなくなっていた。


 くーくーと寝息を立てている彼女を見ていると、憎くて憎くてしかたがなくなってきた。

 本当はうっすら気づいていたくせに。

 親友も恋人も手放したくなかったズルい女。

 ……め殺してやろうかな。


 あたしは彼女の上にかがみ込み、しずかに頬にキスをした。

 

「おやすみ」


 死ぬほどズルくて、世界一かわいい、かつて親友だったひと。


 




 



 





 


 

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