3話:The Cat at the Edge.

 シルフが私の元を離れて数百年が経過した。その活躍は辺境では有名で嫌でも耳に入る。やれどこかの衛星を取得しただの。そしてその衛星が宇宙船レース会場になっただのと。まあ、元気にやっているようならよいと思っていた。

 ところが、こともあろうに中性子星を使ったスイングバイに失敗したというニュースが飛び込んでくる。正直きもを冷やした。無事に帰ってこれそうだが、もうこんな危険な任務には就いてほしくない。

 元々、死から縁遠いことや科学の発展で死を実感しにくいのがエルフの悪い特徴でもある。文字通り命知らずな行動が問題になっているため中央星系を筆頭に有人探査の打ち切りが進んでいる。正直、今回の件は看過できなかった。私は自分の持つ権限を利用してシルフが危険な任務に着けないよう工作することにした。


「私としてもシルフくんにはあまり危険なことはしてほしくないのよねえ。公の探査は有人探査禁止ってことにしましょう。」


 ビッグシスターの同意も得てシルフの宇宙探査はこれで制限ができた。少なくとも自腹を切って行うといったことでもない限り、星系外に出るということはこれで防げるだろう。


 狙い通り、シルフは探査任務に着けず宇宙船を利用して今は運送業として活躍しているという。星系内であればビッグシスターの目も届くのでそこまで心配する必要もない。


 そう思っていたのもつかの間。シルフの乗る宇宙船が海賊に襲われたという。

 実は辺境星系には法律といったものはなく、ビッグシスターがその統治下の住民に対して生活規範を約束という形で広めてるに過ぎない。そこから逸脱するものに対してそれとなく注意するという超性善説社会なのだ。その目が届かないところは文字通りの無法地帯だ。

 海賊といっても所詮はヒトかエルフ。並みのエルフではシルフほどの使い手には到底勝てないだろう。それほど心配するほどではない。

 案の定この問題はシルフが圧倒していたということがわかった。

 というのもその主犯がなんと私のところに弟子入りを志願してきたからだ。


 その男はジーニーというエルフ。なんとゼロGカラテの使い手だった。サルの流派だそうだ。体格も立派だしまずはその実力を見極めようと組手をした。

 ジーニーに打たせる。的確に重心を狙ってくる。中々筋はいい。だが、まるで私の敵ではない。体格差はあるが膂力も私の方が上、力でねじ伏せるのも容易だがここは技を披露しよう。突きを空振りさせて伸びきった瞬間に関節を極めて投げる。ジーニーは面白いぐらい転がる。


「まだまだ!」


「ふむ、その意気だ。」


 今度は空間の重力を無重力にしてのテスト。みるからに無重力の身のこなしは大したことがない。これならシルフが圧倒するのもうなづける。

 わざわざこちらから蹴りやすい位置へ移動する。狙い通り私の重心であるみぞおちより少し上に蹴りが飛んでくる。あえて受けることにした。ただし、重心はずらして。

 重心を外した蹴りで生じる力は私を回転を生じさせる。そのエネルギーを相手にそのままお返しした。


「まいりました…」


 まあ、こんなもんだろう。


「ところで、こんなものがあるんですが…」


 そういってジーニーは映像を見せてきた。その映像はジーニーがシルフと対峙した時の映像だ。シルフはずいぶんと苦戦している。正直だらしないと思った。とどめの技もローリングクラッチだった。私から見ればずいぶんと遊びの多い技だ。こういう遊びがいつしか私から失われていたような気もする。いつからかだろうか、ゼロGカラテに向き合うことが義務になってしまったのは。

 ジーニーは私にとってシルフからの贈り物のように感じた。中々に頑丈そうなやつなので技の練習相手にちょうどいいからだ。


 ジーニーはシルフの設立したヤマネコ便という運送会社でそれなりのポジションで働いているらしい。そのヤマネコ便がシルフのスポンサーとなってシルフのやつは自費で探査に行ってしまったという。


「自費じゃあしょうがないじゃない。それに無人探査の欠点をうまくつかれちゃって止めようがなかったのよ。」


 ビッグシスターにクレームをつけたらそんな風に言い返されてしまった。

 無人探査の欠点とは探査装置の数だ。研究者はもっと多くの探査機器を用いて探査させたいがあいにくペイロードが足りないということらしい。シルフのやつはそうした事情を抱えてる研究者に対してを自腹をきった赤字営業によって仕事を見つけたらしい。そこまでされたら私もお手上げだ。シルフが覚悟をもってやりたいことが見つかってよかったと思った。


 ジーニーという組手相手を得た私はかつてより練っていた型を完成させることができた。名付けて獅子の型。百獣の王ライオン、ゼロGカラテの頂点に立つにふさわしい技術体系を組み立てたと自負して名付けたのだ。


 そうこうしてるうちにシルフが帰還した。帰還パーティが開かれるということで私もこっそり参加することにした。1000年ぶりに合ったシルフはずいぶんと大人びていた。容姿は変わらないが自信に満ち溢れている。その姿を見るだけでとどめておけばよかったのに欲が出てしまった。

 シルフにどうしても獅子の型を授けたかったのだ。


 そうして、シルフを半ばだますような形で中央星系まで連れて行き、かつて私が連覇して出禁になった星系ゼロGカラテ大会に出場させた。思惑通り獅子の型を身に着けさせることができたがシルフをひどく傷つけてしまうことになった。

 しかし、シルフは中央星系でできた友とコミュニケーションの中でその傷を癒し大きく成長した。私は安堵した。


 シルフは中央星系でなにやら探査任務に就くということで私たちは一足先に戻った。その際にシルフの闘いをみて感銘を受けたということで弟子入り志願のエルフの少女が現れた。肉体年齢は私より少し上ぐらいだろうか。実年齢は知りようもない。ソイアという。シルフの大ファンでシルフのように探査員になりたいという。

 ソイアは愚直な娘で厳しい修行も寡黙にこなし、みるみる上達した。シルフのように大きな才能を持っているわけではないが他人の言うことを素直に聞く姿勢とそれを自分事化することに長けているようだ。ただ、ときどきものすごく頑固になりガツンとやっつけられないと意固地になる悪い癖もある。そんなところはなんとなく自分と似ていると思った。


 シルフが中央星系で冒険して戻ってきたとき、きちんと私の道場に現れた。その時、「ただいま」と言ったことは私は聞き逃さなかった。それが嬉しくて顔に出そうだったのでつい意地悪してシルフを門下生の全員で襲わせた。あっさり、取り逃がしてしまい、最後に私が退治すると、シルフのやつは私を凌駕する身のこなしを見せつけた。

 かつて私はシルフの才能に嫉妬したが、今ではシルフの成長がどうしてか自分のことのようにうれしく感じる。


 とはいえ、あと1000年はシルフには師匠面していたい。そうあれるよう研鑽をしていかないといけないと心に誓ったのだった。


星間の妖精(エルフ) A Cat of the Edge. おわり

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