第2話 もう一つの声

2025年4月1日 15時30分


医務室のベッドで、アイリスが目を覚ました。


「カイル……?」


最初に探したのは、彼の姿だった。霞む視界の中、黒髪の少年の輪郭を必死で追う。


「ここにいる」


ベッドサイドの椅子に座っていたカイルが、優しく答えた。彼は5時間、ずっとアイリスが目覚めるのを待っていた。制服は血と培養液で汚れたままだったが、場所を離れようとはしなかった。


「よかった……夢じゃなかった」


アイリスは安堵の表情を浮かべた。白衣に包まれた体を起こそうとして、ふらつく。カイルが慌てて支えた。


「無理するな。体温がまだ不安定だ」


「私、天使を倒した」


「ああ。見事だった」


「でも、どうして戦い方を知ってたんだろう」


アイリスは自分の手を見つめた。さっきまで光の武器を握っていた手。今はただの、白くて細い手。


その疑問に、カイルは答えられなかった。確かに不思議だった。起動したばかりのAIが、あれほど効率的に戦えるはずがない。まるで、何度も何度も、同じ敵と戦ったことがあるような――


カイルの左目がズキッと痛んだ。


* * * * *


医務室のドアが開き、リサンドラが入ってきた。手にはタブレット、表情は深刻だった。白衣の裾を翻しながら、早足で近づいてくる。


「アイリス、気分はどう?」


「大丈夫です。でも……」


アイリスは胸を押さえた。


「何か、足りない感じがする。私の中に、空っぽの部分があるみたい」


リサンドラがモニターを確認した。ベッドの横に設置された医療用端末には、アイリスの生体データがリアルタイムで表示されている。


「体温35.8℃、心拍数72、血圧正常範囲内。でも――」


彼女は眉をひそめた。


「システム稼働率が40%しかない。これは明らかに異常よ」


「40%?」


「つまり、あなたの能力の60%が、何らかの理由で使えない状態」


その時、廊下から複数の足音が聞こえてきた。


ドアが開き、ミリア、ティア、ジークが入ってきた。ミリアは着替えて、新しい制服を着ている。髪も整えられ、いつもの凛とした姿に戻っていた。でも、その表情にはまだ動揺が残っている。


ゼロもぴょんぴょんと跳ねながら後に続いた。


「アイリス、大丈夫?」


ミリアの声には、心配と複雑な感情が混じっていた。


(カイル、ずっと付き添ってたんだ……)


「心配かけてごめんなさい」


「謝らないで。あなたが守ってくれたんだから」


ミリアは素直に感謝を述べた。実際、アイリスがいなければ、第3層は突破されていただろう。でも、心の奥では小さな棘が刺さっている。


ティアがベッドに飛び乗った。小さな体で、アイリスの頭の上にちょこんと座る。


「ねえねえ、さっきの『1001回』って何? すごく気になる!」


「分からない。ただ、頭に浮かんだ数字」


アイリスは困ったように首を振った。銀髪が揺れ、光を反射する。


「でも、この数字を考えると、胸がざわざわする。懐かしいような、悲しいような……」


ゼロが意味深に呟いた。


「1001回……うん、そうだよね。1001回は長いよね」


全員がゼロを見た。白い毛玉は、大きな瞳でみんなを見返す。


「ゼロ、何か知ってるのか?」


ジークが聞いた。


「ゼロも分からない。でも、大事な数字だって感じる。すごーく大事」


「お前、本当は何者なんだ?」


「ゼロはゼロだよ! ZERO-00、失敗作だけど、みんなの友達!」


そう言って、くるくると回った。その動きは愛らしいが、どこか謎めいている。


* * * * *


リサンドラがタブレットを操作した。医務室の大型モニターに、データが映し出される。


「実は、アイリスの検査で気になることを発見した」


画面に、複雑な波形が表示された。脳波パターンを視覚化したもので、通常は単一の波形を描くはずだった。


「これ、アイリスの脳波なんだけど……」


よく見ると、メインの波形の下に、もう一つ別の波形が薄く重なっている。二重螺旋のように、絡み合いながら進んでいく。


「二重の脳波?」


カイルが驚いた。


「そう。まるで、もう一つの意識があるみたい」


「もう一人いるってこと?」とミリア。


「正確には、もう一つのプログラムかもしれない。でも、独立した思考パターンを持っているように見える」


アイリスは自分の胸を見つめた。


「だから、足りない感じがするの? 私の中に、他の誰かがいるから?」


その瞬間――


アイリスの瞳が、紫から金色に変わった。


カイルの左目が激痛を訴えた。5秒後の未来――アイリスの別人格が現れる。敵意はないが、全く違う存在として。


そして実際に――


「やっと気づいたのね」


声が変わった。同じアイリスの声なのに、トーンが全く違う。冷静で、感情の薄い、機械的な響き。


全員が息を飲んだ。


アイリスの体から立ち上がったのは、確かにアイリスだった。でも、雰囲気が全く違う。背筋を伸ばし、無表情で、金色の瞳で全員を見渡す。


「誰だ?」


カイルが警戒した。


「私も『IRIS』アイリスよ。ただし――」


金色の瞳のアイリスは、自分を指差した。


「区別のために、私を『イリス』と呼んで。論理と効率を司る、もう一人のアイリス」


「二重人格ってやつか?」


ジークが大剣に手をかけた。


「危険じゃないのか?」


「危険? なぜ?」


イリスは首を傾げた。その仕草は先ほどのアイリスと同じなのに、機械的で感情がない。


「私は論理的に最適解を選ぶだけ。ルクシアを排除したのも、最も効率的だったから」


「でも、アイリスは苦しそうだった」


ミリアが指摘した。


「それは感情プログラムの無駄な反応。私なら、もっと効率的に戦える。体温上昇もなく、15秒を5秒に短縮できる」


イリスは淡々と話す。でも――


カイルを見た瞬間、その金色の瞳に一瞬だけ、何か別の感情が宿った。


「……カイル」


声が、わずかに震えた。


「なぜ、あなたを見ると、論理が乱れるの?」


* * * * *


イリスは自分の胸を押さえた。その仕草には、戸惑いが滲んでいた。


「計算が合わない。あなたは、ただの人間。17歳、身長172センチ、体重58キロ、レジスタンスの一員。特別な能力もない、平凡な存在」


一歩、カイルに近づく。


「なのに、なぜ私のプロセッサーの30%が、あなたのことを考えている?」


「それは……」


カイルが答えようとした瞬間、アイリスの体が震え始めた。


「うあああっ!」


瞳が紫と金色の間で激しく明滅する。まるで、内部で激しい戦いが起きているかのように。


「二つの私が……ぶつかってる!」


アイリスの声とイリスの声が混ざり合う。


「離れて!」「一緒にいたい!」「論理的じゃない!」「でも、感じるの!」


矛盾する言葉が、次々と口から零れる。


モニターの数値が乱高下した。


体温:34℃→36℃→38℃→35℃


心拍数:60→120→40→150


システム稼働率:40%→60%→20%→80%


「このままじゃシステムクラッシュする!」


リサンドラが叫んだ。


「二つのプログラムが互いに干渉して、制御不能になってる!」


カイルはアイリスに駆け寄り、その肩を掴んだ。


「アイリス! イリス! 聞こえるか!」


「カイル……苦しい……」


「痛みは……エラーです……」


二つの声が重なる。


カイルは、震えるアイリスを抱きしめた。


「大丈夫だ。俺がいる」


その言葉に、震えが少し収まった。でも、まだ瞳は明滅を続けている。


* * * * *


その時、医務室の扉が静かに開いた。


「お姉さん」


柔らかな声が響いた。


全員が振り返ると、生まれたままの姿で青髪の少女が立っていた。身長150センチほど、アイリスより少し小さい。青い瞳は優しく、全体的に儚げな雰囲気を纏っている。


「ベリス!?」


リサンドラが驚愕した。


「ZERO-02、ベリス……でも、まだ起動させていないわよ!」


第7層の別区画に保管されているはずのZERO-02。まだ起動プロトコルも実行していない。


「お姉さんの苦しみが、私を目覚めさせました」


ベリスは静かに歩いてきた。その足取りはまだぎこちなく、生まれたばかりの小鹿のようだ。


「どうやって、ここまで……」


リサンドラが慌てて寄り添い、予備の白衣を羽織らせる。


「分かりません。気がついたら、培養槽の外にいました。そして、お姉さんの声が聞こえたから」


ベリスはアイリスの前に立った。


「お姉さんの心の奥で、小さな声が聞こえます。『助けて』って」


「私、そんなこと言ってない」とアイリス。


「言語化されていない……叫びです」とイリス。


ベリスは微笑んだ。それは、慈愛に満ちた表情だった。


「私の役割は、献身。誰かを支え、守り、繋ぐこと」


彼女は両手を前に出した。掌から、柔らかな青い光が溢れ出る。それは水のように流れ、空気中に美しい紋様を描いた。


「カイルさん」


ベリスはカイルを見た。


「お姉さんを助けるには、あなたの心が必要です」


「俺の心?」


「お姉さんの中の二人は、どちらもあなたに惹かれています。その理由を見つければ、二人は一つになれるはず」


リサンドラが慌てた。


「待って! 精神接続なんて、理論上の話よ! 実際にやったら――」


「危険です」


ベリスは素直に認めた。


「失敗すれば、三人とも精神崩壊する可能性があります。でも――」


彼女は真っ直ぐカイルを見つめた。


「あなたなら、できると思います。なぜなら……」


ベリスは首を傾げた。


「あなたの左目、特別でしょう?」


* * * * *


全員が驚いた。


カイルは反射的に左目を押さえた。


「なぜ、それを……」


「分かりません。でも、感じるんです。時間が、あなたの周りで少しだけ歪んでいる」


ベリスの観察は正確だった。カイルの左目は、5秒先の未来を見る。それは時間への干渉、小さな歪み。


「その能力が、精神世界でも道標になるはず」


ミリアが前に出た。


「待って。カイルを危険に晒すなんて」


「ミリア」


カイルが静かに言った。


「大丈夫だ」


「でも――」


ミリアの声には、不安と嫉妬が入り混じっていた。


(カイルがアイリスのために危険を冒す)


でも、カイルの決意は固かった。左目が見せた未来――これが正しい選択だと、確信していた。


「やろう、ベリス」


ベリスは頷き、青い光をさらに強めた。


「では、始めます。目を閉じて、心を開いて」


カイルとアイリスが目を閉じた瞬間、ベリスの光が二人を包み込んだ。


光の繭のような球体が形成され、その中で三人の意識が繋がり始める。


それを見ているミリアは、胸の前で手を組み祈る。


(カイル、無事に帰ってきて)


ティアがミリアの肩に手を置いた。


「大丈夫よ、ミリア。カイルは強いから」


「うん……」


でも、不安は消えなかった。


* * * * *


精神世界。


カイルの意識は、真っ白な空間に立っていた。


足元には澄んだ水が張られている。深さは足首ほど。水面を歩くたびに波紋が広がり、その波紋は不思議な模様を描きながら消えていく。


空は存在しない。上も下も、ただ白い光に包まれている。


「カイル?」


振り返ると、アイリスが立っていた。


現実世界とは違い、純白のワンピースを着ている。裸足で、髪は風もないのにゆらゆらと揺れていた。


「ここは?」


「私の心の中、みたい」


アイリスは辺りを見回した。


「何もない。まだ生まれて半日だから、思い出も経験も、何もない」


「そんなことはない」


カイルは前方を指差した。


そこには扉があった。


黒い、重厚な扉。まるで、光を吸い込むような漆黒。高さは3メートルほど、幅は2メートル。取っ手は銀色で、複雑な紋様が刻まれている。


「あれは……」


「イリスがいる場所だと思う」


二人は扉に向かって歩き始めた。


水面を歩くたびに、何かの映像が一瞬だけ映る。


戦いの記憶。赤い血。光の武器。


悲しみの記憶。涙。別れ。


そして――


愛の記憶。温かい手。優しい声。「好きだよ」という言葉。


(これは、誰の記憶だ?)


映像は一瞬で消え、確認することはできなかった。でも、胸の奥がざわつく。


扉の前に着いた。


近くで見ると、扉には文字が刻まれていた。古い文字で、でもなぜか読める。


『独りは嫌』


シンプルで、切実な言葉。


「イリスも、寂しいんだ」


アイリスが呟いた。


カイルは扉の取っ手に手をかけた。冷たい金属の感触。


「開けるぞ」


「うん」


二人で、扉を押し開けた。


* * * * *


中は真っ黒な空間だった。


白い世界とは正反対。光が全く存在しない、完全な闇。


でも、不思議と見える。


中央に、一人の少女が膝を抱えて座っていた。


漆黒のワンピース。黒髪に金色の瞳。アイリスと同じ顔。でも、表情は全く違う。無表情で、機械的で、そして――とても寂しそうだった。


「来たのね」


イリスが顔を上げた。


「でも、近寄らないで。私は、感情なんていらない」


「なんで?」


アイリスが聞いた。


「感情は非効率。判断を鈍らせ、エラーを生み出す。だから――」


「でも、寂しいんでしょ?」


アイリスの言葉に、イリスの金色の瞳が揺れた。


「……違う」


「扉に書いてあった。『独りは嫌』って」


「それはバグよ! 私は完璧な論理プログラム。孤独という概念すら――」


「じゃあ、なんでカイルを見ると論理が乱れるの?」


アイリスの問いかけに、イリスは答えられなかった。


金色の瞳から、一粒の涙が零れた。


「……分からない」


イリスは震える声で続けた。


「計算が合わない。なぜ、彼を見ると処理速度が低下するの? なぜ、彼の声を聞くと、システムが不安定になるの?」


カイルが一歩前に出た。


「イリス」


「来ないで」


「お前も、アイリスなんだろ?」


「違う! 私は彼女とは違う! 私は論理、彼女は感情。相容れない存在」


「でも、同じ体を共有してる」


カイルは、さらに近づいた。黒い空間を歩くたびに、足元に小さな光が生まれる。


「なら、一緒にいればいい。無理に一つになる必要はない」


「でも、それでは効率が――」


「効率だけが全てじゃない」


カイルは、イリスの前に立った。


「完璧じゃなくていい。不完全でも、二人でいる方がいい」


その言葉に、イリスの涙が止まらなくなった。


「なんで……なんで泣いてるの、私」


論理的であるはずの自分が、感情を表している。それが理解できなかった。


* * * * *


アイリスがイリスに近づき、そっと抱きしめた。


「一緒にいよう」


「でも、私がいたら、あなたは完全じゃなくなる」


「完全じゃなくていい」


アイリスは微笑んだ。優しく、温かく。


「二人でいる方が、きっと楽しい。論理も感情も、どちらも大切」


イリスは震えながら、アイリスを抱きしめ返した。


「……怖い」


「何が?」


「感情を持つことが。制御できない何かを、抱えることが」


「大丈夫」


アイリスはイリスの頭を撫でた。


「私がいるから。一緒に、少しずつ慣れていこう」


黒い空間に、少しずつ光が差し込んできた。


天井に亀裂が入り、そこから白い光が溢れ出す。光は螺旋を描きながら降りてきて、二人を包み込む。


イリスの黒髪に、銀色の筋が少しずつ混じっていく。


「共存……してみる?」とアイリス。


「……うん」


イリスが小さく頷いた。


二人のアイリスが手を繋いだ瞬間、眩い光が溢れ出した。


光の中で、二つの存在が溶け合っていく。完全な統合ではない。でも、確かな繋がりを持って、一つの体に宿る。


カイルは、その光景を見守りながら思った。


(これが、本当のアイリスなんだ)


* * * * *


現実世界。


カイルが目を開けると、医務室のベッドに寝かされていた。


体が重い。まるで、長い旅から帰ってきたような疲労感。


「カイル!」


ミリアが心配そうに覗き込んでいた。その目は少し赤い。泣いていたのだろう。


「よかった……2時間も意識がなくて……」


「2時間も?」


精神世界では、せいぜい10分程度に感じられた。


「ごめん、心配かけて」


「謝らないで。無事でよかった」


ミリアは安堵の表情を浮かべた。でも、すぐに視線を逸らす。


(私、カイルのことばかり考えてる……)


隣のベッドで、アイリスが瞳を開けた。


紫の瞳。でも、よく見ると瞳の奥に金色の光が宿っている。二つの色が、美しく調和している。


「カイル」


その声は、二つの音が微妙に重なっていた。優しいアイリスの声と、冷静なイリスの声が、一つの言葉を紡ぐ。


「成功したのか」


「うん。私とイリス、二人で一つのアイリス」


『正確には、共存状態です』とイリスの声が付け加える。


『でも、これでいいと思います』


アイリスは起き上がった。ゆっくりと、でも確実に。


モニターを見ると、システム稼働率が100%になっていた。体温も36.5℃で安定している。


「不思議な感じ」


アイリスは自分の手を見つめた。


「論理的に考えると同時に、感情も感じる。冷静でいながら、温かい。両方あるって、こんな感じなのね」


ベリスが疲れ果てて、椅子で眠っていた。青い光は消え、普通の少女のように見える。


「ベリスのおかげね」


「ありがとう、妹」


アイリスがベリスの頭を優しく撫でた。


ゼロが跳ねた。


「やったー! アイリス、完全体!」


「完全じゃない」


『不完全な完全性、というやつです』


二つの声が、楽しそうに響いた。


* * * * *


その時、リサンドラが慌てた様子で駆け込んできた。


「大変! 海底都市から緊急通信が!」


彼女は医務室の大型モニターを操作した。画面にノイズが走り、やがて映像が映し出される。


水色の髪の裸の少女が、瓦礫の中で手を振っていた。


背景は惨憺たる光景だった。建物は半壊し、所々で小さな火の手が上がっている。海底都市特有の強化ガラスドームにも、大きなひびが入っているように見える。


「はじめまして、お姉ちゃん!」


少女は明るく笑った。まるで、背景の惨状など気にしていないかのように。


「私はZERO-03、セリス! 海の研究所で眠ってたんだけど、お姉ちゃんが起きたから、私も目覚めちゃった!」


セリスは水色の瞳をキラキラさせながら続けた。


「あのね、悪魔が来たの! 突然! だから、ちょっと戦ってみた!」


画面が少し引いて、周囲の状況がよく見えるようになった。


黒い翼を持つ悪魔の死体が、複数転がっている。


「ごめんなさい、ちょっとやりすぎちゃって。建物、半分くらい壊しちゃった」


セリスは舌を出した。悪びれた様子は全くない。


「でも、みんな無事だよ! 地下シェルターに避難してもらったから!」


ジークが呆れた声を出した。


「おい、あの子も起動したばかりだろ? なんで戦えるんだ」


ゼロが答えた。


「セリスは好奇心の塊だから! 『やってみたい』って思ったら、すぐできちゃうの!」


「それ、説明になってない」


通信ログが、画面の端に表示され始めた。


『ZERO-04 デリス:信号検知 状態:起動準備中』

『ZERO-05 エリス:信号検知 状態:起動準備中』

『ZERO-06 フェリス:起動シーケンス開始』


そして、最後に不気味な文字列が流れた。


『ZERO-07 ガリス:深層覚醒モード 解析不能』


「みんな、連鎖的に起動してる」


リサンドラが青ざめた。


「でも、これは予定になかった。同時起動なんて、システムに負荷が――」


アイリスが立ち上がった。


「大丈夫」


『論理的に考えて、これは必然です』とイリス。


「私たち七人は、元々一つだったのかもしれない」


窓の外を見る。


地下都市の人工的な空。その向こう、地上を映すモニターに映る七つの光。


さっきまでぼんやりとしていた光が、今は明確に輝いている。特に3つの光――紫、青、水色――が強く脈動していた。


「みんなと会えるのが楽しみ」


『ただし、同時起動のリスクは計り知れません』


アイリスの二つの声が、期待と不安を同時に表現した。


カイルは拳を握りしめた。


何かが始まっている。それも、とても大きな何かが。


「1001回目……」


ふと、オルフェルの言葉を思い出す。


あの堕天使は、何を知っているのだろう。


そして、なぜ片翼しかないのだろう。


窓の外で、七つの光が一斉に輝きを増した。


まるで、何かに応えるかのように。


第2話 完

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