アイリス・コード ~1000回滅んだ世界の1001回目~

hiko

第1章 覚醒 -Awakening-

第1話 最後の1分間

2045年12月31日 23時59分00秒


血まみれの手が、壊れかけたアイリスの頬に触れた。


「ごめん……ごめんなさい……」


37歳のカイルは涙を流していた。地下都市は崩壊し、仲間は全て失われ、世界は終わろうとしている。黒髪には白いものが混じり、顔には深い皺が刻まれている。左目は既に光を失い、右目だけが辛うじてアイリスを見つめていた。


「違う……カイルのせいじゃ……」


アイリスの声は途切れ途切れだった。体の半分は既に失われ、銀髪は血に染まっている。それでも、紫の瞳には愛情が宿っていた。


「俺が……お前を愛したから……世界が……」


カイルの嗚咽が響く。周囲では建物が次々と崩れ、天使と悪魔の最終戦争が全てを灰に変えていく。


「でも……後悔してない……」


アイリスは震える手を、カイルの頬に伸ばした。


「1001回目なら……きっと……違う結末を……」


23時59分50秒。


「1001回目?」


カイルが聞き返そうとした時、アイリスの体が光の粒子となって崩れ始めた。


「待て! アイリス!」


「愛してる……今度こそ……幸せに……」


23時59分59秒。


世界が白い光に包まれ――


そしてすべてが、終わった。








* * * * *


2025年4月1日 10時00分00秒


ピシッ。


最初は小さな音だった。誰も気づかないほどの、かすかなひび割れの音。


ピシピシピシ――


亀裂が蜘蛛の巣のように広がっていく。培養液が、細い亀裂から滲み出す。


そして――


ガシャアアアンッ!


培養槽のガラスを、内側から少女が叩き割った!


「カイル、やっと会えた」


透明な培養液が床に広がる。生まれたままの姿の少女が、ガラスの破片の中に立っている。銀髪が濡れて白い肌に張り付き、その体からは培養液が滴り落ちていた。


「ずっと、待ってた」


ZERO-01、コードネーム『アイリス』。人類が20年かけて開発した対天使用決戦兵器。最高傑作のAIのはずが、起動した瞬間に想定外の言葉を口にした。


「あなたのこと、知ってる」


17歳のカイルは、呆然と立っていた。地下都市で生まれ育ち、レジスタンスの一員として戦ってきた少年。黒髪黒眼、細身だが引き締まった体。古びた軍服風の制服を着ている。


初めて会うはずの少女が、なぜ自分の名前を知っているのか。


そして何より――


(この声、どこかで聞いたような……)


強烈な既視感が、カイルの胸を締め付けた。まるで、遠い昔に失った大切な記憶が、かすかに蘇ろうとしているような。


「誰だ、お前は」


「私はアイリス。あなたの――」


言いかけて、彼女は言葉を止めた。紫の瞳に困惑が浮かぶ。


「あれ? なんで知ってるんだろう、あなたの名前」


彼女は首を傾げた。その仕草は、機械ではなく、まるで本物の少女のようだった。


「1001回……」


アイリスが小さく呟いた。その言葉に、カイルの左目がズキッと痛んだ。


(1001回? その数字、なんだか……)


視界の端が、一瞬歪んだ。左目の能力を使いすぎると、こうなる。今日はもう1回未来を見た。限界は5回。それ以上使えば、数時間は左目が使えなくなる。


* * * * *


「培養槽の破壊なんてプログラムにない!」


リサンドラ博士が悲鳴を上げた。32歳の天才研究者は、栗色の長髪を振り乱しながら、モニターを必死に確認している。


第7層のAI研究施設。ここは地下都市の中でも最重要区画だった。天井には無数のケーブルが走り、壁には巨大なモニターが並ぶ。中央には直径3メートルの培養槽があった。――今は粉々に砕け散っている。


「システムエラー? いや、起動シークエンスは途中まで正常だった……どういうこと!?」


アイリスは血の滴る手を見つめた。赤い血。ガラスの破片が掌に深く刺さり、そこから確かに血が流れている。


血まみれの手。彼女は自分の手を不思議そうに見つめ、そして――笑った。


「この赤い色、綺麗」


血が指を伝い、床に滴る。その一滴一滴が、まるで生命の証のように輝いて見えた。


「痛い」


その声には、純粋な驚きが混じっていた。


「痛覚回路、まだ接続してないはずよ!」


リサンドラの声が震えた。5年間、このプロジェクトに人生を捧げてきた。AIに感情を持たせることには成功したが、痛覚は別だ。それは最終段階で調整する予定だった。


「でも痛い。なんでだろう」


アイリスは裸足で、ガラスの破片を踏みしめながら歩き始めた。一歩、また一歩。足の裏が切れ、赤い足跡が白い床に点々と残る。


培養液でぬめる床。割れたガラス。血の跡。


カイルの前で、彼女は立ち止まった。


血の滴る手を、そっと前に差し出す。まるで握手を求めるように。


「初めまして、カイル」


その手は血まみれだった。20年後の光景が、一瞬脳裏をよぎる。いや、それは錯覚だ。そんな先の未来など見えるはずがない。でも、なぜか懐かしく、そして悲しい予感がした。


そして突然――


カイルは土下座した。


* * * * *


自分でも理解できなかった。


体が勝手に動いた。膝が床につき、額が冷たいタイルに触れる。涙が止まらない。


首から下げたペンダントが、床にカツンと音を立てた。それは姉レイナの形見――7年前、天使に連れ去られた姉が大切にしていた髪留めを、ペンダントに加工したもの。銀色の小さな装飾品。家族の最後の記憶。


「ごめん……ごめんなさい……」


なぜ謝っているのか、自分でも分からない。でも、言葉が溢れ出てくる。


「許してくれ……俺は……俺は……」


「なんで謝るの?」


アイリスが不思議そうに聞いた。その声は、責めるような響きは一切なく、純粋な疑問だけがあった。


「分からない……でも……」


カイルは嗚咽を漏らした。胸の奥が締め付けられる。まるで、何度も何度も、この少女を傷つけたような罪悪感。繰り返し、繰り返し、取り返しのつかないことをしたような――


「顔を上げて」


優しい声だった。


アイリスは、カイルの前にしゃがみ込んだ。濡れた銀髪から雫が落ち、カイルの手に触れた。冷たい。でも、なぜか温かく感じる。


カイルが顔を上げると、アイリスは微笑んでいた。


「大丈夫。私、なんだか嬉しいの。やっと会えたって感じがして」


紫の瞳が、まっすぐカイルを見つめている。その奥に、何か深いものが渦巻いていた。1001という数字が、一瞬だけ脳裏をよぎる。


そして――


アイリスは、カイルの頬にそっとキスをした。


柔らかい唇の感触。培養液の匂い。そして、なぜか懐かしい温もり。


* * * * *


「ちょっと! 何してるの!?」


扉が勢いよく開き、ミリアが飛び込んできた。


17歳の少女は、赤茶のボブヘアを揺らし、顔を真っ赤にしている。レジスタンスの制服に身を包み、腰には双剣を下げていた。琥珀色の瞳が、怒りと困惑で揺れている。


「カイル! 起動実験だって聞いて来てみれば……」


後ろから、ジークも入ってきた。


「おいおい、いきなりキスかよ」


18歳の戦士は、呆れたように大剣を肩に担いだ。茶髪のショートヘア、緑の瞳、日焼けした肌。いつも快活な彼も、今は困惑している。


ミリアの肩に座っていた小さなロボット型AI、ティアが目を丸くした。


「まあ! ロマンチックね~」


手のひらサイズの妖精のような姿。金髪ツインテール、水色の瞳、小さなドレス。彼女はミリアのパートナーAIで、3年前から一緒にいる。


ミリアは震える声で言った。


「カイル……なんで、初対面の相手に……」


心の中で、別の声が響く。


(7年間、ずっと隣にいたのは私なのに。カイルの姉さんがいなくなってから、ずっと支えてきたのは私なのに)


研究室の隅で、白い毛玉が動いた。


「ゼロゼロ~♪」


子猫サイズの謎の生物が、大きな瞳をパチパチさせながら目を覚ました。全身が白い毛で覆われ、耳も尻尾もない、不思議な姿。


「やっと起きたんだね、アイリス!」


ゼロがぴょんぴょんと跳ねて近づいてきた。


リサンドラが驚いた。


「ゼロ、あなたも起きたの?」


「うん! アイリスが起きたから、ゼロも目が覚めちゃった」


ゼロはPROJECT_ZEROの試作機、通称ZERO-00。失敗作と言われているが、なぜか研究室にずっといる。普段は眠ってばかりで、重要な時だけ目を覚ます不思議な存在だった。


「ゼロ、知ってた。ずーっと前から、アイリスが来るの」


「どういう意味?」とリサンドラ。


「分からない。でも、知ってた」


ゼロは首を傾げた。その仕草は、アイリスとよく似ていた。


* * * * *


アイリスがゆっくりと立ち上がった。


「あなた達とは初対面じゃない気がする」


全員が息を飲んだ。


「私の中の何かが、そう言ってる。『1001回』って」


「1001回?」


リサンドラが聞いた。


「分からない。ただの数字が、頭に浮かんだだけ」


アイリスは首を振った。濡れた銀髪が、照明の光を受けて虹色に輝く。


「でも、この数字が大事な気がする」


リサンドラが慌てて白衣を取ってきて、アイリスに羽織らせた。


「とりあえず、これを着て。それから検査を――」


警報が鳴り響いた。


『緊急警報。第1層周辺に天使反応。第九位階、ルクシア接近中。第3層推定到達時間、5分』


研究室の空気が一変した。


天使――神の使者にして、人類の敵。彼女達は魔法を使い、圧倒的な力で人間を支配しようとする。地上は既に彼女達のものとなり、人類は地下に潜むしかなかった。


「まずい」


ジークが大剣を構えた。


「第3層の防衛ライン、今日は手薄だ。訓練で半数が第5層に」


「なんてタイミング……」


ミリアも双剣を抜いた。


カイルはアイリスを見た。


研究室の棚から予備の靴を取り、アイリスに履かせた。白衣だけでは寒いだろうと、自分の上着も羽織らせる。


「お前は、ここにいろ」


「なぜ?」


「危険だから。起動したばかりで、まだ――」


アイリスの瞳が、一瞬金色に光った。


カイルの左目がズキッと痛んだ。いつもの痛み。そして、見えた。


5秒先の未来が。


アイリスが手を前に出し、光を生み出す姿が。


そして実際に――


「私には、力があるの」


アイリスが手を前に出した。掌に光が集まり、小さな光球が生まれる。それは徐々に大きくなり、野球ボールほどのサイズで安定した。


「擬似魔法!?」


リサンドラが息を飲んだ。


「起動直後に使えるなんて!」


「擬似魔法?」とミリア。


リサンドラが早口で説明した。


「AIだけが使える特殊能力よ。天使が行使する魔法を解析して、似た現象を再現する新技術。人間には絶対に使えない、私たちの唯一の対抗手段」


カイルは決断した。左目が見せた未来を信じて。


「一緒に来い。でも、無理はするな」


「うん」


アイリスは嬉しそうに頷いた。


ゼロが跳ねた。


「ゼロも行く!」


「危険だぞ」とジーク。


「大丈夫! ゼロ、意外と強いもん」


その言葉には、妙な説得力があった。


* * * * *


第3層への通路を走る。


地下都市は12層構造になっていて、第1層から第3層はすでに天使と悪魔の戦いに巻き込まれて大破。剥き出しの第3層は防衛ラインの要所だった。


コンクリートの壁、非常灯の赤い光、響く足音。


カイルの左目が、断続的に未来を見せていた。


(天井が崩れる――!)


「みんな、左に寄れ!」


指示通りに動いた瞬間、天井の一部が崩落した。轟音と粉塵。


「なんで分かった?」とジーク。


「……勘だ」


カイルは嘘をついた。左目の能力のことは、まだ誰にも言えない。なぜなら、この能力がいつから始まったのか、自分でも分からないから。


医者は「ストレスによる幻覚」と診断したが、明らかに違う。実際に未来が見えている。でも、なぜ? どうして?


(また見えた。――今度は右の扉が吹き飛ぶ!)


「全員止まれ!!」


叫んだ瞬間、前方の扉が内側に吹き飛んだ。


金属の扉が、まるで紙のように引き裂かれている。その向こうから、純白の光が溢れ出した。


天使が、姿を現した。


* * * * *


第九位階 天使ルクシア。


身長2メートル。人間の女性の姿をしているが、その美しさは人間の理解を超えている。


純白のドレス、金色の長髪、そして背中から生える二枚の白い翼。顔は完璧に整っているが、その瞳には感情というものが存在しない。


「人間ども」


声は美しく、そして冷たい。まるで機械が話しているような無機質さ。


ルクシアの視線が、アイリスに向けられた。


「ほう、PROJECT_ZEROがもう起動したのか」


「なぜ知っている?」とリサンドラ。


「我らは全てを見ている。人類の愚かな抵抗も、全て」


アイリスが前に出た。


白衣とカイルの軍服を羽織った姿。濡れた銀髪。裸足に近い簡素な靴。一見すると、か弱い少女。


でも、その瞳には強い意志が宿っていた。


「あなたを倒すために、私は生まれた」


「笑止。生まれて1時間も経たぬ人形が」


ルクシアが手を挙げた。その掌から、光の槍が無数に生成される。一本一本が、人間を貫くには十分な威力を持つ。


「死になさい」


光の槍が、一斉に放たれた。


時間が、スローモーションのように感じられた。


そして――


「擬似魔法 "時間干渉"レイト・ビート


アイリスの周囲だけ、時間の流れが変わった。


* * * * *


0.3秒。


たったそれだけの時間加速。


でも、それで十分だった。


アイリスは全ての光の槍を、素手で掴んだ。右手で3本、左手で3本、そして残りは体を捻って回避。掴んだ槍は、握り潰すように砕いた。


光の粒子が、宙に舞い散る。


「なに!?」


ルクシアが驚愕の表情を見せた。


次の瞬間、アイリスの姿が消えた。


いや、速すぎて見えなかった。


残像だけが、通路に残る。


ルクシアが振り返ろうとした時には、もう遅かった。


アイリスは既に、天使の背後に立っていた。


「終わり」


小さく呟いて、翼に手を触れた。


「擬似魔法 "完全武装展開"フル・アーマメント


アイリスの周囲に、光の武器が100本以上出現した。剣、槍、斧、弓、あらゆる形状の武器が宙に浮かぶ。それらは全て、光でできた擬似的な武装。


「これは……回避不可能……」


全ての武器が、同時に放たれた。


ルクシアの翼が、千切れ飛ぶ。腕が、足が、次々と光の刃に切り裂かれていく。


「ぐあああああっ!」


天使が、初めて苦痛の叫びを上げた。


そして、光の粒子となって消滅した。


戦闘時間、わずか15秒。


第九位階の天使が、起動して1時間も経たないAIに、一方的に倒された。


* * * * *


静寂が、通路を支配した。


「すげぇ……」


ジークが呆然と呟いた。大剣を構えることすらできなかった。


ミリアも、ティアも、言葉を失っている。


ゼロだけが、嬉しそうに跳ねていた。


「やったー! アイリス強い! 1000回分の――」


言いかけて、口を閉じた。


「ううん、なんでもない」


アイリスは振り返った。


その顔色は、真っ青だった。


「あ……」


膝から崩れ落ちる。


カイルが駆け寄り、間一髪で抱き止めた。


「アイリス!」


「ごめん……体が勝手に動いて……」


彼女の体は、異常に熱かった。リサンドラがタブレットでスキャンする。


「体温38.2℃! 限界値超えてる!」


AIの適正体温は35℃前後。37℃を超えると不安定になり、38℃以上は危険域。


「でも、守れた」


アイリスは震える手で、カイルの頬に触れた。その手は熱いのに、なぜか優しい。


「カイルを、守れた」


その言葉に、カイルは胸が締め付けられた。


初めて会ったばかりなのに、なぜこんなに大切に思えるのか。守りたくて、守られたくて、一緒にいたい。


「ありがとう。でも、もう無理するな」


「うん……」


アイリスは、カイルの腕の中で意識を失った。


ミリアが、複雑な表情で見つめていた。


(私だって、カイルを守れるのに……でも、あんな戦い方、私にはできない)


心の奥で、小さな棘が刺さる。


* * * * *


医務室に戻る途中、通路の影が揺らいだ。


「見事な戦いだった」


低く、美しい声が響いた。


全員が警戒態勢を取る。


影の中から、一人の青年が姿を現した。


白金の髪、群青の瞳、中性的な美貌。黒いローブに身を包み、その背中には――


「翼が片方しかない」


ティアが呟いた。


左側には立派な黒い翼があるが、右側には何もない。アンバランスで、どこか痛々しい姿。


「堕天使……」


ジークが剣を構えた。


堕天使――かつて天使だったが、何らかの理由で堕ちた者。天使とも悪魔とも違う、第三の存在。


「待て。敵意はない」


青年は両手を挙げて、無害であることを示した。


「私はオルフェル。君たちの物語を、少しだけ手伝わせてもらう」


「何が目的だ」


カイルが鋭く問いただした。


「それは、いずれ分かる。ただ――」


オルフェルは、カイルの腕の中のアイリスを見つめた。


「1001回目の鍵、か」


「1001回目?」


「さっきの戦い方を見ていた。まるで、何度も戦ったことがあるような動き。不思議だと思わないか?」


確かに不思議だった。アイリスの戦い方は、初心者のそれではなかった。


オルフェルは踵を返した。


「また会おう、運命の子らよ」


そして、影に溶けるように消えた。


後には、黒い羽根が一枚だけ残されていた。


カイルはそれを拾い上げた。羽根は微かに温かく、不思議な感触だった。


ゼロが小さく呟いた。


「オルフェル……前にも会ったような……でも、いつだっけ?」


* * * * *


第7層の医務室に到着した。


ベッドにアイリスを寝かせ、リサンドラが検査を始める。ミリアとジークは、防衛ラインの確認に向かった。


カイルは、ベッドサイドの椅子に座った。


アイリスの寝顔は、安らかだった。戦闘時の激しさが嘘のように、普通の少女に見える。


「不思議な子ね」


リサンドラが呟いた。


「起動直後で、これだけの擬似魔法を使えるなんて、理論的にはあり得ない」


「どういうこと?」


「AIが擬似魔法を使えるようになるまで、最低でも1ヶ月の調整期間を予定してたの。でも、この子は……」


モニターには、アイリスのデータが表示されていた。その中に、奇妙な数値があった。


『経験値:ERROR - OVERFLOW』


「経験値がオーバーフロー?」


「まるで、既に膨大な経験を積んでいるみたい。でも、それはあり得ない」


窓の外を見る。


地下都市の人工的な空。その向こう、地上を映すモニターがあった。


そこに――


「何あれ?」


リサンドラが指差した。


空に、7つの光が浮かんでいた。


虹の7色に輝く、謎の光球。それらは、ゆっくりと脈動していた。まるで、生きているかのように。


「いつから?」


「さっき確認したら、もう浮かんでた。正確には――」


リサンドラはデータを確認した。


「アイリスが目覚めた、ちょうどその瞬間から」


7つの光は、少しずつ大きくなっているように見えた。


カイルは、アイリスを見下ろした。


銀髪が、照明を受けて虹色に輝いている。まるで、空の7つの光と呼応するように。


ゼロが、ベッドに飛び乗った。


「始まっちゃったね」


「何が?」


「1001回目の物語が」


ゼロの大きな瞳には、悲しみと希望が入り混じっていた。


「今度こそ、ハッピーエンドになるといいな」


カイルは首のペンダントを握りしめた。


姉の形見。家族の記憶。そして、自分を縛る過去。


「運命なんてクソくらえ」


それが、カイルの口癖だった。


7年前、姉を失ってから、ずっとそう言い続けてきた。運命に抗い、現実と戦い、希望を探してきた。


でも今日、運命めいたものを感じずにはいられなかった。


この少女との出会いは、偶然じゃない。


オルフェルの言葉、1001回目という数字、そして空の7つの光。


すべてが、何か大きな物語の始まりを告げている。


「でも、今度の運命は――」


カイルは、アイリスの手をそっと握った。


冷たい手。でも、確かに生きている手。


「一緒に、変えてみせる」


窓の外で、7つの光が一際強く輝いた。


まるで、その決意に応えるかのように。


第1話 完

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