1/0殺人事件

ヒロシマン

第1話完結

事件は前触れもなく、突然起きる。しかし、それは、ささいなことがゆっくりと進行した結果だ。


渚港刑事が、その一報を受けたのは夕暮れの夕焼けが美しい時だった。


すぐに渚港刑事は、事件現場に急行した。


すでに鑑識が慌ただしく立ち回り、事件現場の公園を丹念に調べていた。


事件は、バラバラ殺人事件。


バラバラにされた死体は、一箇所にすべて揃えられていた。


死体の口に中に、半透明のビニールの切れ端がねじ込まれ、それには「1/0=−1」とマジックで書かれていた。


すでに来ていた南村刑事が、渚港刑事に気づいて近づいてきた。


「渚港さん、どう思います?」


「嫌な事件だな。バラバラにしておいて、すべて一箇所に揃えているのは、なぜだ?バラバラにする必要があったのか?それに1/0=−1とは?」


「1/0は、1を0で割るってことですよね。それだったら、計算不可能か物理だと無限大ですよね。−1にはならないはずだけど?」


「計算不可能なら、この事件で犯人を捕まえるのは不可能ということか?無限大だとしたら、この事件は、まだ続くということか?」


「どちらにしても我々にたいする挑戦のようですね」


それから数日して、同じようなバラバラ殺人事件が起きた。


違う公園で、バラバラの死体が、一箇所にすべて揃えられ、死体の口の中に、半透明のビニールの切れ端がねじ込まれ、それには「1/0=−1」とマジックで書かれていた。


連続バラバラ殺人事件になったことで、渚港刑事と南村刑事は、犯人の早急な逮捕を迫られていた。


「渚港さん、やはり、これは警察にたいする挑戦でしょう」


「そうかもしれんが、そうとも言えないような気がする」


「なぜですか?他にどんな理由があるっていうんですか?」


「1/0=−1。−1は何を意味しているのか?」


「−1は、ただの計算間違いか、数学のできない奴なのか?それともなにか深いメッセージでもあるんでしょうか?」


「0で割ることはできない。0では分けられない。バラバラの死体を分けることはできなかった。しかし、命は失われた。それが−1なんじゃないのか」


「それを伝えるために、殺人を犯したんでしょうか?もっと他に方法があったでしょうに」


「1/0=−1なんて、だれが認めてくれる?犯人は、色んな所にこのことを知らせていたはずだ。それを調べれば、犯人にたどり着くかもしれない」


渚港刑事と南村刑事は、大学や高校などの学校関係者、学習塾の講師などに「1/0=−1」と言ってきた人物がいないか尋ねて回った。


その結果、浮かび上がったのが、江桜又一郎という容疑者だった。


それからまた、数日たって、またバラバラ殺人事件が起きた。


やはり公園に、バラバラの死体が、一箇所にすべて揃えられていた。しかし、こんどは少し違っていた。


死体の口の中に、半透明のビニールの切れ端がねじ込まれ、それに書かれていたのは「ds^2 = -(1 - 2GM/c^2☓r)☓c^2dt^2 + (1 - 2GM/c^2☓r)^-1☓dr^2 + r^2☓dθ^2 + r^2☓sin^2☓θ☓d☓ϕ^2」とマジックで書かれていた。


渚港刑事と南村刑事には、なんの数式か分からなかった。そこで、以前、聞き込みに行った大学の教授に尋ねた。


「ああ、これはシュヴァルツシルト解ですね。有名な数式ですよ。この間、1/0のことを聞きにこられましたね。これはブラックホールの重力の特異点の存在を示すものとして知られていますよ。rが0の時、1/0^3になるんです。それで、アインシュタインの一般相対性理論は通用しないとされています」


渚港刑事は興味深く聞いてみた。


「仮に、1/0が-1になるとしたら、どうなりますか?」


「そんなことはありえませんね。しかし、仮にというのであれば、極度に歪んだ時空、つまり重力の影響が非常に強い状態。ブラックホールの内部がこれに該当し、時間と空間の役割が入れ替わるとでも申しましょうか。まあ、そんなことは誰も認めないでしょうね」


それ以後、バラバラ殺人事件は起きず、容疑者の江桜又一郎の行方も分からなかった。


計算不可能、無限大。それとも・・・。

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