六日目:毒入りのワイン(拒否)
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「今夜は?」
看守サフラの問いに、死刑囚ジャウハラは静かに答えた。
その声は、まるで風のように弱く、しかし確かな意志を含んでいた。
「毒入りのワインを……」
言葉の意味を理解した瞬間、看守サフラは眉をひそめた。
牢の空気が、ぴたりと止まる。
「冗談……ですよね?」
サフラの声は震えていた。
だが、ジャウハラは首を横に振った。
その動きは、静かで、重かった。
「冗談ではない。致死性ではない、苦しむための毒をくれ……」
その言葉には、痛みと悔いが滲んでいた。
ジャウハラは、望んでいた。
死ではなく、苦しみを──自らの罪にふさわしい罰を。
「……それはディナーとは認められません」
サフラの声は、かすかに揺れていた。
規則が、彼の心を縛っていた。
だが、それ以上に、ジャウハラを苦しませたくないという思いが、胸を締めつけていた。
「頼む……どうか……俺は罰を受けたい、だから、頼む……」
ジャウハラの瞳は、深い闇を湛えていた。 その闇は、誰にも触れられないほど深く、冷たかった。
「…………わかりました、ワインはお持ちします。ワインの在庫が少ないので、僕の私物からの供出になりますが……」
最終的に死刑囚ジャウハラの前に差し出されたのは、普通の赤ワインだった。
グラスの中で、赤い液体が静かに揺れていた。
それは、血のようにも、夕暮れの空のようにも見えた。
「……」
ジャウハラは、ワイングラスを見つめたまま、言葉を失っていた。
「――覚えていますか、ジャウハラ隊長。看守の職に就けた僕に、あなたが奢ってくださったワインと同じ銘柄です」
サフラの声は、過去を呼び起こすように優しかった。
「…………ああ……」
ジャウハラは、静かに微笑んだ。
その笑みは、懐かしさと哀しみが混じった、複雑な色をしていた。
「覚えているよ、サフラ。御祝いで、奮発したのだったな……」
「……飲んでください。毒は入っていませんが」
「……」
「どうか。あなたのためじゃない、僕のために──」
その言葉に、ジャウハラは目を伏せた。
そして、ゆっくりとグラスを持ち上げ、口元に運んだ。
死刑囚ジャウハラは飲んだ。ワインを飲んだ。
そのワインには、毒は入っていなかったが──。
──睡眠薬が入っていた。
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死刑執行まで、あと一日。
牢獄の夜は、静かに、しかし確実に終焉へと向かっていた。
「……!」
看守サフラは、周囲を確認したあと、死刑囚ジャウハラの自由を奪う枷を外し、深く眠って意識のない彼を布に包み、運び出した。
その手は震えていたが、迷いはなかった。 人気のない道を、看守サフラは必死にひた走る。誰にも聞かれていないことを確認して、サフラはつぶやいた。
「……僕は、あなたが好きです、ジャウハラ隊長。初めて会ったあの日から、人生を変えられた、救われたあの時からずっと、あなたのことを……」
その言葉は、誰にも届かない。
夜は深く、静かに、看守サフラと抱えられているジャウハラを包み込んでいた。
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