二日目:干し肉と酸っぱいキャベツ

 ・-・-・-・-・-・-・-・-・-・


 牢獄の夜は、昨日と変わらず静かだった。

 石壁に囲まれた空間は、時間の流れさえ忘れさせる。

 外の世界では、誰かが笑い、誰かが泣いているのかもしれない。だが、この場所には、ただ冷たい沈黙だけが支配していた。


「今夜は?」


 看守の問いに、男は少し考えてから答えた。

 その瞳は、どこか遠くを見つめていた。まるで、記憶の底に沈んだ誰かの姿を探しているようだった。


「干し肉と酸っぱいキャベツ」


 皿の上には、塩気の強い干し肉と、酢で漬けられたキャベツが並ぶ。

 保存のきく粗野な食事。戦場や旅路を思わせる、飾り気のない献立だった。

 だが、男の表情には、どこか懐かしさが滲んでいた。


 注文通りの品が揃った簡素なテーブルを前に、男は静かに告げた。


「懐かしい。育ての父がよく食べていた。流れの傭兵で、口数の少ない男だったが、これだけは欠かさなかったのだ。

 俺が王に仕えると決めた日、黙ってこの皿を差し出した。

 ……それが、最後の会話だった」


 言葉の端々に、かすかな痛みが滲む。

 男の声は淡々としていたが、その奥には、言葉にできない感情が渦巻いていた。

 看守は黙って聞いていた。

 皿の上に並ぶのは、ただの食材ではない。

 それは、結ばれた運命と、断ち切られた絆の味。

 かつての誓いと、別れの記憶が、男の赤い瞳で揺れていた。


「……育ての父親は、今?」


 看守の声は、少しだけ低くなった。

 男の過去に触れることが、どこか罪深いように感じられた。


「死んだ。流行病だったそうだ。あれほど強い人でも、流行病には勝てなかった。皮肉なものだ……」


 男は、干し肉を噛みしめながら言った。

 その表情には、怒りも悲しみもなかった。ただ、静かな諦念があった。強者が病に倒れる──それは、運命の皮肉であり、世界の不条理でもあった。


「……ジャウハラ隊長」


 看守は、震える声で静かに問いかける。

 かつて敬意を抱いていた名を、今は罪人として呼ぶ。

 その葛藤が、声の震えに表れていた。


「……近衛騎士隊長だったあなたが……何故、陛下を弑逆しぎゃくしたのですか?」


 死刑囚ジャウハラは、静かに笑った。

 その笑みは、冷たくもなく、優しくもなく、ただ深い闇を湛えていた。


「──他ならぬ俺が、そうするべきだと、思ったからだ」


 その言葉は、まるで刃のようだった。

 理由を語るでもなく、深い後悔をにじませた声。

 看守は、それ以上何も言えなかった。

 牢の空気が、さらに重く沈んでいく。


 ・-・-・-・-・-・-・-・-・-・


 死刑執行まで、あと五日。

 夜は静かに、確実に、終わりへと向かっていた。


 ・-・-・-・-・-・-・-・-・-・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る