輝く月

ナナシの助

輝く月


本は楽しい。自分を素敵な世界に連れて行ってくれる。図書室はそんな素敵な世界がいっぱい詰まった魔法の部屋。その日、私はまたひとつの世界へと飛び込こもうとしていた。


「へー。愛してるを『月が綺麗ですね』って言うのかぁ」


不意に横から男子の大きな声が聞こえた。これからと言う時に邪魔された苛立ちから思わず


「有名じゃん……」


と小さくボヤいてしまう。有るまじき失態。実際知らない人が隣にいる訳だし。急いで口を両手で隠すが時すでに遅し。隣の男子がこちらを向く気配がする。慌てて頭を下げる。


「ご、ごめんなさい……」


私は人が苦手だ。中学時代、友達だと思っていた男子が私の陰口を言っていたから。それ以来、みんな裏では私を嫌っていると思ってしまい怖くなった。

 

(やってしまった……)


ああ、ほら。男子の視線が痛い。でも、図書室で声を上げるのも如何なものかと……頭を下げながらそんな事を思っていると


「お前、これ知ってんの!?」


予想に反した声が聞こえてきた。


「う、うん……ま、漫画でも使われてるし」

「お前、凄いな!」      

    

 

「どこが、どう凄いのか未だに分からないんだけど……」


あれから10年経った。事実は小説よりも奇なり。私と彼はこうして居酒屋で飲む仲になっていた。


「知らない事知ってたら凄いだろ?」

「そんな事言ってたらみんな凄くなるよ」


ノンアルコールを煽る。お酒は好きだけど、弱い私は飲むなと彼に言われて以来飲んでいない。そう。友達と思っているのは彼だけ。私はいつの間にか彼に恋をしていた。けれど関係を壊したくなくて、気持ちを隠したままでいる。


「そりゃそうだけど」

「所で今日はなんなの?また彼女と喧嘩したの?」

「それなんだけど……」 


おかげで、こうして良く恋愛相談をされる。分かっている。悪いのは私で彼は少しも悪くない。それでも無神経だとも思ってしまう。


「実は結婚する事になったんだ。お前に一番に言いたくて」


一瞬何を言われているか分からなかった。


「そ、そう。おめでとう」


そう言うのが精一杯だった。それからは何を話したか全く覚えていない。なんとかお祝いと称して奢って店を出ると、綺麗な満月が輝いていた。彼が「ご馳走様」と礼を言いかけた時、


「ねぇ、『月が綺麗ですね』」 


私の言葉に目を丸くするのが分かった。それはそうだ。私自身も零れた言葉に驚いている。彼は逡巡したあと苦しそうな声で


「月なんかどこにもないだろ」


と煌々と輝く月を見て言った。 

                   

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輝く月 ナナシの助 @moricco2000

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