自由のワルツ、公園にて
狛咲らき
家出した僕とおかしな君と
深夜の公園で、裸の女の子が楽しげに踊っていた。
防犯灯の薄明かりの下、起伏の控えめな胸を晒している。
黒く艶やかな長い髪の隙間からは、色白で小さなお尻が覗いている。
「ありゃ、見つかっちゃった」
苦笑しながら彼女は言った。
胸や陰部を隠そうとせず、僕の視線を文字通り一身に受けている。
「何してるの?」
僕の質問に彼女は首を傾げた。
「見て分からない? ろしゅつきょーってやつ。キミこそ何してんの? 良い子はもう寝る時間だよ」
「君には関係ないよ」
「関係あるよ。見られたんだから」
彼女はムッとした表情を浮かべた。
そうして見つめられると、堂々と裸を晒す彼女が悪いのに、何故か僕の方が悪い気がしてくる。
目を逸らしながら僕は渋々答えた。
「家出だよ。行くアテもないけど」
「へー。親と喧嘩でもしたの?」
「喧嘩じゃないよ。いろいろ嫌になっただけ。中学受験に失敗してから、お母さん怖くなって。もう中二なのにゲームもスマホも禁止だし、友達とも遊んじゃダメだって」
「それで家出したんだ。でもさ、それは君も悪いよ」
「えっ?」
驚く僕に、彼女は続けて話す。
「お母さんと喧嘩してないんでしょ? 嫌だって言わないと」
「そりゃ僕だって反抗したよ。でも、受験落ちた癖に文句言うなって聞く耳を持ってくれなかった」
「それだけで逃げたの? かわいい反抗ね」
彼女はくるりとその場で一回転してみせた。
そして目を逸らす僕を咎めるように言う。
「私を見てよ。逃げも隠れもしてないよ。犯罪者の私が逃げてないのに、なんでキミは逃げちゃうの」
「それは……君がおかしいんだよ。裸だし」
「かもね。でも、おかしくなった方が楽しいよ」
「楽しい?」
「うん。人生は一度きり。だったら、誰にも、何にも縛られずに、自由におかしく生きたいでしょ?」
「そうかもだけど……変わってるよ」
「じゃあキミは変わらなくて良いの? 家出するくらい嫌なのに?」
「……」
「もう、はっきりしないね。簡単な話よ。お母さんが嫌なら、もっと反抗すれば良い。服が煩わしかったら、自分の殻ごと脱いじゃえば良い!」
その瞬間、心の奥底で何かが疼いた。
やっぱり、彼女はどこかおかしい。
外で、それもこんな夜中に素っ裸になるなんて危ないし、間違ってる。
でも、そんな間違いを酷く羨ましく思う自分もいる。
だから。
「キミは楽しくないんでしょ」
「そう、だね」
「じゃあキミも殻を脱いじゃえば?」
それを人は、悪魔の誘いと言うのだろう。
時計塔を見上げる。2時5分。日付が変わって月曜日。
無限にも思える逡巡の末、僕は息を吸って、吐いた。
辺りに誰もいないのを確認して、まず服を、そしてズボンを、パンツを脱ぐ。
同じ年頃の女の子に眺められて、心臓が痛いくらいに音を立てている。
恥ずかしさで熱くなった顔を、心地良い夜風が撫でた。
それでも。
「一緒に踊る?」
差し伸べられた手を、僕はいつの間にか掴んでいた。
ワン、ツー、スリー。ワン、ツー、スリー。
防犯灯をスポットライト代わりにして、一糸纏わぬ姿で僕らは踊る。
不慣れな僕を彼女がリードしてくれる。
誰かに見られたらと思うと緊張して、動きがもっとぎこちなくなる。
でも、この緊張も、恥ずかしさも、拙いワルツも。
鬱屈なあの日々と比べるとずっと楽しくて、ずっと自由だった。
母のことが怖い。
帰ったら、きっと物凄く怒られるだろう。
家出の理由も聞かずに頭ごなしに否定して、抑圧してくるだろう。
そんな母とちゃんと大喧嘩したいと思った。
自由のワルツ、公園にて 狛咲らき @Komasaki_Laki
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