Re:変恋 【1分で読める創作小説2025参加作品】

星乃かなた

Re:ナンパ

 ——君、かわいいね。


 彼のナンパから始まった私たちの恋は、荒唐無稽な大冒険を経て、幕を閉じた。


 異能力者や妖怪、UMAといった非日常の存在たちと戦いを繰り広げつつ、その最中に甘い時間を過ごすといった、まるでジェットコースターのようなめちゃくちゃな恋物語だった。


 ある時は巷を騒がせた発火能力者と命がけの追いかけっこをして。

 その合間に彼は敵の目を盗み、私のくちびるも盗んだ。


 またある時は夜の学校でホンモノの妖怪たちとリアル肝試しをして。

 まさにその真っただ中で、彼は私をお姫様抱っこしながら駆け抜けた。


 数か月前には雪男やネッシーといった未確認生命体に出くわして。

 手なづけたネッシーに乗ってネス湖を遊覧した。


 そして最終的に謎の宇宙人が私たちの前に現れて。

 地球の存亡をめぐる大激戦が始まった。


 冒険の中で特別な力を身に着けた彼は、死闘の果てに宇宙人を追い詰めた。


 最終的に私たちの勝利で幕を閉じたけど、ただで平和を手に入れることはできなかった。


 病室のベッドに横たわる彼は、謎の宇宙人へはなった最後の一撃による代償で、大事な人との記憶をすべて失っている。


「ん……」


 目を覚ました彼がこちらを見る。

 どうやら私のことは覚えていないらしい。


 ということは、私のことも大事に思ってくれていたということだ。


 そんな不謹慎な喜びを抱きつつも、一緒に過ごしてきた思い出を忘れられていることがどうしようもなく悲しくて、あふれ出る涙が止められなかった。


 スリル満点な物陰での口づけも。

 夜の学校でのお姫様抱っこも。

 ふたりで見たネス湖の美しい景色も。


 ぜんぶぜんぶ無くなって、彼の中から私という存在はすっぽ抜けている。

 他にもいろいろ忘れちゃってて、今の彼はもう抜け殻なのかもしれない。


 もう目の前のこの人は、私が大好きになってしまった彼とは別人なのかもしれない。


 そんなことを考えると、涙も鼻水も止まらなくなって。

 私の中の彼の記憶も一緒に、流れ出てしまいそうなくらいだった。

 

「大丈夫?」


 ふと、泣きじゃくる私の目の前に、ハンカチが差し出されていた。

 よく知っている彼のハンカチだ。


「あの、さ」


 彼はハンカチを渡すと、柔らかく微笑んで言った。


「君、かわいいね。初めて会った気がしないよ」


 どうやら彼は私が好きな彼のままで。


 どうやらまた、恋が始まったらしい。


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