2. 憂世チトセは人間のクズ

「ほら、早く舐めろよ」


 私を地べたに座らせた総理大臣・憂世チトセは邪悪な笑みを浮かべながら言う。


「え、いや、く、靴を? な、舐める?」


 困惑する私に、総理はため息をつく。


「そりゃせっかく総理になったら、靴ぐらい舐めさせるでしょ。なんのために総理になったんだよ」


 それは同意するけれども。

 いや、しかし……靴を舐めるって……


「……正直申し上げます。正直、舐めたくありません!」


 私はそう叫びながら土下座する。

 しかし総理はあまつさえ土下座する私の頭を踏みつけ、笑う。


「舐めへんならクビやなぁ」

「そこをなんとか……」

「はよ舐めろや舐めとんちゃうぞ!!!」


 などと訳のわからないことを言い出す総理。

 どうして急に関西弁なのかは謎である。


 舐めたくはない……しかし……ここでクビになってしまっては……私の立場が……。


「舐め、ぐ、うぐ…………舐めます」


 私は逡巡のすえ、苦虫を噛み潰すような顔でそう言う。


「よーし。じゃあ、ちょっと待ってね」


 そう言って総理は、傍からビニール袋を取り出す。

 そして、それを自分の靴に被せた。


「お前の唾液で汚れたらヤダから、ビニールだけさせて」

「……」


 このとき、前代未聞の総理側近による総理暗殺事件が起きなかったのは、ひとえに私の忍耐力のおかげだろう。


 そうして準備が完了した総理は、今度こそとびっきりの笑顔で言う。


「じゃ! 舐めて!!」

「……ぐぬぬぬぬ……はい」


 私は観念して総理の足をもちあげ、少しずつ舌を近づける。

 なんの、こんなもの簡単なことだ。

 受験だの出世だのに比べれば一瞬舐めるだけ、安いものだ。

 私はそう自分に言い聞かせながら──



 ──── ペロッ。


 !? これは!?


「焼きそばの味がするー!!?」

「ま、さっきまでカップ焼きそばのゴミ袋に使ってたからな」

「vふふfおえ!!!」


 私は吹き出し、総理を親の仇を見るような目で睨みつける。

 なんてもの舐めさせているんだ。

 こいつは将来絶対に殺す。


 一方、総理は満足げな様子で言う。


「もう満足したから、舐めなくていいよ」

「……殺……はい」

「今なんか言いかけた?」

「気のせいです」


 私は適当に誤魔化しながら、ハンカチで口を拭う。

 その様子を見つつ、総理は腕を組んで話を始める。


「それでは、本題に入るけども」


 ようやくだ。総理は続ける。


「知塔くんには私の側近として、あらゆるサポートをしてもらうことになる」

「はい」

「いきなりなんだが、各所管の大臣について相談がある」


 ようやくまともな話になった。

 急にまともすぎて、寒暖差で風邪を引きそうだ。


「それで、大臣についての相談……というと?」

「うむ。私以外の大臣を全員クビにしたいんだけど、どうすれば良い?」


 前言撤回。やっぱり頭おかしいよこの人。

 私はまたしても困惑しながら、総理をいさめる。


「なんでそんなことをしたいんですか」

「だって、私のやりたいことに反対してくるんだもん」

「だからと言って、全員クビはやりすぎでしょう。そもそもなんで任命したんですか?」


 総理には大臣の任命権がある。

 つまり今、総理は自らの手で選んだはずの大臣をクビにしようとしているのだ。

 が、その次に総理が放った一言は耳を疑うものだった。


「いや、私が選んだんじゃないし」

「え?」

「ニシキエに任せた」

「ニシキエって……錦重にしきえ官房長官ですか?」

「そう」


 総理は悪びれる様子もなくそう言う。

 錦重官房長官は、オン年80歳のベテラン議員。

 憂世総理を取り巻く長老の1人だ。


 ……それにしたって、大臣の選出を丸投げはやりすぎだ。


「まったく……いいですか、総理。自分で選ばないからそうなるんです。総理には『任命責任』というものがあるんですよ?」

「私はできれば責任を負いたくない!」


 一国の最高責任者とは思えないセリフ。

 というか……


「そもそも、他の大臣はどんな政策に反対されているんですか」


 よほどとんでもないことを言っているんだろう。


「減税やね」


 総理はそう言う。これは少し意外だ。

 自分のことしか考えていないのかと思ったが、案外、国民生活にも目を向けて ────


「減税して、もっと人気者になりたい」


 思いっきり大衆迎合主義ポピュリズムじゃねえか!

 が、とりあえず、話を聞いてみる。

 

「減税は良いとして、減税と言っても、色々種類がありますが……」

「まあまず消費税マイナス10%、あとは所得税マイナス10%」

「……つまり消費税は廃止ということですか?」

「いや、マイナス10%だから、買った分だけお金を配ることになる」


 どこのお金配りおじさんだよ。


「そんなことしたら国の財政が持たなくなります」

「まあいいじゃんそういうの」


 良くないです。

 そんな話をしていると、部屋の外から呼ぶ声がした。


「総理。閣議の時間です」

「はーい」


 どうやら秘書官のようだ。次の閣議の時間を知らせにきたらしい。

 総理は立ち上がり、声のする扉の方へ歩く。

 しかし途中で「そうだ」と言って振り返り、私の方へ何かを渡してきた。


「知塔くん。これを」


 そう言って総理は、スマホとイヤホンを手渡してくる。


「……これは?」

「専用のアプリが入っている。閣議には大臣以外参加できないから、君はこれで閣議を盗聴したまえ」

「えぇ……」


 なんでそんなスパイみたいなことをしなくちゃならないのだ。

 もうちょっと、意味が良くわからない。

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総理大臣は人間のクズ しまかぜゆきね @nenenetan_zekamashi

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