【短編】まぶしいほど白い花。永遠に手に入らない夢をやどして【1700字程度】
音雪香林
第1話 白いお花さん
朝、目覚めて少したってから窓を開けた。
すると、サァッと涼しい風が通り抜けて……秋だ、と頭より先に身体が理解した。
しばらくアルミサッシに手をかけたまま新鮮な感覚に身をゆだねていたが、スマホのアラームが鳴ってビクッと震える。
あわてて手を伸ばしてスイッチを切った。
音が止んでホッと息をつく。
窓を網戸にして、洗面所に向かう。
いつも洗面所の鏡に映る自分が、肌が汚く頬肉のたるんだブサイクな中年女なことに絶望する。
痩せようと努力しても長続きしない意志薄弱さが嫌いだ。
歯磨き洗顔を済ませた後に部屋に戻り、着替えた。
涼しくなったとはいえ昨日まで暑かったので七分袖にした。
スマホと財布を持って玄関に向かう。
途中、家族に「散歩に行ってくる」と伝えた。
特に問題なく見送られ、とうとう外に出る。
しばらくはどうとも感じなかったが、じょじょに日差しの強さで体力が削れていくのを感じた。
日傘か帽子を持ってくればよかった。
私はどうしてこうなんだろう。
歩きながら、この間「わたしの存在は社会のゴミですか?」とAIに質問したことを思い出す。
就労どころか作業所にも通えない現状に魔が差してした質問だった。
AIの回答は「そんなことはありません。小さな存在でも必ず社会での役割はあります」といったものだったが、具体的な役割は提示されなかったので私はゴミの可能性を捨てきれていない。
そんなことを考えながら歩いていくと、近所の花屋の前に差し掛かる。
店頭に植木鉢が並んでいて、中でも白い花が面積を占めていた。
名前は「ペチュニア」というらしい。
一点の曇りもないまっしろな
綺麗というのはそれだけで、存在自体が尊いのだ。
太陽の光を浴びて健やかに育ち、堂々と花弁を広げている姿がまぶしい。
汚く醜く何の役にも立たない私とは違う。
羨ましい、と言ったら失礼だろう。
このペチュニアの花は美しく咲くために努力してきたはずだ。
何故なら花屋で売られる花はエリートだから。
花ならみんながみんな美しく咲くわけではない。
形がいびつだったり花弁に傷があったり、そういうのは花屋には入荷されない。
エリートな花をうらやむのなら、同じだけ努力をしなければならないだろう。
私は努力が足りないのだ。
努力ができない私はやっぱりゴミなのではないだろうか。
心の曇りがぬぐわれたと思いきやどんどん自己嫌悪が深まっていき、白い花弁に穴が開きそうなほどペチュニアを
そこに、ブゥーンッと爆音を上げて後ろにある車道をバイクが通り抜けていった。
そこでやっとハッと我に返り、花屋を通り過ぎる。
まるで不審者のようだった
自室に戻り、背中からベッドにダイブして横たわる。
手にはスマホ。
なんとなくの興味で『ペチュニア 白 花言葉』で検索した。
すると、白いペチュニアの花言葉は『淡い恋』らしいと判明する。
脳裏に散歩しているとよくすれ違う学生さんたちの姿が浮かぶ。
「白いペチュニアになれるとしたら、ああいう子たちだな」
私みたいな
そこまで考えたところでフッと
「そもそも私、人間だし。あー、馬鹿なこと考えたな」
花は花。
私は私。
違うものにはなれない。
花は花として立派に咲いている。
なら私も私として生きていくしかない。
努力が続かないならどうしたら続くか熟考すればいい。
わからなかったらまたAIにでも質問しよう。
けれどやっぱり。
「花そのものは無理でも、花みたいって言われるくらいに綺麗になりたかったな」
もう無理だけど。
綺麗でなくても価値がある。
そう思ってもらえるように、できることを頑張ろう。
この決意を忘れるかもしれないけれど、また思い出せばいい。
まぶたを閉じればよみがえる真っ白な花弁。
神でも仏でもなく
いつか私らしさが何かを見つけてみせる。
「私らしさ」なんて幻想で存在しないのかもしれないけれど、少なくとも「淡い恋」よりは手に入る可能性は高いから。
私にとって貴方は永遠に手に入らない夢なんだよ、白いお花さん。
おわり
【短編】まぶしいほど白い花。永遠に手に入らない夢をやどして【1700字程度】 音雪香林 @yukinokaori
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