サークル装魂衆《そうこんしゅう》へようこそ

筋肉痛

本編

 学食の昼休み。 

 正面に座る腐れ縁のさむらいもどき、五郎丸が俺が食べているどんぶりを睨みつけて黙り込んでいる。

 その異様さに俺はこんなにフレンドリーなのに、俺達の席の周りだけ不自然な空席が目立つ。


「なんだ? やらないぞ?」


 錦糸卵と申し訳程度のいくら。卵同士で親戚丼(550円)。

 最後の最後に楽しむために、僅かしかないイクラの領土は残してある。 それを同じ高校出身の変人が狙っていると感じて、丼を隠すように覆いかぶさった。

 自分を侍だと信じている阿呆にやるイクラはない。


「杉山殿……折り入って相談があるでござる」

「金なら俺もないぞ」

「拙者、イクラ丼にのだ」

「だ~か~ら~、これは俺のだって!」


 どんぶりこくイクラ島の領有権を強く主張した所で、俺は自分の耳を念のため疑った。


「今、って言ったか?」


 やっすい紺の着物を来た野武士は、腕を組んで大げさに頷いた。


「食べたいじゃなく?」

「くどい!」


 五郎丸は目をかっと見開いた。無駄に迫力あって怖えよ。

 こいつが市販の物差しで測れないことは、高校3年間で重々承知していたけども……最早俺の手に負えないな。溜息の花だけ束ねたブーケをプレゼントしよう。


「そうか、頑張れよ! お前ならきっとなれるさ、立派なイクラちゃんに。バブー!」


 激励の言葉を送り、ミニいくら丼をレンゲに乗せて頬張る。プチっと弾ける食感と程よい塩味が口の中で幸せを謳歌している。 

 ああ、生きていてよか―


「拙者は真剣でござるよ!!」

「げほっ!!」


 馬鹿侍に両肩を掴まれ、激しく揺らされた事により喉にいくら&米粒がダイレクトアタックして吐き出してしまう。


「お前、ふざけるなよ!! 俺のささやかなご褒美タイムを台無しにしやがって!」

「ふざけているのはどちらでござるか!!」


 立ち上がって抗議するが、その倍くらいの勢いで逆ギレした五郎丸も起立した。ガタイがいいから、少し気圧される。


「竹馬の友が真剣に悩んでいるのでござるから、もっと傾聴すべきでそうろう!!」


 だが、ここで怯むのはダサい。


「何が竹馬の友だ! 友達ならなぁ、食事の邪魔をするなよ。 寺子屋で習わなかったのか、この似非武士が!」

「食事と友の夢、どっちが大事でござるか!」

「食事だよ! もっと言うなら、イクラだよ! お前もイクラ丼になりたいならイクラに敬意を払えよ。そんなんじゃ一生なれねぇぞ!」


 訂正。イクラをどんなにリスペクトしようとも、人はイクラ丼にはなれない。にんげんだもの。よつを。


「そ、そんな。拙者、イクラ丼になれないでござるか……」


 この世の終わりみたいな顔をする五郎丸。どこまで本気なんだ? お前は本当に分からない奴だよ。


「なになに? 二人してアゲじゃん?」


 後ろから聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると、そこにはモノトーンのゴスロリ女、村上むらかみ早紀さきがいた。 正真正銘のいくら丼(1,200円)をトレーに載せている。貴族なのは服装だけにしとけ、ブルジョアめ!


 ゴスロリ着てるのに中身は完全なギャル。キャラが渋滞して、クラクション鳴らしている。


 俺は極めてモブ大学生なのに、周りには奇抜な奴しかいない。キャラ保存の法則が働いて俺でバランスを取っているんじゃないだろうか。


 しかし大学は寛容な学び舎だ。そういう奴らが集まる場所がある。サークル"装魂衆"そうこんしゅう、「好きな恰好で生きていく」をコンセプトに活動している変人集団だ。 

 紆余曲折あって、五郎丸・俺・村上はそこに所属している。


「別にアゲじゃねぇよ。強いて言うなら揚がってるのはコイツの脳みそくらいじゃないか?」


 振り返って馬鹿侍を指差そうとするが、肩透かしを食らう。奴は消えていた。……まさか、本当にイクラ丼になっちまったのか?


 俺は村上のイクラ丼をじっと見つめる。


「なに、まじウケる。イクラ好きすぎじゃね?」


 イクラ丼は何も言わない。ただ、村上のくるぶしよりも浅い笑いのツボを刺激しただけだった。





「なるほど、餌と水質が大事なのでござるな!」

「勉強熱心なのはいいが……君は誰だね?」

「名乗るほどのものではござらん。いずれ、イクラ丼になる者とだけ申しておきましょう」


 鮭の効率的な養殖方法がテーマの俺の研究室で、着流しの素浪人が担当教授に絡んでいる。


「教授、ご迷惑おかけしてすみません。誠に遺憾ですが、それ俺のツレです。五郎丸、ちょっと来い!」

「まぁそんなことだろうとは思ってはいたが」


 教授の呆れ声を聞き流し、俺は馬鹿侍の耳を引っ張って研究室から追い出す。真面目に研究しているのに、教授からの評価が下がったらどうしてくれるんだ!


「な、何をする!?」

「それはこっちの台詞だ。お前、史学部だろうが。何しに来たんだよ?」

「敵を知り己を知れば百戦危うからず」

「答えになってねぇよ」

「結論から申す」

「なんで、一端いっぱしのプレゼン気取ってんだよ」

「イクラ丼に拙者はなる!! でござる」

「海賊王みたいに言うなよ。なれねぇよ」

「人の夢は!!!終わらねエ!!!! でござる」

「まだ始まってないんだよ。大体、なんでイクラ丼なんだよ」


 五郎丸はゆっくりと腕を組み、考え込む。


「お前が悩むなよ!」


 俺が頭を小突こうと右手を挙げると、それを侍が差すような目つきで制止する。やっぱ、怖えよ。斬られるんじゃねぇか? 俺。


「例えばお主が、かつ丼になりたいとして」

「例え下手か。なりたくねぇよ。丼から離れろ」

「……とんかつになりたいとして」

「素直すぎるわ。食べ物から離れろ」

「……大手一流メーカーの研究職になりたいとして」

「急に現実的」

「その理由を相手が納得する形ですぐ言えるでござるか?」


 五郎丸の言葉に俺は就活の面接をイメージした。……いろいろ回り道したが、まぁ言いたいことは分かった。確かに考える必要があるな。イクラ丼になりたい理由を人に伝えるには。

 多分、人類史上初の試みだからな。並大抵の言葉じゃ響かないぞ。


「なになに、とんかつの話? やっぱアゲてんじゃん。 ウチはロース一択」


 二人して黙り込んでいると、村上が意気揚々とやってくる。ゴスロリに白衣を着ているから、ファッションの神が泡拭いて倒れているだろう。

 彼女はその風貌に似合わず、材料工学を専門としている。本当に土が掘れるツインテドリルウィッグを開発するのが夢らしい。


 この大学、大丈夫か?


 そして、例の如く、素浪人は霧のように消えていた。

 あいつ、村上が苦手なのか?



 早朝5時。日の出からまだ15分も立っていないだろう。

 剣道場の床はひんやりと冷たい。薄着のせいか少し体が冷えてきた。

 だが眼前のシュールさは、寒さを感じている場合ではないと脳に訴える。


 道場の中央に、新鮮なイクラ丼。

 そこから二間ほど離れたところに正座するバカ

 一丁前に瞑想している。いや、迷走している。


 曰く、イクラ丼の宇宙を感じて一体となるらしい。


 侍なのに日本語が上手ではない五郎丸に代わって、わざわざ俺が剣道部に交渉して借りてやった。

 だから、このふざけた儀式が終われば、あのイクラ丼は俺のものだ。アイツのおごりだから、24時間営業のスーパーで一番高いイクラを買った。

 それでも割りに合わないくらいだ。


 ガララ。


 剣道場の引き戸が開く音がして、場違いなテンションの高い声が響く。


「あれ? アンタ達もケンドーやんの? バイブス感じちゃうんだけど」


 案の定、村上だ。何かに吸い寄せられるように現れる。やはり、類友というやつか。

 ゴスロリ姿で剣道の面を被っている。村上、すげぇ面白いけど……それはさすがに冒涜だ。


「え? イクラ丼じゃーん。まじアガる。イクラ丼しか勝たんよね、やっぱ」

「好きなのか、イクラ丼?」

「好き、つーか人生みたいな?」


 その時、俺のニューロンが光速で連結した。きっと俺の頭の上には豆電球が光っているに違いない。

 村上はイクラ丼が好き。五郎丸はイクラ丼になりたい。そして、五郎丸は村上を不自然に避けている。


 なるほど、なるほど。そういうことですか。

 侍よ、恋愛まで前時代的に奥手で回りくどいんだな。


 五郎丸に視線を移すと、足を押さえて蹲っている。武士なのに正座苦手なのかよ。

 まぁおかげで逃げられずに、キューピットができそうだよ。


「なぁ腹減っただろ。今から皆で朝マックいこうぜ!」

「は? 今からケンドーするところなんだけど」

「せ、拙者も別に空腹では……」


 拙者、声ちっさ。



「いいんだよ。大学生がこの時間に三人集まったら、朝マックするって法律で決まっているんだよ!」


 俺は道化師を演じる。人の恋路ほど、面白いエンタメはないからな。


「いや、法律って言うならさ、アンタのそのカッコ捕まるよ?」


 俺を指差して村上は何を言ってるんだ?


 大事な部分だけを葉っぱで隠す、謙虚で神聖なるの正装が、公序良俗に反するわけがないだろう?


 葉にイクラをいくらか散りばめている、特別仕様ならなおさらだ。



~fin~

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