第3話 最初の犠牲者

 診療所を早めに閉め、私はいつもの白衣の下を脱いだ。

 鏡の前で少しだけ髪を整え、露出を抑えたつもりの私服に着替える。


 派手すぎず、だが注意を引く──そんな服装を選ぶ。

 鏡の前でくすりと笑い立ち上がると、隣で椅子にもたれた魔人が目を細めた。


「そんなにおめかしして、どこへ行くんだ?」

「まずは挨拶に行かなきゃね」

 私はあっさりと答え、外へ踏み出す。


 広場は相変わらず騒々しく、デイモスは取り巻きと民衆の間に立っていた。

 壇上の演説とは違い、笑顔はより作られたものに見える。

 胸に抱いた幼獣を一瞬だけ差し出すようにして見せると、群衆がとろけるように反応する。


 私は人波を縫うように避けながら、彼に近づいた。

 デイモスはこちらに気づくと、愛想よく手を差し伸べる。


「聖女オリビア殿、よく来てくれた。

 この幼獣は群れからはぐれていたところ、我々が保護したものです。」

「あら、とてもかわいらしい子ですね。」

 デイモスは幼獣を私にゆっくりと受け渡すと、彼の視線はふと私の胸元に留まり、僅かに零れる笑みが鋭くなるのが見えた。魔人が小さく嗤う。


「あなたのご活躍はかねがね……こうしてお会いできて光栄です。

 元勇者パーティーのあなたとは一度ご意見を交わしてみたいと思っておりました次第で。」

「ぜひ、あなたの主張は興味深かったわ。」

 私は幼獣を優しく撫で、柔らかな毛並みを確かめながら微笑む。


「もしよろしければ、今度うちで食事でもどうですかな。

 ゆっくり語り合い親睦を深めたいのです。」

 デイモスの言い方は能弁で、誘いは丁寧だった。私は一瞬演技をするように目を細めた。


「喜んで。」

 私は答えた。


 それが終わりの始まりになるとは、彼はまだ知らない。


 数日後、私の診療所に一通の手紙が届いた。差出人はデイモス。

 丁寧な文面で「ぜひ共に夕食を」と書かれている。

 ――思ったよりも早い。


「このタイミングで仕掛けるのがいいわね。

 事前に奴の悪事につながる物的証拠も探しておかないと。」

 私は封筒を閉じながら、小さく呟いた。


「ただし、うまくいくとは限らないわ。

 あなたの期待通りにならなくても、私を恨まないでね。」

 背後でにやにやしている魔人に、私は念のため釘を刺した。


* * *


 ある日の夜。招かれたデイモスの屋敷は、豪奢さを誇示するかのように明かりを灯していた。

 扉を開けると、食卓の上には見事な料理がずらりと並べられている。

 肉の焼ける香ばしい匂い、色鮮やかな前菜、果実酒の甘い香り――完璧な用意。


 しかし奇妙なことに、広い屋敷に使用人の姿はなかった。

「今夜は我ら2人、最低限の警備は屋敷の外に立てております、妙な噂が出ては困りますでしょう。」

 デイモスは恭しく頭を下げ、意味ありげに笑う。

 使用人たちは食事を整えたあと帰らせたらしい。


 席に着くと、彼は杯を掲げた。

「我らが目指すのは、人と魔獣の共生だ。

 だがギルドは愚かにも討伐を繰り返す。力こそ正義、そう思い込んでいる」

 熱を帯びた声で語るデイモス。その顔は聖人を演じているかのようだ。


 私は相槌を打ちながら、目の前の杯をそっと揺らした。

 ……香りが妙だ。甘さの奥に、微かに眠気を誘う誘眠草の匂いが混じっている。

(なるほど、そういうことね)

 私は表情を崩さず、微笑みだけを保った。


 デイモスが杯を掲げる。私も笑みを浮かべ、そっと合わせる。

「それでは、我らの理想に――乾杯。」


 ――その瞬間、私はわざと手首を震わせ、杯を揺らした。

「きゃっ……」

 液体がこぼれそうになり、私の体を支えるデイモスの視線が咄嗟に私の胸元へと落ちる。


「おっと失礼、大丈夫ですかな?」

「ごめんなさい、緊張してしまって……。」

 その刹那、私はもう一方の手で杯を受け止めるふりをして入れ替えていた。

 彼の手元に戻ったのは、私に仕込んだ方の杯。


 デイモスは何も気づかず、満足げに口をつけた。

 私は微笑を保ちながら、その光景を静かに見届ける。


 その後も酔った様子で上機嫌に熱弁するデイモス。

 だが、やがて彼の言葉が不自然に途切れた。

 杯を手にしたまま、瞼が重そうに揺れる。


「……なんだ、これは……」

 呻き声を漏らしながら、彼はテーブルに崩れ落ちた。


 私は静かに杯を取り上げ、残りを卓上に戻した。

「男の目線に女はみんな気が付いているのよ、油断したわね。」

 声に出す必要もなかったが、そう囁くと魔人がにやりと笑った。


* * *


 ――意識を取り戻したデイモスは違和感に気づいた。


 彼は冷たい石床に転がされ、両手両足を鎖で拘束されていた。

 うめき声をあげ、辺りを見回す。


「ここは……どこだ……。」


 私はその前に立ち、蝋燭の光に照らされるように姿を現した。

「こんばんは、デイモス。お目覚めのようね」


「お、オリビア殿……!? これは一体どういうことだ!」

 怒鳴る声は震えを含んでいた。


「ここがどこかはあなたがよくご存じでしょう?あなたは森で何をしていたのかしら?」


 私は一歩近づき、視線を突き刺す。


「なにを言うか! 我らは保護を――」


「保護? 笑わせないで。

 邪魔になった冒険者たちを殺し、親のオウルベアを解体して市場に流し、幼獣は密売……違うかしら?」

 壁にはずらりと掛けられたオウルベアのなめし革や、生薬の材料がところ狭しと保管されていた。

 王都から少し離れた森の倉庫、ここには彼らの戦利品がため込まれた宝庫だった。


 自身のおかれた状況を把握したデイモスの顔色が青ざめる。

「そ、それは……っ、違う、私がしたという証拠はどこに――」


「証拠?」

 どこからともなく地底からうなるような魔人の声が響き渡る。

「死した冒険者の亡骸から記憶を垣間見た、お前は魔物よりもはるかに黒く染まった魂を持っている。」

「な、なんだこいつは!?」


 魔人がその姿を現すとデイモスの声が震えあがる。


「さあ、デイモス。せっかくだから、あなたの理想を証明してみせて」


 私はゆっくりと歩み寄り、デイモスの目の高さにしゃがみこんだ。

「あなた、ずいぶん立派なことを言っていたわよね。

 人と魔獣の共生こそ未来だ、と」


「そ、それがどうした……っ」

 鎖から逃れようと暴れるが、どうにもならない。


「じゃあ実際に試してみましょうか。理想は、行動で示さなきゃね」

 私は微笑み、指先を鳴らす。


 重々しい鉄の扉が開き、檻の奥から低い唸り声が響いた。

 そこに押し込められていたのは、毛並みの一部が剥がれ、鎖の痕が生々しいオウルベアたち。

 密猟され、繁殖用に虐待されてきた獣たちだ。


「な、なにを……っ、やめろ! こんな化物と共生なんかできるわけないだろお!」

 デイモスは絶叫し、後ずさる。


 私は首をかしげ、慈悲深い聖女の仮面を貼り付けたまま告げる。

「でも共生できるって、あなたは演説していたじゃない。

 ……大丈夫よ。仲良くできるまで、私が回復魔法でちゃんと補助してあげるから。」




「一つ、面白い雑学を教えてあげるわ。

 騎士という職業が聖女に次いで少なく、引退が早く復帰も少ないと言われている理由がわかる?」


「彼らはある程度の痛みに耐える訓練はしていても、前線で恐ろしい魔物と対峙し続ける訓練をしていることは少ないわ。

 長年鍛錬を積んだ騎士といえども、冒険で蓄積する苦痛に長く耐えることは難しい。


 あなたはどうかしら?」


 その言葉に、デイモスの顔が絶望で歪む。


「……理想を証明して。あなたが信じる“共生”を。」

 私は淡々と囁いた。


 次の瞬間、獣の爪が閃き、肉が裂ける音が響いた。


実験記録


使用魔法:ヒール、リジェネ

被験者:デイモス(人間・男性)


結果:


初回の裂傷は即時回復。


5回目の損傷を超えたあたりから、回復後も震えが止まらず、精神的錯乱の兆候が現れる。


15回前後で治癒効果は低下。出血性ショックに近い症状が見られる。


被験者の恐怖心が回復効率を著しく阻害している可能性あり。


メモ:野生モンスターとの共生は、現状において困難である。

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処刑された元勇者パーティーの聖女、転生しやり直すチャンスを得たので回復魔法で断罪していたら、悪党よりも国から恐れられる存在になっていた件 黒星かなめ @kuroboshi_kaname

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