第19話 頑張って戦います

「_____『宵闇の魔法』____」


錯乱するイトゥーからその言葉が聞こえたとき、私は咄嗟にホールを駆けていた。


「エゼっ!!風をっっっ!!!」


「よ、呼び捨てもいいぃぃいぃぃ!!」


イトゥーの魔法の矛先はこちらではない。

だが、この5歳児×雑魚身体能力では到底に間に合わない。

だが______。


「おおおぉぉおぉぉぉおぉぉぉ!!!」


私の体は吹っ飛ぶように前に進む。

そうだ。

エゼはたかが10センチしか浮かすことができないと嘆いていた。そして今や過激派ニートになった。

だが、冷静に考えてみれば、だ。

5歳児の体重はおそらく20キロないぐらい。

それを浮かすほどの風力となれば、前世においてはまさしく災害級なのではなかろうか。

だって、5キロのお米の袋4つだよ?

あるいは10キロのお米の袋なら2つだ。

そう簡単に浮き上がるものではない。それも風によってならなおさら。

お仕事とか、お休みになるレベルじゃない?

まぁ私は台風が来ると分かっているときは、前日から職場近くに泊まる、あるいは職場に泊まる。それが社会人というもの。


風と一体になり、ほとんど転がるようにして私は、メインヒロイン___レオーナの前に、


「げぶでぼれbじsdじれdsyしゃうっしゃぁああああああ!!!」


体中ぼろぼろになりながら、サッカーボールのようにたどり着いた。

そして、私はなんとか姿勢を決め、親指を立て、


「お嬢さん、もう大丈____」


「_______狂飆きょうひょう、ゆえに雑言ぞうごん_____」


「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああ!!!」


荒れ狂う風の中にまきびしでも入ってるかのように、体中を何か鋭利なものが切り裂きながら、行き過ぎる。


「ぐぅ____いてぇっ!!お米炊いといて、って妻に言われて、あぁ、炊飯のボタン押せばいいんだって思ってたら、実は研いでセットするところからやって欲しかったのに気付かず、炊けたと思って炊飯器の蓋開けたら、ぷしゅって一筋の煙だけが出たのを妻と一緒に見て、その後タコ殴りにあったときより痛いっ!!!でもあれは私が悪いっ!!決して家庭内暴力ではないっ!!てか、手に穴開いてる!!!いっでぇぇぇえぇぇぇぇぇえぇぇぇぇ!!!」


あれほど悲しい音はない。

そしてあの時の一筋の煙は、お線香のそれより悲しいものだった。

炊き立てのご飯を愛していた妻は、その空っぽの釜と煙を見て、さぞがっくりきたのだろう。

まず首根っこを掴まれ風呂に連れてかれ、シャワーで冷水を浴びせられたあと、袋蹴りにあった。私はそんな妻の、喜怒哀楽がはっきりした性格が好きだった。自分にない部分だったから。

でもこれは、その時より痛い。だって手に風穴開いてるもん。あれかな、この穴で悪い奴吸い込めたりしないかな?そして段々その穴が広がっていって、いつか自分も吸い込まれるみたいな、そういう悲しい運命背負っちゃったりしないかな、それはそれで格好いい。


「テネーちゃん!!無理しないでください!お姉ちゃんが介入しなかったら心臓に穴開いてましたよ!」


エゼがいつの間にかまた背後にいて、私のことを抱きしめる。

体中傷だらけで痛いから普通に止めて欲しい。

だが、


「あれ、介入とかできるんだ」


「同じ系統の魔法なら、このクソ低級精霊の魔法でも標的をずらしたりなどは多少できます、でも、多少です」


やはりまだ多少の卑下は残っているらしいが、それは良いことを聞いた。


「あの___ありがとう、坊や____」


その声はエゼのものではなかった。

なんか、腕と足を鎖でつながれて、空中で大の字になっている白髪の女性。

そして無駄に服がエッな感じに引き裂かれている。

分かるよ、こういう捕虜とか人質とか、なんでかエッな感じで捕まえられているよね。どうしてなの?すごく繊細なコントロールで魔法使えてすごいね。ギリ局部とか乳首見えていない。誰に対してか分からない配慮がすごい。


「レオーナさん、、、ですよね、、、」


「ええ、、、そう、、、。坊や、ひどい怪我、、、もう私のことはいいから、逃げなさい。あなたでは敵わないわ、あれには。それともあそこにある残骸のようになりたい?」


その女性の目線の先を見れば、


「ぎぃぃぃぃいやぁあああああああああああああああああ!!!!」


だからグロいのとかホラーダメって言ったじゃんよ!

何あれ!

まだ原型が分からないからギリ精神を保ってられてるけど、あれ絶対死体の山だよね?しかも子供の!無理無理無理無理、ヤバすぎ!

おじいちゃんがよく、「東京大空襲のときはな、死体がそこらにたくさんあってな、よく子どもたちがそれを突いて遊んでいたよ。遊びながら、一箇所に積み上げていったんだ」とか言ってた!戦争絶対ダメじゃん、私はそんな光景絶対見たくないから、選挙には必ず行くね、民主主義を守るねって宣言したのに!!選挙皆勤賞なのに見ちゃったよ!私の1票なんてやっぱり何の意味もなかった!!

乳首に配慮するぐらいなら、こっちにモザイクかけて欲しかったよ!!


「坊や、、、お願い、、、早く逃げて、、、」


頭を垂れて、長い髪がその表情を隠す。

その髪のあまりの美しさと、儚さ。

そして透き通るような声。

いま見た、この世の地獄とは正反対の、死を寄せ付けない神聖な存在。

おそらくアラサーではあるが、まるでそうには見えない。


「________かわいい、綺麗_____」


地獄と天国を交互に見た結果、私の口は馬鹿になってしまって、そんな単純な感想を漏らしていた。ハンバーグを食って、ジューシーって言うグルメリポーターぐらい無能。やばい、ハンバーグ想像したらさっきの光景を思い出して気持ち悪くなってきた。


「あぁぁん?????妊婦に綺麗な人なんて1人もいねぇんだよ、だってな、そのぼてっとした腹は汚ねぇってことの証左なんだからなっ!!」


エゼがとんでもないことを言いながら、レオーナにガン飛ばしてる。

ごめんね、私が綺麗とか口からこぼしちゃったから。

今度から気を付けるよ。ほら、ヤクザとかで、上の人が「あいつ邪魔だな」って言ったら、意を汲んで勝手に消しに行く鉄砲玉とかいるじゃん。あれだよね。斟酌ってやつ?官僚時代にもあったよ、大臣のお考えを斟酌したこと。

少なくともエゼが前世にいたら炎上モンスターになっていたことだけは確かだ。この少子化の時代にあるまじき発言。


「___そうなの、私が綺麗すぎて、イトゥー様も狂ってしまった、、、これは私のせい、、、この美貌のせい、、、顔だけが取り柄だけど、その顔の良さが全てを解決し、解決するたびにまたあらゆる紛争を生む、、、そんな運命なの、、、うぅぅうぅうぅぅぅ」


「おいハシウ、こいつ本当にメインヒロインか?」


「いや、だからどっちがメインかは、、、いえ、、、レオーナも最初は恥ずかしがり屋で、自分に自信のない、謙虚な子でした。でも、イトゥー様がかわいい、かわいいと褒めまくり、そして私たちが帝国で有名になるにつれ、周囲からもそう言われ、結果、このようなモンスターになりました」


「ああ、こじらせ女子か」


「ええ、こじらせ女子です」


ハシウが頷きながら、猫のような体勢を取る。

その両手には小さなナイフをそれぞれ持って。


「おい負けヒロイン、そのナイフ、もう1本ないか?」


「え、ありますけど、、、」


「貸せ」


「あ、はい。何に使うんですか?」


馬鹿なのか、こいつ。

これから果物でも剥くとでも?

そういう頓珍漢なことを言うのが、いかにもぽっと出の負けヒロインらしい、ちゃちな属性だとも気づかずに。


「無駄なことはやめて!!逃げなさい!!これ以上、子どもが死ぬのを見たくない!!」


レオーナが叫ぶが、私は受け取ったナイフをしっかりと握る。

さすがメインヒロイン。台詞が既に勝っている。


「なんで邪魔をする___?田中太郎」


イトゥーが虚ろな瞳でそう言う。だが、その視線の先に私はいない。

彼はずっと、おそらくステータスと呼ばれるものを見ている。

先ほどの私の動きが不可解に映ったのだろう。


「人殺しはよくない、それだけだ」


「人殺し?なぜ?ここにいるのは人間じゃない」


アッパレ。

完全に敵だ。

ここにいる人たち、ちゃんと自分の役割を分かってて偉いね。


「イトゥー、お前は何を言ってる?」


「だってこれはゲームの世界だ。人間なんて1人もいない。あるいは精巧な夢だ」


なるほど。

冷静に考えればその主張は正しい。

そして反論することは不可能だ。

ここが夢かどうか、だれにも証明できない。

それはそうだ、あれ、世界5分前仮説みたいなものだ。間違った、5秒前だっけ?

文系のにわか知識がまた炸裂している。


「イトゥー、お前の言っていることに明確な反論はできない。でも、それならば同じだ。ここにいる人たちは確かに生きている。そのことにお前も反論できない。そうであるなら、殺すべきではないんだ」


「じゃぁ、それは主観の問題だってことだろう?俺にとっては、ここにいる奴らはゲームの登場人物だ。感情もない。それなのに俺の心を苛立たせる、それが許せないんだ。もういい、こんな世界」


「待て。お前は最初、このレオーナやハシウと楽しく、静かに暮らしてたんだろう?本当はお前も、この世界を本物と認めて生きていたはずだ」


「ああ、そうだよ。俺には魔法の才能もあった。この世界で幸せに暮らしていけると思ったさ。前世と違って。前世ではな、母親に____」


私はナイフを持った手で頭をがしがしと掻きながら、


「ああああああ!うっせぇな!あれだろ、どうせ両親に冷たくされてました、学校でも虐められてました。異世界の母は優しくて久々に人の愛情を感じたけど死んじゃいました。だから失望して静かに暮らしたかったけどそれもできなくなりました。でも与えられた場で頑張ろうと必死に帝国のために戦ったのに、共和派に負けました。ヒロインにも裏切られました。ここは本当の世界ではないです。だから皆殺しです。だろ?しょーもなっ」


「____おい、勝手に回想シーン飛ばすなよ。この後の展開が盛り下がるだろ。俺とレオーナの出会いとか、いちゃいちゃとか、信頼し合うようになったエピソードとか、それだけで1クールいけるぞ」


「回想の方が盛り下がるんだわ!あとハシウも忘れてやるなよ」


「こいつは人気が落ちてきたときに一時的に投入される新キャラだから、大して重要じゃない。レオーナの嫉妬心を引き出すためだけの道具だ」


ひどい。あまりにもひどすぎる。

見てあげて、ハシウ、ずっと猫っぽい戦闘体勢取りながら大粒の涙流している。

さすがに可哀想。


「お前、社会人経験ないだろ」


「その前に死んだんだから当たり前だ」


「あのな、環境さえ変われば俺はできると思っている奴ほど、本当に何もできない。無論、運良く環境に恵まれることはある。だが、お前はそうじゃなかったんだろう?なら、足掻けよ。それをしない人間はな、いつか幸運にも環境に恵まれたときすら、そこにアラを探す。だから、一生自分は不幸だと思い込む。分かるか?お前を不幸にしているのは、お前自信なんだよ」


「うるさい!!うるさいうるさいっ!!」


イトゥーは何もない虚空で必死に指を動かす。

それは、一生捉えることのできない幸運の羽を追い求めるような動き。

そこに求めるものはない。


「はっ!!やっぱりお前は何も変わってない!雑魚で、無能の低級精霊使い!!」


「____お前、理系だろ」


「あ?今度はそれがなんだ」


「これだから、昨今持ち上げられてる理系はダメなんだよ。レヴィナスを読めよ、レヴィナスを」


「誰だそいつは」


だから理系はダメなんだ。

真の理系は哲学の価値を簡単に否定しないし、真の文系は相対性理論の素晴らしさに心を震わす。


「お前が人を殺すのは、理解できないことが怖いからだ。レオーナがなぜ他の男のところに行ったのか分からない。完全に自分のものにならない。理解できない。自分の知っている人から変わることに耐えられない。怖い。だからそうやって相手の顔を見ずに殺していく。殺して、自分が理解できる物にしたいから。だがな、お前は誰も殺せていない。お前がやっているのは、ただ子どもが天邪鬼をおこしておもちゃを壊す行為と変わらない」


「何を言ってるのかさっぱりだ、、、いや、待て、この低級精霊、、、ステータスの値が見えない、、、なんだこれは、、、おかしい、、、なんだよこれ!こんなのは初めてだぞ、、、」


「こっち向けってんだっ!!このやろうっつつ!!」


私の怒声に、イトゥーがうわっと驚いて尻餅をつく。

さては運動部じゃないな、こいつ。

社会人ではなく、文系でもなく、運動部でもない、、、。あれかな、否定神学かな?

きっと顧問がいきなり理不尽にキレる体験とかしたことないに違いない。

明らかに相手のタックルのせいなのに、「真剣に試合に臨んでいれば骨なんて折れないっ!」って殴られたことないんでしょう、きっと。

スポーツはお勧めするよ。平和な現代日本において、あんなに簡単に理不尽とは何かを理解できる行為は存在しないから。


「そうやって相手を見ないで、相手と真剣に話さないから、簡単に人を殺せるんだ!本当の殺人は、常に、自分の正義に怯えながらするものだ、だがお前は怯えていない!!なぜなら、相手を見ていないからだ!!」


私はエゼに目配せをする。

背中に風の産声を感じる。


___疾る。


今の自分にできるのはただそれだけ。


「吹っ飛べっっ!!」


私は再度転がりながらイトゥーの方に向かう。


「私も行きます!」


と、ハシウが涙を拭って跳躍する。

その速度は私以上だった。

やるじゃん、負けヒロイン。恋愛という戦場では輝けなくとも、文字通りの戦場では価値を発揮してほしい。


「____訳の分からないことばかりをっ!!_____『黎明の魔法』____根瘤こんりゅう、ゆえに告発___」


まっすぐにしか突っ込めない私の目の前に、複数の球体が現れる。

そしてそれは瞬間、爆発して内包していた風を吹き出す。


「ぐぁああああああああああああああああ!!!」


連鎖して爆発するその球体に、あたかもパチンコ球のように左右に振り回され、吹き飛ばされる。巨人の張り手を交互に受けたよう。


「がっ_____」


硬い壁に激突して、骨が砕ける音がする。

監督、これも私が真剣に戦いに臨んでいないからでしょうか。


「くっ、、、、うううっ」


自分以外の苦悶が聞こえる。

なんとか目を開けると、痛みに朧な先、イトゥーがハシウの首を掴んで持ち上げていた。


「お前もか、ハシウ。お前も俺を裏切るんだな」


おそらく何かしらの魔法だ。

武人であるハシウの膂力はイトゥーより強いはずだが、彼女の体を渦巻く風が拘束具のように縛り上げている。


「だって、、、げほっ、、、くっ、、、元に戻って欲しいから、、、あの頃みたいに、、、」


「変わったのはお前らが先だろうがっ!!昔は俺のことしか見ていなかったのに、ちやほやされるようになって、いろんな奴らとつるむようになって、、、俺を1人にした!!」


「そんなことない、、、そんなことないよ、、、イトゥー様、、、」


「ハシウ、やめなさい。この男にもう何を言っても無駄。私たちの声は届かない。そこの坊やが言っていたことが正しい。この男にはもう、私たちは意志ある人間には見えてない。自分のおもちゃがこわれちゃったと思ってるだけ。だから、坊や、逃げなさい。隙は私とハシウが作る」


レオーナがそう言うと、彼女の体が蒼く発光する。

だが、それと同時に苦悶の表情となる。


「馬鹿が、その鎖は帝国最高の魔法技師である男が作った拘束具。魔法を使おうとすればするほど、体を締め上げていく」


イトゥーが言うように、確かに四肢を繋いでいただけの鎖が、這い寄る蛇のように彼女の体をうねりながら締めていく。


「くっ___構わない、、、、『白日の魔法』___氷霧ひょうむ、ゆえに白々はくはく___っ!!」


レオーナが魔法を唱えた瞬間、彼女の体から血飛沫が上がる。それと同時に、ホールが白く濃い霧に覆われる。

いや、待て、今何か、、、違和感があった、、、。

あれは、、、何だ、、、?


「_____行きなさい、、、早く!!子どもたちと一緒に!!」


「馬鹿が、こんなもの、俺の風で___何っ?」


「行ってくださいっ!!罪は、三人で背負いますからっ!!」


ハシウが霧の向こうで叫ぶ。

おそらく彼女もまた、イトゥーに対して命がけで、彼の行動を阻害するような何かをしているのだろう。

二人の意思疎通は、確かにこれまでの歴史を感じさせるものだった。


「テネーちゃん、ここはお言葉に甘えましょう」


エゼがいつもの調子を捨てて、真面目にそう言った。

だが、本当にそれでいいのか。

確かに、この事件、私には全く関係のないことだ。

それに、女神と静かに暮らすと約束した。

だが、、、。

私は、私の信念に、最もらしいと信じて疑わない信念に反することが、何よりも納得がいかない。

このまま三人を見殺しにしてしまっては、自分が言ってきたことが嘘になる。


____どんな状況からでも、幸せになることはできる。


「テネーちゃんっ!!早く!!この霧の魔法は完全ではありません、本来のものより持続時間は短いはず、だから早く!!」


「いや、僕は行かない」


「なんで!!皆さんの決意が無駄になります」


「無駄かどうかは、結果次第だ」


「テネーちゃん!!あなたは、、、低級精霊使いです、、、何も、、、何もできないっ!!雑魚!無能!ゴミクズなのっ!!だからお願い、逃げて、、、」


違うんだ。

エゼ。

先ほど感じた違和感。

無能だからといって、諦めることは性に合わない。

私が前世で幸福だったのは、優秀だったのは、常に自分の可能性を信じ続けたからだ。才能が先が、才能への信頼が先か、それがどっちかは分からない。

そうであるならば、私は後者の考えが私を私たらしめたと信じる。


だから、私が見るべきは他人の評価ではない。

無論、ステータスなどではない。

自分の心の中。

自分を自分にさせている、精神の底。

その底に、穴が開く。

力が湧出する。

己を食い尽くそうとするそれを、私は受け入れる。

先ほどの違和感。

その力を、レオーナは途中で拒否したように見えた。


_____死ぬのが怖くないの?


声が聞こえる。

それは、エゼの声だ。

だが、今まで聞いた彼女の声とは違う。


_____怖いさ。でも、死ぬよりも嫌なことがあるのが、人間の特権だろう?


_____それは何?


_____誇りを失うことだ。これだけは、死んでも守らないといけない


_____あなたは、幸せではなかった。誰も、あなたを必要としていなかった


_____はっ!!知っていたさ。でも、私は幸せの中で死んだ


_____それが誇り?



ああ、そうだ。この誇りだけは、誰にも暴かせない。

たとえ女神だろうが、私が幸せだったことを否定させない。

そこは私の領分だ。

誰にも立ち入らせず、誰にも奪われない。

私の、幸福。

私の、誇り。


私は薄くなり始めた霧の中、ナイフを自分の胸に突き立てる。


「まさか____っ!だめぇぇえぇぇぇ!!」


エゼが叫ぶ。

やっぱり、こっちのエゼの声は耳にうるさい。

でも、確信があるんだ。

さっき、レオーナが魔法を使ったとき、彼女はこのを途中で閉じた。

それが分かったのは、おそらく精霊使いの直感。

そして、もう1つ、分かってしまった。


____精霊使いと、魔法使いは、同じだ。


「なぁ、エゼ。これはあくまで予想なんだが、最高階梯の星辰の魔法を使えたのは、もれなく全員、精霊使いだったんじゃないか?」


「な!!なんでそれを、、、どうして、、、、、」


やっぱりそうだ。

私はイトゥーを、不幸のまま死なせたりしない。

それを許してしまえば、自分の幸福すら、嘘になりそうな気がするから。

本当は自分もイトゥーを肯定したい気持ちがあったから。

両親も、妻も、娘も、本当はどう思ってたかなんて知っていたさ。



でも、それでも_____。



「やめてぇえええええええええええええええ!!」



エゼの声を聞きながら、私は自分の心臓にナイフを突き刺す。



「____『星辰の魔法』____風、すなわち貴方あなたに触れたこころ___」























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異世界転生して三十年経ちますけど、英雄さん方?なんか状況悪化してません?〜前世より低スペックにされたのでやる気が起きない低級精霊マスターのお話。 屋代湊 @karakkaze

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