第55話 その後

 王宮に戻ったカリアスとアニスを待っていたのは、王都パルシャガルの復興だった。


 もっとも、これはカリアスの優秀な吏僚軍団がその能力をいかんなく発揮し、パルシャガルは日に日に元の賑わいを取り戻していった。



 オットーは褒美として各種の利権にあずかり、商人として財を成した。


 王妃からキスまで賜ったオットーの武勇伝は、商いを志す者の間でその後、長く語り継がれることとなる。


「ずいぶん失敗も多かったが、女も商売も、こちらが誠実じゃないと長続きしない」


 という、若い頃のおいたを忘却したセリフが、その生涯の口癖だった。




 論功行賞では、トール河畔の戦いでノルデン王イングルド四世を討ち取り、クルキア軍大勝利をもたらしたトイシュケルが功労第一とされた。


 カリアスが、アニスが危機にさらされていることを伝えたところ、トイシュケルは、「それでは首輪がもらえない」と言って、馬でトール河の浅瀬を渡河。


 矢の雨が降り注ぐ中、敵味方が唖然とするような猛烈な突撃を行ったのだった。 


 後日、アニスはカリアスには内緒で、トイシュケルに革製の首輪を送った。


 すると本人から、かなり長文の感謝状が届いた。


 最後は「死ぬまで王家の犬となる」と書かれていて、アニスはトイシュケルを本物の変態だと確信した。


 そして実際に、トイシュケルは死ぬまで王家の忠実な家臣として活躍することとなる。


 七十歳で大往生した時、遺言により棺桶の中に古びた首輪が入れられたが、遺族はそれが何なのかさっぱりわからず、困り果てたという。




 アルフレッドとリマルは、後に長年の功績により、伯爵に叙されて、領地も賜った。


 もっとも、二人ともカリアスとアニスにこき使われ、偉くなっても座が温まることはなかったという。


 アルフレッドは他国者ながら、内政を司る大臣に任命され、リマルはクルキア領内にいくつもの鉱山を開発した。


 アルフレッドは錬金術師としては名を残さなかったが、クルキアに政治家として莫大な富をもたらし、ある意味では有能な錬金術師であったともいえた。


 リマルは森で出くわしたヒグマを素手で倒したことから、本業ではなく、木こりの守護聖人のような立ち位置を与えられた。


 クルキア領内の木こりたちは熊に出くわすと、「リマルに言うぞ」と言って逃げるようになったという。


 ちなみに享年百歳で大往生した。




 気の毒なのは反乱を起こした貴族たちで、彼らは残らず領地を没収の上、見せしめとして処刑されるか、国外追放の憂き目に遭った。


 しかも、カルザースなどは処刑の前日まで、ヴァイツァーの指示で豚の生肉を食わされ続けた。


 アニスが、さすがにいかがなものかと指摘すると、余程恨みがあったのだろう、ヴァイツァーは、


「ほんの少しだけ、火を通してあります。それがエレガントというものです」


 と、しれっと語った。


 カリアスの異母姉妹など、処罰者に連なる王族たちは、あまり人の恨みを買うべきではないというアニスの助言により、極刑は避けられ、終生、修道院に軟禁という恩情にあずかった。


 人々は王とアニスの徳を讃えた。


 もっとも、贅沢な暮らしに慣れた女性たちにとっては、神に仕える質素な暮らしは耐え難かったらしく、死ぬまで、かつての栄華をなつかしみ、嘆き悲しんだという。




 ヨハンは、父親の死によりデュフルト侯爵家を継ぐと、隣の大国、クルキアの王の義弟という立場もあり、ウィストリア王国内で重きをなした。


 育ての親であるヴァイツァーの影響で、終生皮肉家ではあったが、人にはやさしく、欲もなく、誰からも信用されたという。


 酒に酔うと、姉を救いにクルキアに出向いた話を、懐かしそうに語るのが常だった。


 愛妻家で、三男二女に恵まれた。




 ヴァイツァーは、デュフルト侯爵家の家宰として、また育ての親として、終生、ヨハンを支え続けた。


 死ぬ直前、死に水を取りにきた司祭に対して皮肉を言い、あまつさえその司祭がしばらくの間、鬱になるほどの懺悔をして死んだという。


 アニスはヴァイツァーの葬儀に際し、感謝の気持ちとして山のような花を贈った。


 そしてヴァイツァーの喪が明けるまでの間、常に胸に白い花を差していたという。




 二度の危機を脱したカリアスは、反乱を起こした大貴族たちを処罰し、さらに王権を伸ばすことに成功した。


 カリアスは政治を行うにあたっては善政に努め、気候も次第に温暖化したことから、クルキアの国力は大いに盛んとなった。


 カリアスはクルキア王国中興の祖として、後々まで子孫や国民から敬愛される王となった。


 前半生こそ暗かったものの、アニスと結ばれてからは家族にも恵まれ、幸福な人生だったと言える。


 アニス以外に女性を作らず、王夫妻はおしどり夫婦として、他国まで知られることとなった。




 アニスは、反乱終結後、それまでの人生がまるで嘘だったかのように穏やかな人生を過ごした。


 傍らには常に家族がいて、誰からも愛され続けたという。


 晩年は刺繡を好むようになり、自分の子や孫のために、せっせと色々なものを作っては贈り続けた。


 剣をとって国を救っただけでなく、驕らず、慎み深い王妃として国民からも深く敬愛された。



 カリアスの死後は、王太子のミルンが即位した。


 ミルンは太子の頃から思慮深いことで知られ、後には周辺国の戦争に巻き込まれることを極力避けて、国力を温存。クルキア王国飛躍の礎を築いた。


 妹や弟との仲もよく、人格的にもすぐれていた。


 ただ、時々暴走しがちなリマルの扱いにだけは唯一苦慮したという。


 なお、賢君として名を馳せたミルンが出した最初の勅令は、即位した王の母の殺害を禁ずる法の再確認だった。


 温厚で、あまり感情を表に出さない王だったが、アニスが亡くなった時だけは、棺の前で衆目も憚らず、取り乱したという。

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アニス戦記~国王の母が、必ず殺される国の王妃~ 蒲原二郎(キャンバラ・ディロウ) @KanbaraJirou

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