夢から覚めて

犬若丸

第1話

 特別な1日になるはずだった。

 ガラスの靴きっかけに貧相な娘からプリセスになる日本でも有名なあの作品に憧れていた。

 憧れの衣装で着飾って、本物になったつもりで白いお城を背景に王子とのツーショット。左の薬指の婚約指輪は忘れずに。


 それらは全て夢の中のお話で夢から覚めたら悪夢な現実が待っている。

 街灯が照らすベンチに座り、泣きながら画面を睨みつけて裏アカに「死ね」と「最悪」を繰り返し打っていた。

 ゲートの向こう側では数々の名作たちが壮大な音楽と共に大きなお城に映されている。来場者はそのプロジェクトマッピングによって未だ夢の中にいた。


 壮大な音楽と時折上がる花火をゲートの入り口で聞くだけでは夢の中にはいけない。

 私はこの苛立ちを早く発散させようと画面に傷がついてしまえばいいと願いながら「死ね」と「最悪」を打ち続ける。

 この期間はコスプレが許される。お姫様になりたい女の子もイケメンのゲームキャラになりたい大人のお姉さんも本物になれる。


 私も本物になりたいうちの一人で、婚約者にはプリンセスの相手役をやってもらうつもりでいた。

 なのに、あのボンクラは前日にビールを飲み、ラーメンを食べて、案の定私が用意した衣装が入らなかった。

 それを責めたら「自分はやりたくなかった」とか「お前のわがままに付き合ってあげた」とかまるで私が悪いみたいな言い方をされた。


 それが原因で今朝から激しく口論になった。

 せっかく来たのだからと一旦、その怒りを鎮めたが、そこから一日中小さな口論が起きていた。

 夕方には彼の短気な部分が現れて「本当は結婚もしたくなかった」と吐き捨てられ、私を置いて帰っていった。彼の左薬指から指輪が抜けて私に投げられた時、私も一緒に捨てられたのだと理解した。


 人生って本当に悪夢そのものだ。

 大学でバカな女周りに言われて、バカな女でも合コンでいい男を捕まえたと浮かれたらすぐに破棄される。

 死にたくなってくる。


 打っていた文字が滲む。泣き過ぎて文字が見えなくなった。

 ピンヒールも途中で折れて歩けなくなった。

 こんな時に来てくれるのが妖精だが、現実に妖精はいない。

 ガラスの靴はもらえないし、ガラス製の靴では靴擦れがひどいことになりそうだ。


 そんな自分の現実的な思考回路に自嘲する。

 夢に夢中になれるとか夢の中の夢の話で、園内のお城も音楽も結局は作り物に過ぎない。

 憧れは憧れのままで、夢は現実の中で見るから夢になる。私が夢の一部になることなど叶わないのだ。


 スマホを閉じて折れたピンヒールを持ち、涙で崩れた顔でバス停に向かう。

 背後には夢に夢中になるような音楽が流れ続けていた。

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夢から覚めて 犬若丸 @inuwakamaru329

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